民事上の時効制度には,取得時効と消滅時効があります。この時効の効力を発生させるためには,単に一定の期間が経過したというだけではなく,時効の援用をしなければなりません。
時効の援用とは?
民法 第145条
時効は,当事者(消滅時効にあっては,保証人,物上保証人,第三取得者その他権利の消滅について正当な利益を有する者を含む。)が援用しなければ,裁判所がこれによって裁判をすることができない。
民事時効とは,法律で定められた一定期間(時効期間)の経過により,権利の発生・変更・消滅といった法的効果が生じる制度のことをいいます。民事時効には,取得時効と消滅時効があります。
もっとも,上記民法145条のとおり,時効には,当事者による「時効の援用」が必要であると規定されています。
すなわち,時効の援用とは,時効による利益を享受する旨の意思表示のことをいいます。要するに,取得時効や消滅時効の効果が生じていることを主張するということです。
時効援用の法的性質
前記のとおり,民法145条は,時効が成立するには時効の援用が必要であるかのように規定されています。
ところが,民法162条や166条等をみると,一定の時効期間が経過すれば,当然に時効の効果が生じるかのようにも規定されています。
民法 第162条
第1項 二十年間、所有の意思をもって、平穏に、かつ、公然と他人の物を占有した者は、その所有権を取得する。
第2項 十年間、所有の意思をもって、平穏に、かつ、公然と他人の物を占有した者は、その占有の開始の時に、善意であり、かつ、過失がなかったときは、その所有権を取得する。民法166条
第1項 債権は、次に掲げる場合には、時効によって消滅する。第一号 債権者が権利を行使することができることを知った時から五年間行使しないとき。
第二号 権利を行使することができる時から十年間行使しないとき。
第2項 債権又は所有権以外の財産権は、権利を行使することができる時から二十年間行使しないときは、時効によって消滅する。
第3項 前二項の規定は、始期付権利又は停止条件付権利の目的物を占有する第三者のために、その占有の開始の時から取得時効が進行することを妨げない。ただし、権利者は、その時効を更新するため、いつでも占有者の承認を求めることができる。
そこで,時効の効果は,時効の援用をしなければ生じないのか,それとも時効期間が経過すれば援用がなくても効果が生じるのかということが問題となってきます。
この問題をどのように考えるのかについては,時効制度の法的性質論(いわゆる時効学説)をどのように考えるのかと関連してきます。
確定効果説
確定効果説とは,時効期間が経過することによって時効の効力は確定的に発生するという見解です。
この見解によると,時効の援用は,実体法上の効果はなく,単なる訴訟法上の攻撃防御方法の提出にすぎないと考えることになります。
たしかに,確定効果説は,時効期間の経過によって時効成立とし,援用を攻撃防御方法にすぎないとしているため,明確で分かりやすい見解です。
しかし,確定効果説によると,時効の利益の放棄を訴訟において立証しきれなかった場合,時効の利益の放棄を希望しているにもかかわらず,時効の効力が発生してしまい,当事者の意思を尊重しようとしている法の趣旨に反するのではないかという批判があります。
訴訟法説
確定効果説をもっと突き詰めて考えたものが訴訟法説です。
訴訟法説は,時効制度を実体法的な制度ではなく単なる裁判の指針にすぎず,時効の援用は,時効期間の経過を証拠として裁判所に提出することにすぎないと考える見解です。
もっとも,民事時効制度を単なる訴訟法的な制度にすぎないと考えるのは条文上無理があり,この見解によると,訴訟において実体的な権利関係と異なる事実関係を認定することになってしまうという批判があります。
不確定効果説(停止条件説)
そこで,時効制度はやはり実体法上の制度であるとしつつも,当事者の意思をできる限り尊重できるようにした見解が不確定効果説です。
不確定効果説とは,要するに,時効期間の経過によっても一応の効力は発生するけれども,その効力は,時効の援用や時効利益の放棄によって確定されるとする見解です。
この不確定効果説の1つに,停止条件説と呼ばれる見解があります。停止条件説とは,時効が完成しただけでも一応の効力が発生しますが,時効の援用によって確定的に時効の効力が発生するという見解です。
停止条件説によれば,時効援用があってはじめて時効の効力が確定的に発生するということになります。現在の判例・通説であり,実務も,この停止条件説を基本として動いているといってよいでしょう。
したがって,実務上,時効の効力を確定的に主張するためには,時効の援用をしておかなければならないということです。
時効の援用権者
前記のとおり,判例・通説である不確定効果説停止条件説によれば,時効の効力を主張するのであれば,時効の援用をしなければなりません。
もっとも,時効援用できる援用権者は,民法145条の「当事者」です。そこで,この当事者とはどのような人のことをいうのかという問題となります。
判例は,時効を援用できる当事者とは,時効によって直接に利益を受ける者(及びその承継人)という基準を示しつつ,それを緩やかに解して,援用権者の範囲を拡大していました。
ただし,上記判例に言う直接に利益を受ける者という基準は,特に消滅時効の場合において明確でないとの批判がありました。
そこで、改正民法145条(令和2年4月1日施行)では,「(消滅時効にあっては,保証人,物上保証人,第三取得者その他権利の消滅について正当な利益を有する者を含む。)」という文言を追加して基準の明確化が図られています。
具体的に誰が時効の援用権者に当たるのかというと,例えば,取得時効の場合であれば,物の占有者がこれに当たります。
消滅時効の場合であれば,当事者である債務者,民法145条の条文に挙げられている保証人(連帯保証人を含みます。),物上保証人,第三取得者のほか,連帯債務者などが時効の援用権者に含まれます。
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