
破産者が財産を売却などの処分をするに当たって相当の対価を得ていた場合であっても,財産の種類の変更により隠匿等の処分をするおそれを現に生じさせるものであるときなどには,詐害行為として,破産管財人による否認権行使の対象となる場合があります(破産法161条1項)。
破産者が相当対価を得てした処分行為の否認とは?
破産法 第161条
- 第1項 破産者が、その有する財産を処分する行為をした場合において、その行為の相手方から相当の対価を取得しているときは、その行為は、次に掲げる要件のいずれにも該当する場合に限り、破産手続開始後、破産財団のために否認することができる。
- 第1号 当該行為が、不動産の金銭への換価その他の当該処分による財産の種類の変更により、破産者において隠匿、無償の供与その他の破産債権者を害する処分(以下この条並びに第168条第2項及び第3項において「隠匿等の処分」という。)をするおそれを現に生じさせるものであること。
- 第2号 破産者が、当該行為の当時、対価として取得した金銭その他の財産について、隠匿等の処分をする意思を有していたこと。
- 第3号 相手方が、当該行為の当時、破産者が前号の隠匿等の処分をする意思を有していたことを知っていたこと。
否認権とは,破産手続開始決定前になされた破産者の行為またはこれと同視される第三者の行為の効力を覆滅する形成権たる破産管財人の権能のことをいいます。
この否認権の類型の1つに「詐害行為否認」があります。
さらに,この詐害行為否認にもいくつかの類型があり,そのうちの1つが,破産法161条1項に規定されている「破産者が相当対価を得てした処分行為の否認」です。
相当対価を得てした処分行為の否認の趣旨
相当の対価をもらって財産を処分した場合,財産を全体としてみれば,財産は減少しないはずです。
例えば、Aさんが100万円の物を100万円で売った場合、確かに物を売った時点で全財産のうち100万円はマイナスとなりますが、すぐに代金100万円を現金でもらえばプラス100万円となりますので、全財産からみればプラスマイナス0円ということになります。
代金を現金で受け取らなかったとしても,代金債権100万円が資産に追加されますから,やはり全財産からみればプラスマイナス0円です。
そうすると,相当対価をもらっているならば,総財産に変化がない以上,破産しても債権者への配当額は同じになるはずですから,別に債権者を害するような行為とはいえないようにも思えます。
しかし、例えば、現金と不動産とでは、債権者からみると重要性が全然違います。現金はすぐに費消してしまえますし、隠すのも簡単です。
それに比べて,不動産は費消してしまうことも隠すことも非常に困難です。つまり,不動産という財産は,債権者からみれば,現金よりもはるかに「安心」な財産なのです。
したがって,安心な財産である不動産を,安心できない財産である現金に換えてしまうこと自体,財産隠しの危険性をはらんだ行為であるといえます。
こういう行為を野放しにしておくと,不正手段によって財産隠し等が行われ,債権者が不利益を被るおそれがあります。
そこで,このような危険性のある行為については,相当の対価を得ていたとしても,一定の場合には否認権行使の対象として財産を保全しておく必要性があります。
それが,この「相当の対価を得てした財産の処分行為の否認」というわけです。
相当対価を得てした処分行為の否認の要件
前記のとおり,相当対価を得てした処分行為でも否認権行使の対象となります。
しかし,相当の対価を得ている以上,そうでない行為よりも詐害性が小さいといえますから,普通の詐害行為否認よりも要件が厳しくなっています。
すなわち,単に債権者を害するだけではなく,隠匿等のおそれがあるといえるような詐害性の大きい行為でなければなりません。
また、単なる詐害意思ではなく,隠匿等の意思まで持っていなければいけません。
こういうように,要件を厳しくすることによって,その厳しい要件をクリアした場合のみ,本来許されるはずの相当対価処分を否認できるとして,バランスをとっているのです。
相当対価を得てした処分行為の否認の要件は,以下のとおりです。
- 破産者の行為であること
- 相当の対価を得て処分行為をしたこと
- 処分行為が,財産の種類の変更により隠匿等の処分をするおそれを現に生じさせるものであること
- 破産者に隠匿等の処分をする意思があること
- 受益者が,処分行為の当時,破産者の隠匿等の処分をする意思を知っていたこと
破産者の行為であること
相当対価を得てした処分行為として否認される行為は,破産者の行為に限られます。第三者の行為では,この詐害行為否認の対象になりません。
相当対価を得て処分行為をしたこと
処分行為とは,財産権を変動させる行為をいいます。たとえば,財産の売買や贈与などがこれに当たります。
そして,相当対価を得てした処分行為として否認される処分行為は,単なる処分行為ではなく,その処分行為に対して相当の対価が支払われたものである必要があります。
相当の対価すら得ていないような処分行為は,通常の詐害行為否認(破産法160条1項1号否認、同項2号否認、詐害的債務消滅行為の否認)の対象となります。
財産の種類の変更により隠匿等の処分のおそれを現に生じさせるものであること
相当対価を得てした財産の処分行為の否認においては,その相当対価を得てした財産の処分行為が,「不動産の金銭への換価その他の当該処分による財産の種類の変更により,破産者において隠匿,無償の供与その他の破産債権者を害する処分(以下「隠匿等の処分」という。)をするおそれを現に生じさせるものであること」が必要とされています。
財産の種類の変更
財産の種類の変更として,上記条文では,「不動産の金銭への換価その他の処分」によるもであるとされています。
不動産の金銭への換価とは,不動産を売却して現金を得るということです。財産の種類が「不動産」から「現金」へと変更されることになります。
「その他の処分」も,上記不動産の金銭への換価と同じように,財産の種類を変更させるような処分である必要があります。
隠匿等の処分をするおそれを現に生じさせること
単に財産の種類を変更のおそれがあるというだけでは,否認の対象とはなりません。財産の種類を変更したことによって,隠匿等の処分をするおそれを現に生じさせるものである場合に,否認の対象となります。
隠匿等の処分とは,「隠匿,無償の供与その他の破産債権者を害する処分」のことをいいます。
「隠匿」とは財産を隠すこと,「無償の供与」とは財産を無償(ただ)であげてしまうことを意味します。これらに匹敵するような詐害性の大きい処分が,「破産債権者を害する処分」に当たることになります。
なお,あくまで隠匿等の処分のおそれがあるかどうかが問題になっていますので,実際に隠匿等の処分を現にすることが要件となっているわけではありません。
これら隠匿等の処分を,現にするおそれを生じさせることだけで足りるものとされています。
つまり,処分行為によって得た相当の対価を,現に隠したり,ただであげてしまったりすることまでは必要とされておらず,こういうことをする危険性が現実に生じるような処分行為であるといえれば,否認の要件を満たすことになるということです。
ただし,ここでいう「おそれ」は,抽象的な危険性では足りず,具体的な事情から考えて隠匿等の処分が行われるであろうということが推認される程度の「おそれ」でなければならないとされています。
隠匿等の処分の意思があること
相当対価を得てした財産の処分行為の否認の要件として,その行為をした当時,破産者が,それによって受け取った相当の対価について隠匿等の処分をする意思を有していたことが必要とされています。
破産法160条1項1号の詐害行為否認などでは詐害意思が要件として必要とされていますが,この隠匿等の処分をする意思は,その詐害意思の特殊型というべき要件です。
詐害行為否認における詐害意思は,自分が危機時期(実質的に破産状態にある時期)にあるにもかかわらず,破産債権者の配当の原資となる責任財産を減少させるような行為をしていることを認識していること意味します。
これに対して,隠匿等の処分をする意思とは,責任財産を減少させるという抽象的なものではなくて,もっと具体的に,隠匿等の処分という具体的な行為をしようとしている意思のことをいいます。
処分行為の相手方が悪意であったこと
相当対価を得てした財産の処分行為の否認の要件として,その処分行為の相手方が,その行為の当時,破産者に隠匿等の処分をする意思があったということを知っていたことが必要となります。
法律では,ある事実を知らないことを善意,知っていることを悪意という場合があります。上記の場合は,相手方が破産者の隠匿等の処分をする意思について悪意であったことが必要となるということになります。
相手方は相当対価を支払っている以上,隠匿等の処分がされるかどうかについて何も知らないのに,いきなり否認されてしまうというのでは,あまりに酷だからです。
悪意の推定
破産法 第161条
- 第2項 前項の規定の適用については、当該行為の相手方が次に掲げる者のいずれかであるときは、その相手方は、当該行為の当時、破産者が同項第2号の隠匿等の処分をする意思を有していたことを知っていたものと推定する。
- 第1号 破産者が法人である場合のその理事、取締役、執行役、監事、監査役、清算人又はこれらに準ずる者
- 第2号 破産者が法人である場合にその破産者について次のイからハまでに掲げる者のいずれかに該当する者
イ 破産者である株式会社の総株主の議決権の過半数を有する者
ロ 破産者である株式会社の総株主の議決権の過半数を子株式会社又は親法人及び子株式会社が有する場合における当該親法人
ハ 株式会社以外の法人が破産者である場合におけるイ又はロに掲げる者に準ずる者- 第3号 破産者の親族又は同居者
破産者と相手方とがぐるになって,財産隠匿等のために,相当対価での処分行為をするということもあり得ます。
そうでないとしても,破産者と近い立場にいる人は,破産者が隠匿等の処分をしようとしていることを知っている可能性が高いといえます。
そこで,破産法は,破産者の内部者ともいえる破産者と一定の関係にある人については,隠匿等の処分をする意思について悪意であったものと推定するという規定を設けています。
それが,上記破産法161条2項の意味です。
悪意と推定されるのは,破産法161条2項規定のとおりですが,個人の自己破産の場合であれば,第3号に規定されている破産者の親族または同居の人が悪意の推定の対象となってきます。
なお,上記規定はあくまで推定規定です。したがって,悪意と推定された相手方の方で,自分は悪意ではないということを証明できれば,この悪意の推定は覆されます。