
利息制限法の制限超過利息の受領につきみなし弁済が適用されない場合,その貸金業者は悪意の受益者と推定されるとした判例として,最高裁判所第二小法廷平成19年7月13日判決(平成17年(受)第1970号事件)があります。
最二小判平成19年7月13日(平成17年(受)第1970号)の事案
最高裁判所第二小法廷平成19年7月13日(最二小判平成19年7月13日・平成17年(受)第1970号事件・民集61巻5号1980頁)の事案は、過払金返還請求の事案です。
したがって、利得者が悪意の受益者に当たる場合には、その不当利得である過払金の元本全額に加えて、それに対する利息も請求できることになります(民法703条、704条)。
過払い金返還請求の場面においては,相手方である貸金業者が悪意の受益者といえるのかどうかが,過払金の利息を請求できるかどうかの分水嶺となります。
この判例の事案において、貸金業者は、悪意の受益者ではないと主張しており、その根拠として、みなし弁済を挙げています。
みなし弁済とは、利息制限法の制限利率を超える本来無効な利息を受け取った場合でも、旧貸金業規制法で定める要件を満たす場合には、有効な弁済として受け取ることができるという制度です(現在はすでに廃止されています。)。
このみなし弁済は、最二小判平成18年1月13日によって、事実上、適用されることがほとんど認められなくなっていました。したがって、本事例でもみなし弁済は当然認めらていません。
しかし、貸金業者は、みなし弁済が認められないとしても、取引をしていた当時はみなし弁済が適用され、利息制限法の制限利率を超える制限超過利息を受け取ったとしても有効となり、過払金を返還することになるとは認識していなかったから、悪意の受益者ではなかったと主張したのです。
これに対し、債務者側は、貸金業法17条の所定事項を記載した書面(17条書面)を交付しておらず、みなし弁済が成立しないことは分かっていたはずであるから、過払金を返還しなければならないことも認識していたはずであり、悪意の受益者であると言えるので、過払金の利息が発生すると主張していました。
この判決の原審(東京高等裁判所平成17年7月27日判決)は、17条書面が交付されていたと言えるので、貸金業者が悪意の受益者であったとは言えず、過払金の利息は発生しないと判示しました。
この原審に対して債務者側が上告したのが、最二小判平成19年7月13日(平成17年(受)第1970号)です。
本判例は、17条書面の交付はなく、みなし弁済が適用されないこと、みなし弁済が適用されないときには,その貸金業者は,原則として悪意の受益者と推定されることを判示しました。
※なお,同日に同じ第二小法廷から同じく過払い金の利息に関する別判例(平成18年(受)第276号事件・集民225号103頁)がなされています。
17条書面の交付についての判断
17条書面の交付について、最二小法廷平成19年7月13日(平成17年(受)第1970号事件・民集61巻5号1980頁)は以下のとおり判示しています(一部抜粋)。
貸金業法17条1項が,貸金業者につき,貸付けに係る契約を締結したときに,17条書面を交付すべき義務を定めた趣旨は,貸付けに係る合意の内容を書面化することで,貸金業者の業務の適正な運営を確保するとともに,後日になって当事者間に貸付けに係る合意の内容をめぐって紛争が発生するのを防止することにあると解されるから,貸金業法17条1項所定の事項の記載があるとして交付された書面の記載内容が正確でないときや明確でないときには,同法43条1項の適用要件を欠くというべきである(最高裁平成15年(受)第1653号同18年1月24日第三小法廷判決・民集60巻1号319頁参照)。これを本件についてみると,17条書面には各回の「返済金額」を記載しなければならないところ(貸金業法17条1項9号(平成12年法律第112号による改正前は同項8号),施行規則13条1項1号チ),前記事実関係等によれば,本件各契約書面の「各回の支払金額」欄には「別紙償還表記載のとおりとします。」との記載があり,償還表は本件各契約書面と併せて一体の書面をなすものとされ,各回の返済金額はそれによって明らかにすることとされているものであって,「各回の支払金額」欄に各回に支払うべき元利金が記載されているとしても,最終回の返済金額はそれと一致しないことが多く,現に本件においても相違しているのであり,その記載によって各回の返済金額が正確に表示されるものとはいえないというべきである。
それにもかかわらず,原審は,本件①~⑪貸付けにつき,償還表の交付の有無についての認定判断をしないで,本件各契約書面の交付をもって,17条書面の交付があったものと認められると判断したものであるから,原審の上記3(1)の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。
引用元:裁判所サイト
貸金業者は、貸付契約をした時、貸金業法17条1項に定める事項を記載した書面(17条書面)を債務者に交付しなければならないとされています。
最高裁判所第三小法廷平成18年1月24日判決(最三小判平成18年1月24日)は、この17条書面の交付について、貸金業法第17条第1項所定の記載事項を「正確かつ明確に」記載した書面でなければ17条書面とは言えず、みなし弁済は成立しないと判断しています。
最二小判平成19年7月13日(平成17年(受)第1970号事件)は、上記最三小判平成18年1月24日を踏襲しています。
17条書面における「返済金額」の記載
17条書面には,各回の「返済金額」を記載しなければならないとされています。これを満たしていなければ,正式な17条書面の交付があったとはいえず,したがって,みなし弁済は成立しないことになります。
本判決の事案は,契約書自体には各回の返済金額はなかったものの,この契約書と一緒に交付されていた償還表には,一応,各回の支払金額が記載されていたという事案です。
17条書面の交付については,それが1通の書面である必要はなく,本件のように,契約書と償還表という形で分かれていたとしても,それらを併せてみたときに,17条書面の必要記載事項がすべて記載されていれば,17条書面の交付はあったものとして扱われます。
したがって,本件の場合でも,契約書と償還表に分かれているからといって,17条書面の交付がなかったとはいえず,それらを併せて,17条書面の必要記載事項が記載されているならば,17条書面交付の要件を満たすということになります。
そうすると,上記のとおり,本件では,契約書と一体とされる償還表に,一応「各回の支払金額」の記載があったというのですから,17条書面交付の要件は満たしているかのようにも思えます。
裁判所の認定・判断
しかし,本判決では,「貸金業法17条1項所定の事項の記載があるとして交付された書面の記載内容が正確でないときや明確でないときには,同法43条1項の適用要件を欠くというべきである」として,前記最三小判平成18年1月24日を引用しています。
その上で,非常に厳格な判断をして,本件においては17条書面の交付があったとはいえないという判断を下しています。
すなわち,契約書と一体をなす償還表に「各回の支払金額」の記載はあるけれども,そのうちの最終回の返済金額が現実の最終回の返済金額と異なっているから,償還表に記載されている支払金額は正確であったとはいえないので,17条書面の交付があったとはいえない,という判断をしたのです。
貸金業者との間の継続的な金銭消費貸借取引においては,各回の支払金額や支払日などによって,当初予定されていた支払金額と現実の支払金額との間にズレが生ずるのが通常です。
まったく予定どおりに支払いがなされるということの方が稀でしょう。特に,貸増をした場合などは,それが顕著となります。
それにもかかわらず,現実に沿うような正確な金額を記載していなければ,17条書面の交付があったとはいえないとしているのですから,現実的には17条書面の交付があったといえる場合は非常に限定されることになります。
貸金業者が毎回の返済金額を記載した書面は,大抵各回の返済金額と最終回の支払金額が異なっています。
この判例によれば,そういう場合にはみなし弁済は成立しえないと判断しているので,17条書面の交付の要件を満たす場合は,事実上ほとんどないと言っているのと同様であるということになります。
したがって,最二小判平成19年7月13日・平成17年(受)第1970号は,非常に貸金業者側に厳しく,逆に,非常に消費者側に有利な判決であるといえるでしょう。
悪意の受益者性についての判断
貸金業者が悪意の受益者に該当するのかについて、最二小法廷平成19年7月13日(平成17年(受)第1970号事件・民集61巻5号1980頁)は、以下のとおり判示しています(一部抜粋)。
金銭を目的とする消費貸借において利息制限法1条1項所定の制限利率(以下,単に「制限利率」という。)を超過する利息の契約は,その超過部分につき無効であって,この理は,貸金業者についても同様であるところ,貸金業者については,貸金業法43条1項が適用される場合に限り,制限超過部分を有効な利息の債務の弁済として受領することができるとされているにとどまる。このような法の趣旨からすれば,貸金業者は,同項の適用がない場合には,制限超過部分は,貸付金の残元本があればこれに充当され,残元本が完済になった後の過払金は不当利得として借主に返還すべきものであることを十分に認識しているものというべきである。そうすると,貸金業者が制限超過部分を利息の債務の弁済として受領したが,その受領につき貸金業法43条1項の適用が認められない場合には,当該貸金業者は,同項の適用があるとの認識を有しており,かつ,そのような認識を有するに至ったことについてやむを得ないといえる特段の事情があるときでない限り,法律上の原因がないことを知りながら過払金を取得した者,すなわち民法704条の「悪意の受益者」であると推定されるものというべきである。
これを本件についてみると,前記事実関係等によれば,貸金業者である被上告人は,制限利率を超過する約定利率で上告人に対して本件各貸付けを行い,制限超過部分を含む本件各弁済の弁済金を受領したが,少なくともその一部については貸金業法43条1項の適用が認められないというのであるから,上記特段の事情のない限り,過払金の取得について悪意の受益者であると推定されるものというべきである。
引用元:裁判所サイト
この判例は,前記17条書面の交付が認められないとの判断を前提として、悪意の受益者性についても貸金業者側に厳格な判断をしています。
利息制限法の制限超過部分は,まず元本に充当され,計算上元本が完済となった後は,貸金業法43条1項(みなし弁済)が適用される場合を除いて,過払い金として返還しなければなりませんが,そのことを,貸金業者が認識していないはずはありません。
上記判例は,そのことを明らかにした上で,貸金業者が制限超過利息を受領した場合,みなし弁済が適用されないときには,原則として,当該貸金業者は悪意の受益者と推定されると判示しました。
裁判所の判断
前記のとおり,本件判例においては,17条書面の交付がないことを理由としてみなし弁済の成立を否定しています。
そうでなくとも,最二小判平成18年1月13日によって,事実上,みなし弁済が適用されることは原則としてあり得ないという判断がなされています。
したがって、極めて例外的な場合を除いて、みなし弁済が適用される場合というものはないと考えてよいでしょう。
さらに、本判決は,まず,原則として,利息制限法所定の制限利率を超える利息の契約は無効となるとした上で,みなし弁済によってその制限超過部分の受領が有効となるのはあくまで例外であることを確認しています。
そして,みなし弁済が適用されない以上は,制限超過部分の受領は無効となり,その場合には,制限超過部分は元本に充当され,計算上元本が完済となった場合には,過払い金として借主に返還しなければならないところ,そのようなことは,当然貸金業者も認識していたはずであるとしました。
その上で,貸金業者が利息制限法の制限超過部分を受領したものの,その受領についてみなし弁済の適用がない場合(要するに,無効である場合)には,特段の事情がない限り,原則として,その貸金業者は悪意の受益者であるいう判断をしました。
悪意の受益者であることの推定の意味
「悪意の受益者であると推定される」とは,消費者側としては,相手方が貸金業者であること,その貸金業者が利息制限法の制限超過部分を受領したことを主張・立証すれば足りるということです。
この推定を覆すためには、貸金業者側で「特段の事情」があることを主張・立証しないする必要があります。
この貸金業者側で主張・立証しなければならない「特段の事情」については,その貸金業者がみなし弁済の適用があると認識し,そう認識することがやむを得ない場合に限られるとしています。
最二小判平成19年7月13日(平成17年(受)第1970号)以降の変遷
最二小判平成19年7月13日(平成17年(受)第1970号)は,消費者側に非常に有利な判決でした。
そのため,この判決以降,しばらくの間,貸金業者側から悪意の受益者を争ってくることはかなり減少していました。
しかし,その後,平成18年1月13日以前は,相手方が貸金業者であるというだけでは悪意の受益者と推定することができないという判例(最二小判平成21年7月10日)が出されました。
そのため,再び貸金業者側が悪意の受益者性を争ってくるようになりました。
現在では,必ずと言っていいほど,悪意の受益者性を争ってくるようになっています(ただし,悪意の受益者ではないという判断をした裁判例は多くありません。)。
もっとも,平成18年1月13日より前とそれ以降で分けて考える必要があります。
まず,平成18年1月13日以降については,単に期限の利益喪失特約下で制限超過利息を受領したということだけでは,悪意の受益者と推定されることはありません。
したがって,貸金業者において支払の任意性以外のみなし弁済の要件を満たしていたかどうかが問題となってきます。
他方,平成18年1月13日より前については,前記最二小判平成19年7月13日民集61巻5号1980頁がそのまま使えるということになりますから,貸金業者が制限超過利息を受領したことを立証するだけで,悪意の受益者と推定されることになります。