
平成18年1月13日判決の言渡し日以前の期限の利益喪失特約下の制限超過利息の支払いについては、これを受領したことのみを理由として,貸金業者を悪意の受益者と推定することはできないとした判例として,最高裁判所第二小法廷平成21年7月10日判決があります。
悪意の受益者の推定
過払い金返還請求権とは,法的にいえば,不当利得返還請求権です。
したがって,貸金業者が悪意の受益者に該当する場合には,その貸金業者に対して,過払い金の全額だけでなく,それに利息を付けて返還するように請求できることになります。
最二小判平成19年7月13日(民集61巻5号1980頁)は,貸金業者が利息制限法所定の制限利率を超える利息を受領し,それについてみなし弁済の適用がない場合には,みなし弁済の適用があるとの認識を有しており,かつ,そのような認識を有するに至ったことについてやむを得ないといえる特段の事情があるときでない限り,貸金業者は悪意の受益者であると推定されると判示しました。
最二小判平成18年1月13日によって,みなし弁済の適用は事実上否定されています。そのため、ほぼすべての貸金業者との取引が、みなし弁済の適用がない場合に当たるといってよいでしょう。
したがって、消費者としては,貸金業者が制限超過利息を受領したことだけを主張立証すれば,その貸金業者は悪意の受益者と推定されることになり,貸金業者の側でこれを覆す特段の事情の立証をしなければならないということになるはずです。
簡単にいえば,相手方が貸金業者であることと引き直し計算をして過払い金が発生していることだけを主張立証すれば,相手方は悪意の受益者として推定されるということです。
そのため,この判決以降,過払い金に利息を付して返還を受けることは,ほとんど争いがない状態になっていました。
ところが,この判決と一見矛盾するような判例がなされました。それが,最高裁判所第二小法廷平成21年7月10日判決(最二小判平成21年7月10日)です。
最二小判平成21年7月10日の解説
最二小判平成21年7月10日は,以下のとおり判示しています(以下の引用は抜粋。)。
(1) 平成18年判決及び平成19年判決の内容は原審の判示するとおりであるが,平成18年判決が言い渡されるまでは,平成18年判決が示した期限の利益喪失特約の下での制限超過部分の支払(以下「期限の利益喪失特約下の支払」という。)は原則として貸金業法43条1項にいう「債務者が利息として任意に支払った」ものということはできないとの見解を採用した最高裁判所の判例はなく,下級審の裁判例や学説においては,このような見解を採用するものは少数であり,大多数が,期限の利益喪失特約下の支払というだけではその支払の任意性を否定することはできないとの見解に立って,同項の規定の適用要件の解釈を行っていたことは,公知の事実である。平成18年判決と同旨の判断を示した最高裁平成16年(受)第424号同18年1月24日第三小法廷判決・裁判集民事219号243頁においても,上記大多数の見解と同旨の個別意見が付されている。
そうすると,上記事情の下では,平成18年判決が言い渡されるまでは,貸金業者において,期限の利益喪失特約下の支払であることから直ちに同項の適用が否定されるものではないとの認識を有していたとしてもやむを得ないというべきであり,貸金業者が上記認識を有していたことについては,平成19年判決の判示する特段の事情があると認めるのが相当である。したがって,平成18年判決の言渡し日以前の期限の利益喪失特約下の支払については,これを受領したことのみを理由として当該貸金業者を悪意の受益者であると推定することはできない。
(2) これを本件についてみると,平成18年判決の言渡し日以前の被上告人の制限超過部分の支払については,期限の利益喪失特約下の支払であるため,支払の任意性の点で貸金業法43条1項の適用要件を欠き,有効な利息債務の弁済とはみなされないことになるが,上告人がこれを受領しても,期限の利益喪失特約下の支払の受領というだけでは悪意の受益者とは認められないのであるから,制限超過部分の支払について,それ以外の同項の適用要件の充足の有無,充足しない適用要件がある場合は,その適用要件との関係で上告人が悪意の受益者であると推定されるか否か等について検討しなければ,上告人が悪意の受益者であるか否かの判断ができないものというべきである。しかるに,原審は,上記のような検討をすることなく,期限の利益喪失特約下の支払の受領というだけで平成18年判決の言渡し日以前の被上告人の支払について上告人を悪意の受益者と認めたものであるから,原審のこの判断には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。
引用元:裁判所サイト
この判例において引用されている「平成18年判決」とは前記の最二小判平成18年1月13日のことです。また、「平成19年判決」とは前記の最二小判平成19年7月13日(民集61巻5号1980頁)のことです。
平成18年判決は、期限の利益喪失特約下での制限超過利息の支払いは、みなし弁済の要件である支払いの任意性を欠くため、みなし弁済は適用されないと判示しています。
貸金業者との契約で期限の利益喪失特約が定められていない場合などほとんど考えられません。したがって、平成18年判決は、事実上、みなし弁済が適用される場面はないと言ったに等しいほどの判決でした。
平成19年判決は、前記のとおり、みなし弁済の適用がない場合には、みなし弁済の適用があるとの認識を有しており,かつ,そのような認識を有するに至ったことについてやむを得ないといえる特段の事情があるときでない限り,貸金業者は悪意の受益者であると推定されると判示しています。
平成18年判決により、みなし弁済が適用される場面はほとんどなくなっていますから、基本的に、特段の事情を貸金業者側で主張立証しない限り、貸金業者は悪意の受益者であると推定されることになるはずです。
これに対し、最二小判平成21年7月10日は、平成18年判決が言い渡されるまでは、期限の利益喪失特約下で制限超過利息を受領したことだけで支払の任意性を否定した最高裁判例はなく,下級審判決や学説などでは支払の任意性を否定することはできないという見解が多数であったと認定しました。
そして、そのような状況であれば、期限の利益喪失特約下で制限超過利息を受領した場合でもみなし弁済が適用されると認識していたとしてもやむを得ないから、平成19年判決における「特段の事情」があると言えるとしました。
その上で、「特段の事情」があると認められるので、平成18年判決言渡し日以前の期限の利益喪失特約下の制限超過利息の支払いについては、これを受領したことだけをもって,貸金業者を悪意の受益者と推定することはできないと判示しました。
消費者側からみると,一歩後退した判決といえるでしょう。
最二小判平成21年7月10日以降の悪意の受益者の立証
この最二小判平成21年7月10日は、消費者側からみると一歩後退した判例ではあります。
しかし、あくまで、平成18年判決の言渡し日(平成18年1月13日)以前の取引について、貸金業者であるというだけで悪意の受益者と推定することはできないとしているだけです。
貸金業者が悪意の受益者と認められることがなくなったわけではありません。具体的には、以下のように悪意の受益者性を主張・立証していくことになります。
平成18年1月13日以前の取引について
平成18年1月13日以前であっても,期限の利益喪失特約下で制限超過利息を受領したことだけを理由として悪意の受益者と推定することができないというにすぎません。
したがって、期限の利益喪失特約下で制限超過利息を受領したこと以外の事実を理由として、貸金業者を悪意の受益者と推定することは当然あり得るということです。
最二小判平成21年7月10日は、平成18年1月13日判例以前は、みなし弁済の要件のうちの支払の任意性を満たしていたと誤信してもやむを得ないと言っているにすぎません。
実際、最二小判平成21年7月10日も、「制限超過部分の支払について,それ(支払いの任意性)以外の同項の適用要件の充足の有無,充足しない適用要件がある場合は,その適用要件との関係で上告人が悪意の受益者であると推定されるか否か等について検討しなければ,上告人が悪意の受益者であるか否かの判断ができないものというべきである」と判示しています。
したがって、支払の任意性以外のみなし弁済の要件が満たされていないことを主張・立証することになります。
支払いの任意性以外の要件が満たされていなかったならば,当該貸金業者は悪意の受益者であったと主張することができます。
例えば,みなし弁済の要件である適法な17条書面や18条書面の交付という要件が満たされていなかったという事実があれば,当該貸金業者が悪意の受益者であると認められるでしょう。
とはいえ,適法な17条書面や18条書面を交付していたという事実は,本来貸金業者が主張立証すべき事実ですし、そもそも17条書面等の交付が「ないこと」を立証するのは困難です。
したがって、消費者の側において積極的にこれらの交付がなかったことや悪意の受益者であることまで立証しなければならないというわけではありません。
実際の過払金返還請求の裁判でも,消費者側が貸金業者に対して実際に交付した17条書面や18条書面の提出を求め,貸金業者がそれらを提出しなかったりまたは適法に交付していたということを合理的に説明できない場合には、適法な書面の交付が無かったものと推認され、悪意の受益者であると認められることになるのが一般的かと思われます。
ただし,貸金業者が実際に17条書面等を提出し又は一応の説明を提出してきた場合には,消費者側において,当該提出された書面が適法とはいえないことや説明が合理的でないことなどを反論をする必要が出てきます。
平成18年1月13日より後の取引について
推定ができなくなったのは,平成18年判決の言渡し日(平成18年1月13日)以前だけです。
したがって,平成18年1月13日より後の取引については,期限の利益喪失特約下での制限超過利息の受領のみをもって,貸金業者を悪意の受益者と推定することができるということになります。
具体的には、消費者側は、相手方が貸金業者であること、引き直し計算をして過払い金が発生していることだけを主張立証すればよいだけです。