
取引の個数が問題となる類型の1つに取引中断型(取引の分断)があります。この取引中断型において各取引の基本契約が同一である場合に、一連充当計算ができるのかについて判断した判例として、最高裁判所第一小法廷平成19年6月7日判決( 平成18(受)1887号・ 民集第61巻4号1537頁)があります。
弁済当時他の借入金債務が存在しない場合
最三小判平成19年2月13日は,複数の取引について同一の基本契約がないという事例で,その1つの取引において過払い金が発生した場合,その弁済当時(つまり,過払い金が発生した当時)に他の借入金債務が存在していないときには,その後に借入金債務が発生したとしても,特段の事情のない限り,その新たに発生した借入金債務に過払金を充当することはできないと判示しました。
上記判例は,いわゆる取引の個数の問題における「非基本契約取引併存型」や「非基本契約取引分断型(中断型)」について判断をしたものと考えられています。
これに対して,最高裁判所第一小法廷平成19年6月7日判決(平成18(受)1887号・ 民集第61巻4号1537頁)は,同一の基本契約がある場合で,最初の取引において発生した過払い金を,その後の取引における借入金債務に充当できるかが問題となっている事案です。
いわゆる「取引の分断」の問題のうち、分断された取引に同一の基本契約がある場合(基本契約取引分断型)について判断した判例です。
結論としては,基本契約取引分断型(中断型)の場合,「過払金充当合意」があれば,最初の取引において発生した過払い金を後に発生した借入金債務に充当できると判断しました。
最高裁判所第一小法廷平成19年6月7日は、過払金充当合意があれば一連充当計算できることを判断した最初の最高裁判例のです。
最一小判平成19年6月7日の解説
最一小判平成19年6月7日は,以下のとおり判示しています(一部抜粋)。
同一の貸主と借主との間で基本契約に基づき継続的に貸付けが繰り返される金銭消費貸借取引において,借主がそのうちの一つの借入金債務につき利息制限法所定の制限を超える利息を任意に支払い,この制限超過部分を元本に充当してもなお過払金が存する場合,この過払金は,当事者間に充当に関する特約が存在するなど特段の事情のない限り,弁済当時存在する他の借入金債務に充当されると解するのが相当である(最高裁平成13年(受)第1032号,第1033号同15年7月18日第二小法廷判決・民集57巻7号895頁,最高裁平成12年(受)第1000号同15年9月11日第一小法廷判決・裁判集民事210号617頁参照)。これに対して,弁済によって過払金が発生しても,その当時他の借入金債務が存在しなかった場合には,上記過払金は,その後に発生した新たな借入金債務に当然に充当されるものということはできない。しかし,この場合においても,少なくとも,当事者間に上記過払金を新たな借入金債務に充当する旨の合意が存在するときは,その合意に従った充当がされるものというべきである。
これを本件についてみるに,前記事実関係等によれば,上告人と被上告人との間で締結された本件各基本契約において,被上告人は借入限度額の範囲内において1万円単位で繰り返し上告人から金員を借り入れることができ,借入金の返済の方式は毎月一定の支払日に借主である被上告人の指定口座からの口座振替の方法によることとされ,毎月の返済額は前月における借入金債務の残額の合計を基準とする一定額に定められ,利息は前月の支払日の返済後の残元金の合計に対する当該支払日の翌日から当月の支払日までの期間に応じて計算することとされていたというのである。これによれば,本件各基本契約に基づく債務の弁済は,各貸付けごとに個別的な対応関係をもって行われることが予定されているものではなく,本件各基本契約に基づく借入金の全体に対して行われるものと解されるのであり,充当の対象となるのはこのような全体としての借入金債務であると解することができる。そうすると,本件各基本契約は,同契約に基づく各借入金債務に対する各弁済金のうち制限超過部分を元本に充当した結果,過払金が発生した場合には,上記過払金を,弁済当時存在する他の借入金債務に充当することはもとより,弁済当時他の借入金債務が存在しないときでもその後に発生する新たな借入金債務に充当する旨の合意を含んでいるものと解するのが相当である。
引用元:裁判所サイト
取引の分断における一連充当計算の可否についての判断
最一小判平成19年6月7日は、まず、複数の取引について同一の基本契約がある場合、そのうちの1つの取引で発生した過払い金は、その弁済当時に存在する他の借入金債務に充当される(最二小判平成15年7月18日等)ものの、その弁済当時に他の借入金債務が存在しない場合には、その後に借入金債務が発生したとしても当然には充当されないということを確認しています。
つまり、過払い金発生時点で他の借入金債務が存在していない場合には、同一の基本契約があっても、一連充当計算はできないのが原則であるということです。
最三小判平成19年2月13日と併せると、取引分断の場合には、基本契約の有無にかかわらず、一連充当計算できないのが原則であるということになります。
もっとも、最一小判平成19年6月7日は、例外として「過払金を新たな借入金債務に充当する旨の合意」があれば、一連充当計算できるとしています。この合意は「過払金充当合意」と呼ばれています。
もちろん,現実に,貸金業者との間で過払金の充当を認めるような合意がなされるはずはありません。この過払金充当合意とはあくまで法的な擬制のようなものです。
客観的な事情からして,そのような合意があったのと同様である,あるいは同様に扱ってよい,というように取り扱おうということです。
一連充当計算できるかについては,客観的な事情からみて,この過払金充当合意があったといえるかどうかが問題となってきます。
過払金充当計算の有無についての判断
この判決では,基本契約の内容が,借入限度額内で金員を繰り返し借入れることができたこと,毎月の返済金額は前月の借入金残高を基準とした一定額に定められていたこと,利息も前月の支払い後の借入金元本残高に対する支払日までの期間で計算されていたと認定されています。
要するに,一般的な貸金業者との取引の形態です。
そして,このような基本契約であるということは,個々の借入れに対応して個別に返済がなされているというよりも,契約に基づく借入金債務全体に対して返済がなされているといえるから,返済金の充当の対象となるのも借入金債務全体であるとした上で,このような基本契約には,過払金充当合意が含まれていると判示したのです。
例えば,ある月に10万円返済したとします。
しかし,この返済は,〇月〇日に借りた1万円,△月△日に借りた1万円・・・に対して個別に返済したというわけではなく,これの個々の借入れの合計である借入金残高100万円に対する返済として支払ったと考えるべきであるということです。
貸金業者との取引は,多くの場合,上記のような基本契約に基づく取引と同様の場合が多いでしょう。
したがって,多くの場合,基本契約が同一であれば,過払い金充当合意が認められ,一連充当計算が可能となるということになります。
実務に与えた影響
この最一小判平成19年6月7日は,過払金充当合意という理論を用いた最初の判例です。
結果として,過払金の充当を大幅に否定し,批判の多かった最二小判平成19年2月13日を是正するような形になりました。そのため、実務に与えた影響も非常に大きいものがあります。
この判決以降,取引の分断・一連充当計算の問題は,この「過払金充当合意」があるといえるのかどうか,という点が問題となっていくことになります。