
取引の個数が問題となる類型の1つに取引の分断(取引分断型・取引中断型)があります。この取引分断型において各取引の基本契約が同一でなかった場合に、過払金充当合意が認められるのかについて判断した判例として、最高裁判所第一小法廷平成19年7月19日判決があります。
取引の分断における過払金充当合意
最三小判平成19年2月13日は、ある取引において過払い金が発生した場合,その弁済当時(過払い金が発生した当時)に他の借入金債務が存在していないときは、その後に借入金債務が発生したとしても、「特段の事情」のない限り、新たな借入金債務に過払金を充当することはできないと判示しました。
これに対し、最一小判平成19年6月7日は、分断された取引が同一の基本契約に基づくものである場合、過払金充当合意が認められるときは「特段の事情」があると言えるので、最初の取引で発生した過払い金をその後に発生した借入金債務に充当することができると判示しました。
そして、最高裁判所第一小法廷平成19年7月19日判決(最一小判平成19年7月19日)は、分断された取引が同一の基本契約に基づくものでない場合でも、過払金充当合意が認められるときは、最初の取引で発生した過払い金をその後に発生した借入金債務に充当することができるとした判例です。
最一小判平成19年7月19日の解説
最一小判平成19年7月19日は、以下のとおり判示しています(一部抜粋)。
前記事実関係によれば,本件各貸付けは,平成15年7月17日の貸付けを除き,従前の貸付けの切替え及び貸増しとして,長年にわたり同様の方法で反復継続して行われていたものであり,同日の貸付けも,前回の返済から期間的に接着し,前後の貸付けと同様の方法と貸付条件で行われたものであるというのであるから,本件各貸付けを1個の連続した貸付取引であるとした原審の認定判断は相当である。
そして,本件各貸付けのような1個の連続した貸付取引においては,当事者は,一つの貸付けを行う際に,切替え及び貸増しのための次の貸付けを行うことを想定しているのであり,複数の権利関係が発生するような事態が生ずることを望まないのが通常であることに照らしても,制限超過部分を元本に充当した結果,過払金が発生した場合には,その後に発生する新たな借入金債務に充当することを合意しているものと解するのが合理的である。
上記のように,本件各貸付けが1個の連続した貸付取引である以上,本件各貸付けに係る上告人とAとの間の金銭消費貸借契約も,本件各貸付けに基づく借入金債務について制限超過部分を元本に充当し過払金が発生した場合には,当該過払金をその後に発生する新たな借入金債務に充当する旨の合意を含んでいるものと解するのが相当である。
引用元:裁判所サイト
この判例の事案では,複数回の借換えと,完済から3か月後の借入れ(上記判決文における平成15年7月17日の貸付け)があり,借換えや貸付けごとに新たな契約書が交わされているため,各取引に同一の基本契約がないというものです。
これらの取引をすべて一連計算できるのかが問題となっています。
判決では,借換えについては,あまり問題とせずに1個の取引としています。
完済後の貸付けについても,完済の時から貸付までの空白期間が3か月と短く期間的に接着していることや,貸付条件も同様であることから,やはり他の取引とは1個の取引と認定しています。
その上で、そのような1個の連続した貸付取引と言える場合、当事者は次の貸付けを想定して貸付けをしており、複数の権利関係が発生する事態を望まないのが通常であるから、分断前の取引で発生した過払い金を分断後の取引の借入金債務に充当することを合意(過払金充当合意)していると解するのが合理的であると判示しました。
実務に与えた影響
前記のとおり、最一小判平成19年6月7日は、同一の基本契約がある場合の取引の分断について、過払金充当合意が存在するときは一連計算できることを判示しました。
そして、この最一小判平成19年7月19日は、同一の基本契約がない場合の取引の分断について、過払金充当合意が存在するときは一連計算できることを判示しました。
この最一小判平成19年6月7日と最一小判平成19年7月19日の2つの判例により、取引が分断している場合、同一の基本契約の有無にかかわらず、過払金充当合意が存在すると認められるならば一連計算できるという現在の判例の考え方が確立したと言えるでしょう。
そして、最一小判平成19年7月19日が示した「1個の連続した貸付取引」と評価できる場合には「過払金充当合意が存在する」と言えるという判断の枠組みは、後の判例においても基本的なスタンスとなっています。
すなわち,同一の基本契約がない取引の分断の場合において一連計算できるかどうかは、当事者間に過払金充当合意があったといえるのか=複数の取引が「1個の連続した貸付取引」といえるのかが判断の基本とされるようになったのです。