
過払い金返還請求において最も争われる論点で,しかも最も重要といえる問題が,取引の個数の問題の一類型である取引の分断(取引の中断)の問題です。
取引の分断とは、いったん完済した後に再度借入れをした場合、最初の取引と後の取引とを1個の取引として一連充当計算(一連計算)できるのかという問題です。
取引の分断(取引の中断)とは
ある貸金業者から金銭を借入れ,それを完済して取引が終了した後,再び同じ貸金業者から借入れをして取引を再開するという場合があります。
この場合、最初の取引と次の取引が1個の取引であるとすれば、両方の取引を連続したものとして引き直し計算をすることになります。
しかし,この最初の取引と次の取引とが,まったく別個の取引として扱われた場合には,それぞれ別々に引き直し計算をすることになります。
2つの取引を1個の取引として引き直し計算した場合と、2つの取引を別個の取引として別々に引き直し計算をした場合とを比べると、1個の取引として計算した場合の方が過払い金の金額は大きくなるのが通常です。
一連で計算すると、取引分断前に発生した過払い金(およびその利息)を新たな借入金に充当して計算することができます。
そうすると、取引分断後の取引においても早い時期に借入れが計算上完済となって過払いとなる結果、各取引を個別に引き直し計算をする場合よりも、過払い金の金額が増えることになります。
そのため,消費者側からすれば,2つの取引を一体のものとして引き直し計算した結果を主張することになります。
他方,貸金業者側は,2つの取引は別個のものとして取り扱うべきであるという主張をすることになります。
これが,「取引の分断(取引の中断)」と呼ばれる問題です。また,上記のようにすべての取引を一連のものとして引き直し計算を行うことを「一連充当計算(一連計算)」と呼ぶことがあります。
この問題は,過払い金返還請求において,最も問題となる争点といってよいでしょう。
実際、いったん借金を完済をした後に再度借入れをした場合、その複数の取引を一連充当計算して過払い金の返還を請求すると、貸金業者からは、ほとんど必ずと言っていいほど、取引は分断しているという反論が出てきます。
過払金充当合意とは
取引が分断している場合に,その分断した複数の取引を一連のものとして計算できるのかどうかについては「過払金充当合意」があるかどうかが問題となってきます。
過払金充当合意とは,分断前の取引で発生した過払い金を,分断後の取引の借入金に充当させる旨の当事者間の合意のことをいいます。
もちろん,貸金業者が,契約締結の際に,もし過払いが発生したら新しい借入れに充当してもよいですよ,などというわけがありません。
したがって,現実に貸金業者との間で過払金充当合意などされるはずもありませんので,この過払金充当合意とは,あくまで裁判所が考え出した法的な擬制のようなものです。
当事者間の合理的意思を推認して導き出される,というような言い方がなされますが,要するに,現実には存在しない合意を,各種の事実関係などを考慮して,存在していたものとして扱おう,ということです。
裁判所の考え方の根底には、取引が分断している以上、本来的には別々に計算をすべきだという考えがあります(最三小判平成19年2月13日)。
しかし,そこを曲げて複数の分断した取引を一連で計算させるための理由づけとして,この過払金充当合意という擬制的な考え方を用いているです。
取引が分断している場合に一連充当計算できるかどうかは,この過払金充当合意があると認められるのかどうかにかかってきます。
取引の分断についての考え方
前記のとおり,過払金充当合意は,本来は存在しない合意です。過払金充当合意が認められるのは、過払金充当合意があると評価できる事実がある場合です。
貸金業者側において過払い金が発生したらその後の借入金に充当してもよいと認めていたといってよいほどの状況があった場合に、過払金充当合意があったと認められるということになります。
取引に空白期間があると、貸金業者側は必ずと言っていいほど取引の分断を争ってくるため、多くの裁判例が積み重ねられています。
その結果、取引が分断している場合に過払金充当合意が認められるのかについては、最高裁判所の判例によって一定の基準が定められています。
基本契約が同一である場合
空白期間を経て分断している取引が、1個の同じ基本契約に基づくものである場合を、基本契約取引分断型と呼ぶことがあります。
この複数の取引が1個の基本契約に基づく場合には、原則として、過払金充当合意があると認められ、全体を通じて1個の取引として扱われます。
したがって、基本契約が同一であれば、全部の取引を一連のものとして引き直し計算をして差し支えないでしょう(最一小判平成19年6月7日)。
基本契約が同一でない場合
問題となるのは、空白期間を経て分断している取引が、それぞれ別個の基本契約に基づいて行われている場合です。非基本契約取引分断型と呼ばれる場合です。
同一の基本契約がないときでも一連充当計算できる場合
前記のとおり,裁判所の考え方の根底には,取引が分断している以上,本来的には別々に計算をすべきだという考えがあります(最三小判平成19年2月13日)。
基本契約が同一でないのであれば,なおさら別々に計算すべきであるということになります。
しかし,現実問題として,貸金業者は,いったん完済されてその後に再度貸付を行う際,ほとんどの場合に,改めて契約書を取り交わしています。
実質的にみて、単なる貸し増し・借り増しにすぎないような場合に取り交わされる形式的な契約が、はたして「基本契約」といえるのかどうかについては疑問がないとはいえません。
しかし、実際の裁判においては,契約書がある以上,一応それぞれに別個の基本契約があるものとして取り扱う場合が多いでしょう。
そうすると,多くの場合,取引が分断しているということになり,一連充当計算ができないことになってしまいます。
つまり,多くの場合において,消費者側に不利益な結論が是認されてしまうというおそれがあります。
しかし,それでは,利息制限法の趣旨である消費者保護がないがしろにされてしまうおそれがあります。
そこで、最高裁判所は、同一の基本契約がない場合であっても、複数の取引が事実上1個の取引といえる場合には、消費者と貸金業者の間には「過払金充当合意」があったものといえるので、この過払金充当合意に基づいて複数の取引を一連充当計算することができるという判断をしています(最三小判平成19年2月13日等)。
過払金充当合意が認められる場合
前記のとおり、過払金充当合意とは、最初の取引で発生した過払い金を次の取引における最初の借入れに充当することができる合意のことです。
もちろん,貸金業者がそのような合意を現実にするわけはありません。この過払金充当合意とは,いってみれば擬制です。
つまり,そのような合意が現実になされたわけではないけれども,複数の取引が事実上1個の取引といえる場合には,法的にみれば,そのような内容の合意があったのと同様に評価できる,ということです。
したがって,一連充当計算できるかどうかは,この過払金充当合意があったといえるのかが問題となってくるということです。
そして,過払金充当合意は,複数の取引が事実上1個の取引といえる場合でなければ認められないのですから,つまりは,一連充当計算できるかどうかは,複数の取引が事実上1個の取引といえるのかどうかが鍵になってくるのです。
複数の取引が事実上1個の取引であると評価できる場合
ただし,常に,この過払金充当合意がある,つまり,複数の取引が事実上1個の取引といえる場合に当たると認められるわけではありません。
複数の取引が事実上1個の取引というためには,以下のような事実を総合的に考慮して決めなければならないとされています(最二小判平成20年1月18日)。
- 第1の基本契約に基づく貸付け及び弁済が反復継続して行われた期間の長さ
- 第1の基本契約に基づく最終の弁済から第2の基本契約に基づく最初の貸付けまでの期間
- 第1の基本契約についての契約書の返還の有無
- 借入れ等に際し使用されるカードが発行されている場合にはその失効手続の有無
- 第1の基本契約に基づく最終の弁済から第2の基本契約が締結されるまでの間における貸主と借主との接触の状況
- 第2の基本契約が締結されるに至る経緯
- 第1と第2の各基本契約における利率等の契約条件の異同
なお,上記の基準は2つの取引を想定しているため,第1基本契約とか第2基本契約とかの言葉が用いられていますが,取引が3つ,4つとある場合であっても考え方は同じであると考えてよいでしょう。
例えば,取引が3つある場合であれば,第1の取引と第2の取引,第2の取引と第3の取引についてそれぞれ上記の基準に当てはめて検討し,いずれも基準を満たしているのであれば,第1の取引から第3の取引まではすべて事実上一連の取引といえるということになります。
取引が4つであれば,第3の取引と第4の取引との一連性を付け加えて考えるだけということになります。
最近の考え方
最近では、基本契約の有無にかかわらず、前記最二小判平成20年1月18日の基準で過払金充当合意の有無を判断すべきではないかという考え方もあります。
実際の裁判でも、基本契約が同一かどうかの立証が難しい場合などには、最二小判平成20年1月18日の基準の事実を主張立証していくことがあります。