
取引の個数が問題となる類型の1つに取引併存型があります。この取引併存型において各取引の基本契約が同一であった場合の過払い金の充当計算について判断した判例として,最高裁判所第二小法廷平成15年7月18日判決があります。
基本契約がある複数の取引における過払い金の充当
過払い金返還請求において最も問題となる取引の個数の問題には、取引の分断(取引分断型・取引中断型)と取引の併存(取引併存型)の2つの類型があります。
取引併存型とは、ある貸金業者との間で複数の取引が併存している場合です。
この場合に、そのうちの1つの取引において発生した過払い金を別の併存する取引における貸付金債務に充当することができるかが問題となります。
この複数の併存する取引について同一の基本契約がある場合を「基本契約取引併存型」といい,同一の基本契約がない場合を「非基本契約取引併存型」と呼ぶ場合があります。
このうちの基本契約取引併存型における過払い金の充当について判断した判例として、最高裁判所第二小法廷平成15年7月18日判決(最二小判平成15年7月18日)があります。
最二小判平成15年7月18日の解説
最二小判平成15年7月18日は,以下のとおり判示しています(一部抜粋)。
同一の貸主と借主との間で基本契約に基づき継続的に貸付けとその返済が繰り返される金銭消費貸借取引においては,借主は,借入れ総額の減少を望み,複数の権利関係が発生するような事態が生じることは望まないのが通常と考えられることから,弁済金のうち制限超過部分を元本に充当した結果当該借入金債務が完済され,これに対する弁済の指定が無意味となる場合には,特段の事情のない限り,弁済当時存在する他の借入金債務に対する弁済を指定したものと推認することができる。また,法1条1項及び2条の規定は,金銭消費貸借上の貸主には,借主が実際に利用することが可能な貸付額とその利用期間とを基礎とする法所定の制限内の利息の取得のみを認め,上記各規定が適用される限りにおいては,民法136条2項ただし書の規定の適用を排除する趣旨と解すべきであるから,過払金が充当される他の借入金債務についての貸主の期限の利益は保護されるものではなく,充当されるべき元本に対する期限までの利息の発生を認めることはできないというべきである。
したがって,同一の貸主と借主との間で基本契約に基づき継続的に貸付けが繰り返される金銭消費貸借取引において,借主がそのうちの一つの借入金債務につき法所定の制限を超える利息を任意に支払い,この制限超過部分を元本に充当してもなお過払金が存する場合,この過払金は,当事者間に充当に関する特約が存在するなど特段の事情のない限り,民法489条及び491条の規定に従って,弁済当時存在する他の借入金債務に充当され,当該他の借入金債務の利率が法所定の制限を超える場合には,貸主は充当されるべき元本に対する約定の期限までの利息を取得することができないと解するのが相当である。
引用元:裁判所サイト
この引用部分では、2つの点について判断しています。
1つは、前記のとおり、併存する複数の取引が同一の基本契約に基づくものである場合において、一方の取引で発生した過払い金を他の取引における借入金債務に充当できるかという点です。
もう1つは、過払金を他の借入金債務に充当できるとした場合、貸主が、充当されるべき借入金元本に対する約定期限までの利息を取得できるのかという点です。
過払い金の充当に関する判断
最二小判平成15年7月18日は、同一の貸主と借主との間で基本契約に基づき継続的に貸付けとその返済が繰り返される金銭消費貸借取引では、借主は借入総額が減少することを望み、複数の権利関係が発生するような事態が生じることは望まないのが通常であると認定しています。
そして、複数の権利関係が発生することを当事者が望んでいない以上、特段の事情のない限り、一方の取引で発生した過払金は、その発生当時に存在する他の取引における借入金債務に対する弁済されることを指定したものと推認できるとしています。
結論として、同一の基本契約に基づく複数の取引が併存する場合、一方の取引で発生した過払金は、当事者間に充当に関する特約が存在するなど特段の事情のない限り、その弁済当時(過払金発生当時)に存在する他の取引の借入金債務に充当できることを認めています。
なお,「当事者間に充当に関する特約が存在するなど特段の事情」がある場合には,この過払金の充当は認められないことになると判示されています。
しかし,現実的に,過払い金が発生することを前提としたそのような特約を貸金業者がすることは考えられないので,実際にはほとんど問題となることはないでしょう。
貸主の利息取得に関する判断
最二小判平成15年7月18日は、過払金充当の問題のほか、過払金を他の借入金債務に充当できるとした場合、貸主が、充当されるべき借入金元本に対する約定期限までの利息を取得できるのかという点についても判断しています。
この判例の原審は、過払金を他の借入金債務に充当できるとしつつも、貸主は、充当されるべき借入金元本に対する約定期限までの利息を取得できると判示しました。
この原審の判断の根拠は、民法136条2項ただし書きにあります。民法136条2項ただし書きは、期限の利益を放棄しても、これによって相手方の利益を害することはできないと定めています。
過払金を他の借入金債務に充当するということは、借主が期限の利益を放棄して、期限前に弁済をすることと同じ結果になります。しかし、民法136条2項ただし書きにより、相手方である貸主の利益を害することはできません。
そのため、借主が期限の利益を放棄して期限前に弁済をしたとしても、貸主が約定期限までの利息を取得できる権利を害することはできないので、過払金充当されたとしても、貸主は約定期限までの利息を取得できることになります。
しかし、最二小判平成15年7月18日は、利息制限法1条、2条の規定が適用される限りにおいて民法136条2項ただし書きの適用は廃除されるとしました。
その上で、過払金を他の借入金債務に充当することによって期限の利益の放棄と同じ結果となったとしても、貸主の利益は保護されず、貸主は、充当されるべき借入金元本に対する約定期限までの利息を取得できないと判示しました。
実務に与えた影響
この最二小判平成15年7月18日以降,複数の取引がある場合の過払い金の充当についてさまざまな判例が出されることになります。
その意味で,この最二小判平成15年7月18日は,取引併存型・分断型を含めたすべての過払い金の取引の個数の問題に関するリーディングケースであるとともに,取引の個数の問題において最も重要な判例といえるでしょう。
なお,この最二小判平成15年7月18日に従って,一方の取引で発生した過払い金を,その過払い金発生日付で,他方の取引に充当させながら引き直し計算をしていく計算方法のことを,併存する取引(「横」の取引)に過払金を充当させることから,「横飛ばし計算」と呼ぶことがあります。