
過払い金返還請求において最も争われる論点は,取引が複数ある場合に,一方の取引で発生した過払い金を他方の取引における債務残高に充当できるのか,または,複数の取引を一連の取引として扱うことができるのかどうかという点です。
取引の分断または取引の個数と呼ばれる論点です。
取引の個数の問題とは
過払い金返還請求は,継続的金銭消費貸借契約に基づく取引における借入れと返済の繰り返しによって発生します。
金銭消費貸借契約とは,お金を貸す・借りるという契約のことです。サラ金などとの契約は,通常,借入れの限度額が決まっている代わりに,借入れと返済を繰り返すことが予定されているという場合がほとんどでしょう。
つまり,そもそも借入れと返済とが継続的に行われることを予定している契約であることから,継続的金銭消費貸借契約と呼ばれます。
このようなある貸金業者との間での継続的金銭消費貸借契約をし,その契約に基づく取引の間に借入たり返したりを繰り返していくことによって,徐々に利息の払い過ぎの金額が積み重なっていき,過払いの状態になっていくというわけです。
ところが,ある貸金業者からお金を借りる場合,契約または取引が1本ではないという場合があります。
同時並行的に複数の契約や取引があるという場合もあるでしょうし,あるいは,一旦完済した後に再度取引を再開するという意味で複数の契約や取引があるという場合もあるでしょう。
この複数の取引をどのように扱うのかという問題は,実は,過払い金返還請求において最も激しく争われている問題です。
具体的にいえば,複数あるうちの1つの取引で過払い金が発生した場合に,この過払い金を他の取引における債務残高に充当することができるのか,あるいは,この複数の取引をすべてまとめて1つの取引として扱い,1つの取引として引き直し計算をして過払い金の金額を算定することができるのかという点が問題となってきます。
過払金を別の取引の債務に充当する計算方法を「横飛ばし計算」と呼んでいます。また、複数の取引を一連の取引として計算することを「一連充当計算(一連計算)」と呼んでいます。
横飛ばし計算や一連充当計算をすることができれば、複数の取引を別個に計算した場合よりも債務残高がなくなる時期が早くなるため、過払い金の金額が大きくなる(または債務残高が小さくなる)のが通常です。
取引が長くなればなるほど,一連で計算した場合と個別に計算した場合との金額の差額は大きくなります。100万円以上異なってくるということもあり得ます。
そのため,消費者側の立場からすれば,当然,過払い金の充当や一連充当計算に基づいて算出された過払い金の返還を請求することになります。
他方,貸金業者の側からすれば,個別の取引ごとに算出した過払い金の金額を主張してくることになります。
この取引の個数が問題となるパターンには,いろいろなものがあります。
取引分断型・中断型
取引の個数が問題となるパターンでまず挙げることができるのは,ある貸金業者との間で取引を行い,その取引について完済した後に,再度,同じ貸金業者との間で取引を再開するというパターンです。
取引分断型・中断型と呼ばれています。単に,取引の分断の問題と呼ばれることもあります。
取引分断型・中断型の場合には,この分断している複数の取引を一連の取引として取り扱うことができるのかが問題となってきます。
具体的にいうと,一連の取引として引き直し計算をすることができるのか,ということです。この引き直し計算の方法のことを「一連充当計算」とか,単に「一連計算」などと呼んでいます。
取引分断型・中断型は,さらに,同一の基本契約がある場合と同一の基本契約がない場合とに分けることができます。
同一の基本契約がある場合(基本契約取引分断型)
同一の基本契約がある場合とは,分断している複数の取引について同一の基本契約が締結されているという場合のことです。基本契約取引分断型または基本契約取引中断型と呼ばれることがあります。
取引分断型の場合で基本契約が1つであるという場合(基本契約取引分断型)の場合,基本的に,前の取引で発生した過払い金を後の取引の貸付金に充当するという合意(この合意を「過払金充当合意」と呼びます。)が基本契約に含まれているといえるので,取引を1個のものとして引き直し計算(一連充当計算)をすることができると解されています(最一小判平成19年6月7日・民集第61巻4号1537頁)。
基本契約取引分断型の場合には,すべての取引を一連充当計算できるということで,あまり争いはないといってよいと思われます(ただし,最二小判平成20年1月18日に基づいて異なる解釈がなされる場合はあり得ます。)。
同一の基本契約がない場合(非基本契約取引分断型)
同一の基本契約がない場合とは,分断している複数の取引について個別の契約が締結されている場合(または、そもそも基本契約がない場合)のことです。非基本契約取引分断型または非基本契約取引中断型と呼ばれることがあります。
この場合には,当然に一連充当計算できるわけではありません。ただし,分断している複数の取引が事実上1個の連続した取引と評価できる場合には,前の取引で発生した過払い金を後の取引の貸付金に充当するという合意(過払金充当合意)があるといえるので,一連充当計算することができると解されています(最二小判平成20年1月18日)。
なお、裁判官によっては、基本契約の有無にかかわらず、上記平成20年1月18日の判断基準に従って過払金充当合意の有無を判断し、一連充当計算ができるかどうかを判断することもあります。
取引併存型
取引の個数が問題となるパターンには,上記取引分断型・中断型のほかに,取引併存型というパターンもあります。これは,ある貸金業者1社との間で,同時並行的に複数の取引を行っているという場合です。
消費者金融が相手方の場合には,この取引併存型はあまり問題とならないでしょうが,信販会社(クレジットカード会社)が相手方の場合には,複数のサービスがあるため,少なからず問題となることがあります。
この取引併存型についても,取引は複数であるが基本契約は1つであるという場合と,基本契約が存在せずそれぞれの取引が別個の契約に基づくものである場合とがあります。
同一の基本契約がある場合(基本契約取引併存型)
まず,複数の取引について同一の基本契約が存在する場合(「基本契約取引併存型」と呼ばれることがあります。)には,複数の取引があるうちの1つの取引において発生した過払い金は,原則として,過払い金発生の当時に債務が残っている別の取引の借入金に充当されることになります(最二小判平成15年7月18日)。
この基本契約併存型においては,上記のとおり,1つの取引において過払い金が発生する都度,その発生当時に債務が残っている他の取引に充当することになります。この計算方法を横飛ばし計算などと呼ぶことがあります。
さらに進んで,この基本契約併存型についても,複数の取引を一連充当計算できるのかという問題があります。この点について明確な最高裁判例はありません。
しかし,前記最二小判平成20年1月18日の基準に従って過払金充当合意が認められるならば,基本契約併存型においても,一連充当計算が認められると解することができるのではないかと思われます。
同一の基本契約がない場合(非基本契約取引併存型)
これに対し,同一の基本契約が存在しない場合(「非基本契約取引併存型」と呼ばれることがあります。)には,別の債務が残っている取引の借入金に充当されるのが原則とはいえないでしょう。
併存型の場合には,債務者も,それぞて別個の契約に基づく複数の取引であると認識して取引に入っているのが通常であると考えられるからです。
もっとも,この非基本契約併存型にあっても,例外的に,基本契約が締結されているのと同様の貸付けが繰り返されており,しかも,先の契約の際に後の契約における貸付けが想定されていたとか,当事者間で充当に関する特約があるなどの特段の事情があれば,複数の取引があるうちの1つの取引において発生した過払い金は,別の取引の債務に充当されるとした判例(最三小判平成19年2月13日)があります。
したがって,上記のような例外的な状況がある場合には,非基本契約併存型においても,一方の取引で発生した過払い金を,他方の取引の残債務に充当することができます。
さらに,この非基本契約併存型の場合にも,前記最二小判平成20年1月18日の基準に従って過払金充当合意が認められるならば,基本契約併存型においても,一連充当計算が認められると解することができる余地があるのではないかと思われます。