
個人再生(個人民事再生)には,小規模個人再生と給与所得者等再生という2種類の手続が用意されています。
このうち,給与所得者等再生とは,サラリーマンなど将来的に確実に安定した収入を得る見込みがある個人の債務者のうちで,無担保債権が5000万円以下の者について,再生債権を原則3年間で返済する再生計画案を作成し,その再生計画について裁判所の認可を得るという裁判手続です(民事再生法13章2節)。
給与所得者等再生とは
本来,法人を対象としている民事再生手続を個人でも利用できるように設けられたのが,個人再生の手続です。この個人再生には,小規模個人再生と「給与所得者等再生」という2つの手続が用意されています。
このうち給与所得者等再生とは,サラリーマンなど将来的に確実に安定した収入を得る見込みがある個人の債務者のうちで,無担保債権が5000万円以下の者について,再生債権を原則3年間で返済する再生計画案を作成し,その再生計画について裁判所の認可を得るという裁判手続です。
再生計画について裁判所から認可を受ければ,以降は,その計画どおり履行すればよいことになります。
個人再生の基本類型は小規模個人再生です。
これに対し,個人再生を利用できる個人の債務者のうちでも,収入が特に安定しているサラリーマンなどの給与所得者等についてだけ認められる特別の個人再生手続が,この給与所得者等再生の手続です。
給与所得者等再生を利用するための条件(要件)
給与所得者等再生は,借金などの債務を整理するためには,非常に有効な制度です。もっとも,裁判手続ですから,それを利用するための条件(法律要件)を充たしていなければ利用できません。
個人再生手続においては,再生手続を開始させるかどうかという段階,再生手続を継続していってよいかという段階,さらに,再生計画を認可させてよいかどうかという段階のそれぞれにおいて要件の審査が行われます。
つまり,給与所得者等再生の再生計画が認可されるためには,それぞれの段階において,要件を充たしている必要があるのです。
給与所得者等再生の再生手続開始要件
給与所得者等再生を利用するためには,まずは再生手続を開始してもらわなければ話になりません。給与所得者等再生の再生手続開始の要件としては、以下のものがあります。
- 再生手続開始原因があること(民事再生法21条1項)
- 再生手続開始申立棄却事由がないこと(民事再生法25条)
- 申立てが適法であること
- 債務者が個人であること
- 債務者が将来において継続的に又は反復して収入を得る見込みがある者であること(利用適格要件)
- 負債総額が5000万円を超えていないこと
- 給与またはこれに類する定期的な収入を得ていること
- 定期的な収入の額の変動の幅が小さいと見込まれること
- 過去の給与所得者等再生の再生計画が遂行された場合の当該再生計画認可決定確定日,ハードシップ免責がされた場合の当該再生計画認可決定確定日,破産免責許可決定確定日から7年以内にされた申立てでないこと
- 給与所得者等再生を行うことを求める旨の申述をすること
給与所得者等再生の再生手続を継続していくための要件
給与所得者等再生の手続が開始されても,手続が途中で廃止されて打ち切られてしまっては認可は受けられません。給与所得者等再生において手続を継続していくための要件としては,以下のものがあります。
- 不認可事由のない再生計画案作成の見込みがあること
- 再生計画案提出期間またはその伸長期間内に,不認可事由のない再生計画案を提出したこと
- 民事再生法41条1項各号及び同法42条1項各号に定める行為をする場合には,裁判所の許可を得ること
- 財産目録に不正なく記載すべき財産を記載していること
給与所得者等再生の再生計画認可要件
給与所得者等再生の再生手続が開始されてとしても,最終的に,裁判所による再生計画認可決定をもらわなければ意味がありません。給与所得者等再生の再生計画認可の要件としては、以下のものがあります。
- 再生手続に不備を補正できない重大な法律違反がないこと
- 再生計画に不備を補正できない法律違反がないこと
- 再生計画遂行の見込みがあること
- 債務者が将来において継続的に又は反復して収入を得る見込みがある者であること(利用適格要件)
- 再生債権総額が5000万円を超えていないこと
- 計画弁済総額が最低弁済額を下回っていないこと
- 清算価値保障原則を充たしていること
- 再生計画が再生債権者の一般の利益に反しないこと
- 債務者に給与またはこれに類する定期的な収入を得ていること
- 定期的な収入の額の変動の幅が小さいことが見込まれること
- 過去の給与所得者等再生の再生計画が遂行された場合の当該再生計画認可決定確定日,ハードシップ免責がされた場合の当該再生計画認可決定確定日,破産免責許可決定確定日から7年以内にされた申立てでないこと
- 計画弁済総額が可処分所得額の2年分以上であること
給与所得者等再生の効果
給与所得者等再生において,裁判所によって再生計画が認可されると,その再生計画に従って弁済をしていけばよいことになります。
もちろん,どのような内容の再生計画でもよいわけではありません。民事再生法で定める要件を充たした再生計画でなければ認可されることはありません。
しかし,給与所得者等再生の再生計画では,事案にもよりますが,債務の減額と長期分割払いを定めることができます。具体的に言うと,給与所得者等再生には以下のような効果が見込めます。
- 債務額を最低弁済額(債務額の5分の1から10分の1の減額。ただし,100万円まで。),可処分所得の2年分または破産した場合の配当予想額(清算価値)のいずれか最も高いものの金額にまで減額できる。
- 3年から5年の分割払いにできる。
債務の減額
最低弁済額は,民事再生法で決められており,どのくらいの減額率となるのかは債務総額によって異なります。具体的には,以下の金額です。
- 無異議債権額および評価済債権額</a>の総額が3000万円以下の場合は,基準債権額による。
- 基準債権額が100万円未満の場合,最低弁済額は「その基準債権額」
- 基準債権額が100万円以上500万円未満の場合,最低弁済額は「100万円」
- 基準債権額が500万円以上1500万円未満の場合,最低弁済額は「基準債権の5分の1」
- 基準債権額が1500万円以上の場合,最低弁済額は「300万円」
- 無異議債権額および評価済債権額の総額が3000万円を超え,5000万円以下の場合,最低弁済額は「無異議債権額および評価済債権額の総額の10分の1」
無異議債権額、評価済債権額、基準再生額は、とりあえず借金・債務の額と考えておけばよいでしょう。
例えば,500万円の債務であれば,最低弁済額は5分の1の100万円になります。債務額が4000万円であれば,最低弁済額は10分の1の400万円になります。
ただし,給与所得者等再生の場合,最低弁済額だけでなく,可処分所得の2年分以上の金額までしか減額できません。
また,財産の価額の総額が最低弁済額または可処分所得の2年分を上回る場合には,財産価額総額までしか減額できません。これを清算価値保障原則といいます。
つまり、給与所得者等再生の場合、計画弁済総額は、最低弁済額、清算価値の額、可処分所得2年分の額のすべてを上回っていなければならないということです。
したがって、減額できるのも、最低弁済額、清算価値の額、可処分所得の2年分の額のうち最も高い金額にまでしか減額できないということになります。
例えば,債務額500万円で可処分所得2年分が200万円の場合,財産価額総額が300万円であれば,最低弁済額の100万円および可処分所得2年分の200万円ではなく,300万円までしか減額できないということです。
分割払い
給与所得者等再生においては,上記の減額された弁済額を,分割で支払っていくことになります。分割の期間は原則として3年間ですが,事情によっては5年の期間とすることもできます。
支払いのペースは毎月1回が基本ですが,3か月に1回などにすることも可能です。
小規模個人再生との違い
前記のとおり,個人再生には,小規模個人再生と給与所得者等再生という2つの手続があります。
小規模個人再生と給与所得者等再生の手続の流れ自体は大きな違いはありませんが,もちろんいくつかの点で違いはあります。
大きな違いは,以下の2点でしょう。
要件の違い
小規模個人再生と給与所得者等再生とでは,要件が異なります。特に異なるのは,収入の安定性です。
小規模個人再生の場合でも,もちろん収入の安定性は必要です。しかし,給与所得者等再生の場合,小規模個人再生の場合以上に確実な収入の安定性が求められます。
給与所得者等再生の場合,給与またはこれに類する定期的な収入を得ている上,その定期的な収入の額の変動の幅が小さいことが見込まれるものでなければなりません。
返済金額の違い
個人再生を利用する場合は,小規模個人再生を選択するのが一般的です。サラリーマンなどの給与所得者であっても,個人再生を申し立てる場合,給与所得者等再生ではなく,小規模個人再生を利用することがほとんどです。
というのも,小規模個人再生の方が,給与所得者等再生よりも返済金額が少額となることが一般的からです。
小規模個人再生の再生計画が認可された場合,返済総額(計画弁済総額)は,最低弁済額および清算価値以上の金額で済みます。
これに対して,給与所得者再生の場合,計画弁済総額は,最低弁済額および清算価値以上の金額だけでなく,可処分所得の2年分以上の金額でなければなりません。
そのため,給与所得者等再生の場合,小規模個人再生の場合よりも計画弁済総額が高額となることがあるのです。
再生計画案の決議の有無における違い
小規模個人再生においては,再生計画案に対して再生債権者による決議が行われ,この決議が否決されると,再生手続が廃止されます。
これに対し,給与所得者等再生の場合は,再生債権者による決議は行われません。
つまり,給与所得者等再生の場合は,小規模個人再生の場合よりも,債権者の意向によって手続が左右されることが少ないと言えます。
ただし,決議はありませんが,給与所得者等再生の場合でも,再生計画の認可・不認可について意見を述べることはできます。
どのような場合に給与所得者等再生を選ぶのか?
前記のとおり、個人再生を行う場合、小規模個人再生を選択するのが一般的です。
とはいえ、給与所得者等再生を利用する場合も,もちろんあります。どういう場合かといえば,債権者の異議によって小規模個人再生の再生計画が認可されない(不認可となる)可能性が高い場合です。
小規模個人再生の場合,再生債権者の頭数の半数以上又は再生債権額の2分の1を超える反対(不同意)があると,再生手続は廃止により打ち切られ,再生計画の認可を受けることができません。
これに対し,給与所得者等再生では,債権者の反対・異議があっても,それに左右されずに,認可を受けることが可能です。
そのため,債権者の不同意によって小規模個人再生の認可が受けられないおそれが大きい場合には,給与所得者等再生を利用することになります。
なお,常に不同意とする貸金業者等はごく一部に限られますが,債権額等によっては,他の貸金業者も不同意を出す可能性が無いとはいえません。債権者の顔触れやそれぞれの債権額などを見て,具体的に検討していく必要があるでしょう。