
みなし弁済(現在はすでに廃止)の要件の1つである「任意に支払った」の意味について判断をした判例として、最高裁判所第二小法廷平成2年1月22日判決があります。この判例は、支払いの任意性について、やや貸金業者寄りの緩やかな判断をしています。
過払い金返還請求とみなし弁済
債務整理や過払金の返還請求がまだ確立していない時代,消費者側にとって最大の障壁となっていたのが,「みなし弁済」という制度でした(なお,現在ではすでに廃止されている制度です。)。
そのような時代に出された判例が、最高裁判所第二小法廷平成2年1月22日判決です。
みなし弁済とは、旧貸金業規制法に定める一定の要件を満たす場合には、利息制限法の制限を超える利率の利息の支払いを有効な弁済があったものとしてみなすという制度です。
このみなし弁済が成立するためには,旧貸金業規制法17条所定の事項を記載した書面(17条書面)の交付,同法18条所定の事項を記載した書面(18条書面)の交付および債務者が「任意に支払った」こと(支払いの任意性)の要件を満たす必要がありました。
ここでご紹介する最二小判平成2年1月22日は,このうちの支払いの任意性について判断した判例です。この判例は,債務者にとって有利な判例ではありません。むしろ、任意性を緩やかに解しており、どちらかと言うと貸金業者寄りの判決です。
最二小判平成2年1月22日の解説
最二小判平成2年1月22日は,以下のとおり判示しています(以下の引用は抜粋。)。
貸金業の規制等に関する法律(以下「法」という。)は、貸金業者の事業に対し必要な規制を行うことにより、その業務の適正な運営を確保し、資金需要者等の利益の保護を図るための措置として、貸金業者は、貸付けに係る契約を締結したときは、貸付けの利率、賠償額の予定に関する定めの内容等、法17条1項各号に掲げる事項についてその契約の内容を明らかにする書面(以下「契約書面」という。)をその相手方に交付しなければならないものとし(法17条1項)、さらに、その債権の全部又は一部について弁済を受けたときは、その都度、受領金額及びその利息、賠償額の予定に基づく賠償金又は元本への充当額等、法18条1項各号に掲げる事項を記載した書面(以下「受取証書」という。)を当該弁済をした者に交付しなければならないものとして(法18条1項)、債務者が貸付けに係る契約の内容又はこれに基づく支払の充当関係が不明確であることなどによって不利益を被ることがないように貸金業者に契約書面及び受取証書の交付を義務づける反面、その義務が遵守された場合には、債務者が利息又は賠償として任意に支払った金銭の額が利息制限法1条1項又は4条1項に定める利息又は賠償額の予定の制限額を超えるときにおいても、これを有効な利息又は賠償金の債務の弁済とみなすこととしている(法43条1項,3項)。以上のような法の趣旨にかんがみれば、債務者が貸金業者に対してした金銭の支払が法43条1項又は3項によって有効な利息又は賠償金の債務の弁済とみなされるには、契約書面及び受取証書の記載が法の趣旨に合致するものでなければならないことはいうまでもないが、法43条1項にいう「債務者が利息として任意に支払った」及び同条3項にいう「債務者が賠償として任意に支払った」とは、債務者が利息の契約に基づく利息又は賠償額の予定に基づく賠償金の支払に充当されることを認識した上、自己の自由な意思によってこれらを支払ったことをいい、債務者において、その支払った金銭の額が利息制限法1条1項又は4条1項に定める利息又は賠償額の予定の制限額を超えていることあるいは当該超過部分の契約が無効であることまで認識していることを要しないと解するのが相当である。
これを本件についてみると、所論の点に関する原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして首肯するに足り、右事実関係の下においては、上告人が貸金業者である被上告人Bに対してした金銭の支払は、上告人が利息の契約に基づく利息又は賠償額の予定に基づく賠償金の支払に充当されることを認識した上、自己の自由な意思によってされたことが明らかであるから、これを法43条1項又は3項にいう債務者が利息又は賠償として任意に支払ったものとした原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は、ひっきょう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。
引用元:裁判所サイト
みなし弁済の成立要件の1つとして,債務者が貸金業者に対して,利息制限法の制限超過部分を「任意に支払ったこと」(支払いの任意性)があります。上記最二小判平成2年1月22日は,この支払の任意性について判断した判例です。
上記判例は,みなし弁済の要件の1つである支払の任意性について,「任意に支払った」というのは,債務者が,利息制限法所定の制限利率を超える利率の利息・遅延損害金であって本来無効となるべきものだと知りながら支払ったという意味ではないとしました。
そして,そういうことを知らなかったとしても,制限超過利息や遅延損害金が契約どおりに利息や遅延損害金に充当されるということだけ知っていれば,その支払いは任意の支払いとなる,と判断しています。
つまり,支払った金銭が利息制限法に違反する本来支払わなくてもよかったはずの金銭だということを知らなくても,自分の意思で支払ってしまった以上は,みなし弁済の要件である「任意に支払った」とあたると判断しているのです。
最二小判平成2年1月22日の問題点
しかし、もし債務者が、これから支払おうとしている金銭が利息制限法に違反した利息等であると知っていたら,支払うはずがありません。それを知らなかったからこそ,勘違いをして支払いをしているのです。
そう考えると,この利息制限法違反を知らずに支払ってしまったことを,「自分の意志で支払った」ものだと考え,みなし弁済の成立を認めてしまうことが妥当といえるのかどうかについては疑問なしとはいえません。
利息制限法に違反する制限超過部分の支払いは本来無効なのですから,みなし弁済という制度が無効な支払いを有効としてしまうという理屈に合わない制度であることを考えると,もっと厳格に判断すべきであったといえるでしょう。
つまり,単に利息等に充当されると思って支払っただけでは足りず,利息制限法に違反しており無効なことは知っているけれども,それでもやはり,あえて支払う,というごく例外的な場合にだけ「任意に支払った」と考えるべきだということです。
ただし,現在では,この判例を前提としつつも,最高裁は様々な理論を駆使して,みなし弁済の成立を否定する数々の判決をしています。
現在ではすでにみなし弁済が成立する場合はほとんどなく,法律上も廃止されています。