生命侵害がない場合でも近親者固有の慰謝料請求が認められるか?

不法行為の画像

民法711条は,生命侵害の不法行為において被害者の父母・配偶者・子らに固有の慰謝料請求権を認めていますが,生命侵害以外の場合には近親者固有の慰謝料請求は認められないのかについては争いがあります。

生命侵害における近親者固有の慰謝料請求権

民法 第711条
他人の生命を侵害した者は、被害者の父母、配偶者及び子に対しては、その財産権が侵害されなかった場合においても、損害の賠償をしなければならない。

不法行為責任が成立する場合,不法行為の被害者は加害者に対して損害賠償を請求することができます。この場合に賠償を請求できる損害は,財産的な損害だけでなく,精神的な損害も含まれます。いわゆる慰謝料です。

もっとも,不法行為のうちでも生命を侵害する不法行為は,被害者だけでなく,その近親者に対しても,大切な家族を失ったという多大な精神的苦痛を被らせることは容易に想像できます。

そこで,民法711条は,不法行為のうちでも「生命侵害」行為の場合には,その不法行為の被害者の父母・配偶者・子にも,固有の慰謝料請求権を認めています。

この民法711条は,父母ら固有の慰謝料請求権について,立証責任の負担を軽減させるという趣旨があると解されています。

生命侵害以外の場合

前記民法711条によると,同条に基づく慰謝料請求権が認められるのは,「生命侵害」の場合に限定されています。

確かに,生命侵害の場合には,その被害者を永遠に失うのですから,父母ら近親者の方が被る精神的苦痛が甚大であることは間違いないでしょう。

しかし,生命侵害でなくても,それに近いような重大な傷害事故というものはあります。特に重度の後遺障害事故の場合などには,近親者が,生命侵害の場合に劣らないような精神的苦痛を被る場合があるはずです。

そこで,生命侵害でない場合(重大な身体侵害の場合)でも,近親者に民法711条に基づく慰謝料請求が認められないかということが問題となってきます。

限定説

この点,民法711条は,生命侵害の場合に限って,特別に近親者固有の慰謝料請求権を認めた規定であると考える見解があります。

この見解によれば,近親者固有の慰謝料請求権が認められるのは,生命侵害の場合に限るということになるでしょう。

しかし,前記のとおり,生命侵害でない場合であっても,父母らが甚大な精神的苦痛を被る場合はあるのですから,均衡を失することになりかねません。

民法709・710条説

そこで,民法711条は,生命侵害の場合に近親者の立証責任を軽減したものにすぎず,それ以外の場合の近親者固有の慰謝料請求を否定する趣旨ではないと考える見解があります。

この見解によれば,生命侵害以外の場合でも,父母ら固有の慰謝料請求が認められることになります。

ただし,民法711条はあくまで生命侵害の場合だけに適用されると考えるので,死亡事故以外の場合には,民法709条・710条に基づいて慰謝料請求をするということになります。

民法711条(類推適用)説

上記709・710条説によると,近親者らは,固有の慰謝料請求の場合においても,通常の不法行為に基づく損害賠償請求と同様の立証責任を負担することになります。つまり,民法711条による立証責任の軽減がないということです。

これに対しては,生命侵害の場合に比して近親者らの保護に失するという批判があります。

そこで,学説では,生命侵害以外の場合でも,それに匹敵するような重大な身体への侵害の場合には,民法711条が適用(または類推適用)されるという見解が有力です。

この見解によれば,父母らは,生命侵害でない場合でも,民法711条に基づいて固有の慰謝料請求ができるので,立証責任が軽減されるというメリットがあります。

判例・実務

この問題について,最高裁判所第三小法廷昭和33年8月5日判決は,以下のとおり判示して,前記民法709条・710条説を採用することを明らかにしています。

民法709条、710条の各規定と対比してみると、所論民法711条が生命を害された者の近親者の慰籍料請求につき明文をもつて規定しているとの一事をもつて、直ちに生命侵害以外の場合はいかなる事情があつてもその近親者の慰籍料請求権がすべて否定されていると解しなければならないものではなく、むしろ、前記のような原審認定の事実関係によれば、被上告人はその子の死亡したときにも比肩しうべき精神上の苦痛を受けたと認められるのであつて、かゝる民法711条所定の場合に類する本件においては、同被上告人は、同法七〇九条、七一〇条に基いて、自己の権利として慰籍料を請求しうるものと解するのが相当である。

上記のとおり,判例では,生命侵害の場合には,民法711条ではなく,民法709条・710条に基づく慰謝料請求が認められるとしています。生命侵害とそうでない場合には,やはり根本的な違いがあるということを重視しているものと思われます。

実務上も,判例に従って,民法709条・710条に基づいて固有の慰謝料請求がなされるのが通常です。

なお,いずれの考え方にせよ,生命侵害が無い場合で近親者固有の慰謝料が認められるのは,「死亡したときにも比肩しうべき精神上の苦痛を受けたと認められる」ほどの精神的損害が近親者に生じた場合に限られます。

軽度の障害では,近親者固有の慰謝料請求は認められません。生命侵害に匹敵するほどの精神的苦痛を生ずるような,相当の重傷や重度の障害が生じた場合などに限られるでしょう。

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