
民法では、相続については胎児もすでに生まれたものとみなすものとされ、胎児の相続を認めています。ただし、仮に胎児が死産となった場合にどう扱うべきかなどの問題はあります。
胎児の権利能力
法律上,権利義務の主体である法律上の「人」となる始期は,出生の時です。したがって,出生前の「胎児」は,法律上,権利義務の主体になりません。
どの時点から胎児が「人」となるのかについては,母体から胎児の身体の一部が露出した時とする一部露出説と母体から胎児の身体の全部が露出した時とする全部露出説とがあります。
民法上は,全部露出説が通説です。したがって,民事上は,母体から身体が全部露出した時にはじめて,「人」として権利義務の主体になるということになります。
胎児への遺産相続
民法 第886条
第1項 胎児は、相続については、既に生まれたものとみなす。
第2項 前項の規定は、胎児が死体で生まれたときは、適用しない。
前記のとおり,「人」となる前の胎児は,法律上の権利義務の主体となりません。
したがって,例えば,母親のお腹の中にいるときに父親が亡くなった場合のように,胎児である間に相続が開始されたとしても,その相続開始時に権利義務の主体となる「人」として存在していないことになります。
そのため、相続人の同時存在の原則により,その胎児は相続人になることができないのが原則のはずです。
しかし,胎児とはいえすでに生命としては誕生しているのですから,生まれていたか否かというだけで区別すると,例えば,父親が死亡する1日前に生まれていれば相続人となり,1日あとであれば相続人ではないというような不均衡が生じてしまい,妥当ではありません。
そこで,民法では「胎児は,相続については,既に生まれたものとみなす」ものとされています(民法886条1項)。
したがって,出生前の胎児であっても,相続人として扱われることになっています。これを「胎児の出生擬制」といいます。
出生擬制に関する考え方
胎児の出生擬制については,胎児が相続人となるとしても,どの時点で相続権を行使できるのか,仮に胎児が死産となった場合にどう扱うべきかなどの問題があります。
この胎児の出生擬制の問題点に関する考え方には,解除条件説と停止条件説の2つの考え方があります。
解除条件説(制限人格説)
解除条件説とは,胎児の段階で相続が開始した場合,胎児はその時点で相続権を行使できるものの,死産であった場合には,相続開始の時点にさかのぼって相続しなかったことになると考える見解です。制限人格説などと呼ばれることもあります。
解除条件説によれば,胎児は,胎児の時点で相続権を行使できるということになります。
実際には生まれていないうちに相続権を行使することになりますから,胎児の法定代理人が胎児に代わって相続権を行使するということになるでしょう。
停止条件説(人格遡及説)
停止条件説とは,胎児の段階で相続が開始したとしても,その時点では相続権を行使することはできず,生きて出生した時にはじめて,相続開始時から相続人であったものとして,相続権を行使できるという見解です。人格遡及説とも呼ばれます。
停止条件説によれば,胎児は出生後にはじめて相続権を行使できるということになりますので,胎児の段階で法定代理人によって相続権を行使するというようなことはできません。
また,出生が条件ですから,死産の場合にはそもそも出生擬制も生じないということになります。
実務上の考え方
胎児の法定代理人には誰がなるのかなど,いったん胎児の段階で相続を発生させて死産の場合には遡ってなかったことにするのは不都合であること,胎児の段階で相続権行使を認める実益に乏しいことなどから,現在では,停止条件説が判例・通説となっています。
したがって,胎児は,生きて生まれてきた場合にはじめて相続人として権利行使ができるということになります。
ただし,その場合,胎児段階における相続開始の時点にさかのぼって相続人であったものとして扱われることになります。