
免責されない非免責債権の1つに「破産者が悪意で加えた不法行為に基づく損害賠償請求権」があります(破産法253条1項ただし書き第2号)。単なる不法行為に基づく損害賠償請求権ではなく,「悪意」で加えた不法行為に基づく損害賠償請求権が非免責債権となります。
破産者が悪意で加えた不法行為に基づく損害賠償請求権
破産法 第253条
- 第1項 免責許可の決定が確定したときは、破産者は、破産手続による配当を除き、破産債権について、その責任を免れる。ただし、次に掲げる請求権については、この限りでない。
- 第2号 破産者が悪意で加えた不法行為に基づく損害賠償請求権
個人(自然人)の自己破産の目的は,免責の許可を受けることです。免責とは,借金など債務の支払い義務を免除してもらうことをいいます。
もっとも,免責の許可を受けたかどうかにかかわらず,そもそも免責許可によっても,支払い義務を免れることができない債権があります。そのような債権のことを非免責債権といいます。
この非免責債権の1つに,「破産者が悪意で加えた不法行為に基づく損害賠償請求権」があります(破産法253条1項2号)。
破産法253条1項2号は、不法行為に基づく損害賠償請求権のうちでも、それが悪意に基づくものである場合に限り、非免責債権としています(なお、同項3号では、破産者が故意又は重大な過失により加えた人の生命又は身体を害する不法行為に基づく損害賠償請求権も非免責債権とされています。)。
不法行為に基づく損害賠償請求権とは
民法 第709条
- 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は,これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
破産法253条1項2号において非免責債権とされるのは、破産者が悪意で加えた「不法行為に基づく損害賠償請求権」です。不法行為に基づく損害賠償請求権の根拠は、民法709条にあります。
不法行為に基づく損害賠償請求権が成立するための一般的な要件としては,以下のものが必要となります。
- 他人の権利又は法律上保護される利益を侵害する行為(加害行為・権利侵害行為)
- 権利侵害行為が故意または過失によること
- 損害が発生したこと
- 権利侵害行為と損害との間の因果関係
かなり抽象的な規定ですが,他人の権利や法律上保護される利益を侵害する行為を「加害行為」や「権利侵害行為」等と呼んでいます。どのような態様の行為かは限定されていません。
たとえば,暴力をふるって怪我をさせたり,人の物を盗んだりすることです。無論,これだけには限定されません。とにかく,権利・利益を侵害する行為が「加害行為」になります。
もちろん,ただ権利・利益を侵害しただけでは足りません。「故意」又は「過失」があることが求められます。
要するに,わざと加害行為をしたか,あるいは,必要な注意を怠ったために加害行為をしてしまったという場合でなければなりません。
何の故意も,過失もなく,人の権利を侵害してしまったりしたとしても,損害賠償の責任を負うことはないということです。
このように,故意又は過失による加害行為の結果,他人に「損害」を与えてしまった場合,その損害を賠償しなければならないということになります。
逆に言えば,故意・過失ある加害行為があっても,相手方に「損害」がなければ,損害賠償をする必要は無いということです。
さらに言うと,故意・過失による加害行為と損害の間に「因果関係」があることが必要となってきます。つまり,当該加害行為によって,当該損害が生じたと言えなければいけないわけです。
加害行為はしたけれども,損害はまったく違う原因で生じたという場合には,この「因果関係」がないので,損害賠償責任の問題とはならないということです。
慰謝料の請求も,精神的損害の賠償ということで,この不法行為に基づく損害賠償請求権の問題になります。
「悪意で加えた」の意味
前記のとおり、破産法253条1項2号の対象は不法行為に基づく損害賠償請求権ですが、不法行為に基づく損害賠償請求権のすべてが非免責債権になるというわけではありません。
非免責債権となる不法行為に基づく損害賠償請求権は,破産法253条1項2号と3号の場合に限られます。
そして,同2号において非免責債権とされるものは、不法行為に基づく損害賠償請求権のうちでも、「悪意で加えた」ものに限定されます。そこで、「悪意」の意味が問題となってきます。
「悪意」とは,法律用語としては,「何かを知っていること」という意味で使われることが多いのですが、不法行為の場合、加害者は、権利侵害行為や損害の発生を知っているのが通常です。
したがって、ここでいう「悪意」を単に権利侵害行為や損害の発生を知っていることと考えるのは不自然です。
そうすると,ここでいう「悪意」には,もっと別の意味があると考えられます。
破産法253条1項3号との違い
破産法第253条第1項第3号は,「破産者が故意又は重大な過失により加えた人の生命又は身体を害する不法行為に基づく損害賠償請求権」が非免責債権になると規定しています。
この規定は、不法行為に基づく損害賠償請求権のうちでも「人の生命又は身体を害する」ものに限定され、しかも、単なる故意・過失では足りず,「故意又は重大な過失」によるものでなければ非免責債権とはならないとされており、かなり限定されています。
このように,破産法は,不法行為に基づく損害賠償請求権が非免責債権となる場合を,免責させてはならないようなひどいもの,破産しても被害者にはちゃんと賠償させなければならないようなひどいものだけに限定しようとしていることがうかがえます。
そして,第3号の場合は,人の生命・身体を害する不法行為という,被害者の保護の必要性が大きい不法行為のみを対象とし,それが「故意」又は「重過失」によってなされた場合にのみ限定しています。
これに対して,第2号の場合は,人の生命・身体を害する不法行為という限定はなく,どのような不法行為でも対象となるとする代わりに,「悪意で加えた」もののみ限定しています。
これらのことからすると,第2号にいう「悪意」は,「故意又は重大な過失」よりも悪質なものという意味がこめられているのだと考えることができます。
「悪意」の意味
それでは,「悪意」とは,具体的にはどのような意味なのでしょうか?
「故意」は,法的に言うと,認識していることを意味します。つまり,他人に損害を与えるような行為をしたことを自分で認識しているという意味です。
そこでは,他人に損害を与えてやろうとか困らせてやろうとかいう意図が働いているかどうかは問題となりません。認識さえあれば「故意」があるといえるのです。
破産法253条1項2号における「悪意」は、この「故意」を超えるものですから、単に認識があるというだけでは足りません。
つまり,「悪意」とは,他人の権利を侵害して損害を与えてやろうという意図が働いていることを意味すると考えることができます。一般的な意味で使われる「悪意」に近いものだと考えることができるのです。
悪意で加えた不法行為に当たる場合
前記のように考えると,「悪意で加えた」不法行為というのは相当限定されることになります。具体的に言うと,犯罪行為やそれに近い行為によって損害を与えた場合のみが,これに当たると考えることができるでしょう。
例えば、他人の物を盗んだり、騙し取ったり、会社のお金を横領したりした場合や、暴力によって怪我をさせたり、死亡させたり、精神的損害を与えたりしたような場合に限られると考えられます。