
個人再生において住宅資金特別条項を定めた再生計画が裁判所によって認可されると、住宅ローンなどの住宅資金貸付債権については当初の約定どおりに(または民事再生法に基づくリスケジュールをして)返済を継続することができます。これにより、自宅を処分されずに済みます。
そして、住宅資金貸付債権以外の再生債権については、減額した上で分割払いにしてもらえるという効果が生じます。
住宅資金特別条項の効力
個人再生(小規模個人再生および給与所得者等再生)には、「住宅資金貸付債権に関する特則」という特別な制度が用意されています(民事再生法196条以下)。
一般的に「住宅資金特別条項(住宅ローン特則)」と呼ばれています。
個人再生とは、債務者自身で借金の減額や分割払いを定めた再生計画案を作成し、その再生計画を裁判所に認可してもらうことによって、その計画どおりの返済をしていけばよいことになるという制度です。
もちろん、いくらでも自由に減額したり長期の分割払いにできるわけではなく、その条件や限度は民事再生法で決められていますが、大幅な減額や分割払いへの変更も可能な場合があります。
住宅ローンも借金ですから、個人再生をすれば減額も可能です。
しかし、住宅ローンには、それを担保するために住宅ローンで購入した住宅不動産に抵当権が設定されているのが通常です。
そのため、住宅ローンを他の借金と同じように減額してしまうと、住宅ローン会社やその保証会社等によって抵当権を実行され、その不動産は売却されてしまうことになります。
そこで、住宅ローンなどの住宅資金貸付債権を他の借金などとは別の扱いにし、生活の基盤となる自宅・マイホームについては処分されないようにできる制度が住宅資金特別条項という制度です。
具体的には、再生計画に住宅資金特別条項という特別の条項を定めることになります。
そして、その住宅資金特別条項を定めた再生計画が裁判所によって認可されると、以下の効果を生じることになります。
- 住宅ローンなど住宅資金貸付債権を除く再生債権については、個人再生本体の効果(減額や分割払い)が生じる。
- 住宅ローンなど住宅資金貸付債権だけは減額されず、従前どおりまたは民事再生法に基づくリスケジュールをした上で支払いを継続していくことができる(その結果、自宅の抵当権を実行されずに済み、住宅を残すことができる。)。
なお、住宅ローンを滞納したことにより、住宅ローンの保証会社が住宅ローンの全額を代位弁済した場合でも、住宅ローンの「巻戻し」をすることによって、住宅資金特別条項を利用できるものとされています(民事再生法198条2項、204条1項)。
個人再生本体の効力
住宅資金特別条項は、住宅ローンなどの住宅資金貸付債権を他の借金とは別の扱いにする制度です。個人再生そのものの効果がなくなったり変更されるわけではありません。
したがって、住宅資金特別条項を定めたとしても、住宅ローンなど住宅資金貸付債権を除く他の借金などの再生債権については、個人再生本体の効果が生じます。
つまり、住宅ローン等以外の借金については、民事再生法の定めに従って減額や分割払いへの変更が認められるということです。
なお、小規模個人再生と給与所得者等再生とでは減額できる条件や範囲が異なってきます。
住宅・マイホームの維持
住宅資金特別条項を定めた再生計画が裁判所によって認可されると、住宅ローンなどの住宅資金貸付債権は、減額されずに、従前の約定のとおり(または民事再生法に基づくリスケジュールをして)返済を続けていくことができます。
住宅ローンを減額せず、ほとんど今までどおり返済していくことができるので、住宅ローン会社によって住宅の抵当権を実行されずに済みます。
つまり、住宅ローン以外の借金を減額した上で分割払いに変更してもらいつつ、自宅・マイホームを残すことができるのです。
住宅ローンの支払条件・方法の変更
民事再生法 第199条
- 第1項 住宅資金特別条項においては、次項又は第3項に規定する場合を除き、次の各号に掲げる債権について、それぞれ当該各号に定める内容を定める。
- 第1号 再生計画認可の決定の確定時までに弁済期が到来する住宅資金貸付債権の元本(再生債務者が期限の利益を喪失しなかったとすれば弁済期が到来しないものを除く。)及びこれに対する再生計画認可の決定の確定後の住宅約定利息(住宅資金貸付契約において定められた約定利率による利息をいう。以下この条において同じ。)並びに再生計画認可の決定の確定時までに生ずる住宅資金貸付債権の利息及び不履行による損害賠償 その全額を、再生計画(住宅資金特別条項を除く。)で定める弁済期間(当該期間が5年を超える場合にあっては、再生計画認可の決定の確定から5年。第3項において「一般弁済期間」という。)内に支払うこと。
- 第2号 再生計画認可の決定の確定時までに弁済期が到来しない住宅資金貸付債権の元本(再生債務者が期限の利益を喪失しなかったとすれば弁済期が到来しないものを含む。)及びこれに対する再生計画認可の決定の確定後の住宅約定利息 住宅資金貸付契約における債務の不履行がない場合についての弁済の時期及び額に関する約定に従って支払うこと。
- 第2項 前項の規定による住宅資金特別条項を定めた再生計画の認可の見込みがない場合には、住宅資金特別条項において、住宅資金貸付債権に係る債務の弁済期を住宅資金貸付契約において定められた最終の弁済期(以下この項及び第4項において「約定最終弁済期」という。)から後の日に定めることができる。この場合における権利の変更の内容は、次に掲げる要件のすべてを具備するものでなければならない。
- 第1号 次に掲げる債権について、その全額を支払うものであること。
イ 住宅資金貸付債権の元本及びこれに対する再生計画認可の決定の確定後の住宅約定利息
ロ 再生計画認可の決定の確定時までに生ずる住宅資金貸付債権の利息及び不履行による損害賠償- 第2号 住宅資金特別条項による変更後の最終の弁済期が約定最終弁済期から10年を超えず、かつ、住宅資金特別条項による変更後の最終の弁済期における再生債務者の年齢が70歳を超えないものであること。
- 第3号 第1号イに掲げる債権については、一定の基準により住宅資金貸付契約における弁済期と弁済期との間隔及び各弁済期における弁済額が定められている場合には、当該基準におおむね沿うものであること。
- 第3項 前項の規定による住宅資金特別条項を定めた再生計画の認可の見込みがない場合には、一般弁済期間の範囲内で定める期間(以下この項において「元本猶予期間」という。)中は、住宅資金貸付債権の元本の一部及び住宅資金貸付債権の元本に対する元本猶予期間中の住宅約定利息のみを支払うものとすることができる。この場合における権利の変更の内容は、次に掲げる要件のすべてを具備するものでなければならない。
- 第1号 前項第1号及び第2号に掲げる要件があること。
- 第2号 前項第1号イに掲げる債権についての元本猶予期間を経過した後の弁済期及び弁済額の定めについては、一定の基準により住宅資金貸付契約における弁済期と弁済期との間隔及び各弁済期における弁済額が定められている場合には、当該基準におおむね沿うものであること。
- 第4項 住宅資金特別条項によって権利の変更を受ける者の同意がある場合には、前三項の規定にかかわらず、約定最終弁済期から10年を超えて住宅資金貸付債権に係る債務の期限を猶予することその他前三項に規定する変更以外の変更をすることを内容とする住宅資金特別条項を定めることができる。
- 第5項 住宅資金特別条項によって権利の変更を受ける者と他の再生債権者との間については第155条第1項の規定を、住宅資金特別条項については同条第3項の規定を、住宅資金特別条項によって権利の変更を受ける者については第160条及び第165条第2項の規定を適用しない。
前記のとおり、住宅資金特別条項を定めた再生計画が認可されると、住宅ローンなどの住宅資金貸付債権については、基本的に、従前どおりに返済をしていくことになります。
もっとも、住宅資金貸付債権について総額を減額をすることはできませんが、住宅資金貸付債権者と協議の上で、返済の条件や方法を一定程度変更することが可能です(民事再生法199条)。
具体的に言うと、住宅資金特別条項の内容として、以下の5つのタイプのうちどれかを選択することができます。
- 正常返済型(そのまま型。民事再生法199条1項):当初の住宅資金貸付債権の約定どおりに返済していくタイプ。もっとも一般的なタイプといえます。
- 期限の利益回復型(民事再生法199条1項):再生手続開始前の段階で滞納により期限の利益が喪失している場合に、その期限の利益喪失の効果を失わせることができるタイプ。
- リスケジュール型(民事再生法199条2項):元金・利息・遅延損害金の全額について、支払期限最大10年・再生債務者の年齢が70歳を超えない範囲内でリスケジュールするタイプ。
- 元本猶予期間併用型(民事再生法199条3項):リスケジュール型を基本としつつ、再生計画の期間内は元本の一部の返済猶予を受けるタイプ。
- 合意型(民事再生法199条4項):住宅資金貸付債権者との間で上記4つのタイプとは異なる返済契約を定めるタイプ。
実務では、そのまま型が一般的ですが、住宅ローンを滞納している場合などには、期限の利益回復型や合意型の住宅資金特別条項を定めることもあります。
保証会社による代位弁済前の状態への巻戻し
民事再生法 第198条
- 第2項 保証会社が住宅資金貸付債権に係る保証債務を履行した場合において、当該保証債務の全部を履行した日から6月を経過する日までの間に再生手続開始の申立てがされたときは、第204条第1項本文の規定により住宅資金貸付債権を有することとなる者の権利について、住宅資金特別条項を定めることができる。この場合においては、前項ただし書の規定を準用する。
民事再生法 第204条
- 第1項 住宅資金特別条項を定めた再生計画の認可の決定が確定した場合において、保証会社が住宅資金貸付債権に係る保証債務を履行していたときは、当該保証債務の履行は、なかったものとみなす。ただし、保証会社が当該保証債務を履行したことにより取得した権利に基づき再生債権者としてした行為に影響を及ぼさない。
住宅ローンを組む場合、保証会社が住宅ローンの保証をするのが一般的です。
債務者が住宅ローンを滞納した場合、この保証会社が債務者に代わって住宅ローン会社に住宅ローンの全額を代位弁済し、その保証会社が住宅ローン会社に代わって、債務者に対して代位弁済した住宅ローンの金額を請求することになります。
この場合、保証会社が債務者に対して請求する求償権は「民法第499条の規定により住宅資金貸付債権を有する者に代位した再生債権者が当該代位により有するもの」(民事再生法198条1項)に該当します。
したがって、保証会社による代位弁済後は、原則論でいえば、住宅資金特別条項を利用できなくなるはずです。
しかし、保証会社が代位弁済したことによって住宅資金特別条項が利用できなくなるとしてしまうと、債務者の経済的更生のために自宅の維持を認めた住宅資金特別条項の趣旨を達成できなくなるおそれがあります。
そこで、民事再生法198条2項は、保証会社が住宅ローンなどの住宅資金貸付債権の全額を代位弁済をした場合でも、その代位弁済の日から6か月を経過する日までの間に再生手続開始の申立てがなされたときには、住宅資金特別条項を利用できるものとしています。
そして、この住宅資金特別条項を定めた再生計画が裁判所によって認可された場合には、保証会社が代位弁済した保証債務の履行はなかったものとみなされます(民事再生法204条1項)。
つまり、保証会社の代位弁済前の状態に戻り、従前どおり、住宅ローン会社に対して返済をしていくことができるようになります。
これを住宅ローンの「巻戻し」と呼んでいます。