
任意整理において債権者と話し合いがついた場合には、後に言った言わないの紛争になるのを防止するため、債権者との間で和解書(合意書)を取り交わしておく必要があります。
任意整理後における和解書・合意書
任意整理においては、債権者と話し合いがついた場合、最後に、債権者との間で今後の支払計画について和解契約を締結します。
和解契約は諾成契約ですので,口頭でも契約は成立します。しかし,口頭で契約をしただけだと,後日紛争が再燃したときに,言った言わないの話しになってしまうおそれがあります。
そこで,通常和解契約を締結した場合には,その和解の内容について,後日紛争が起きないように,書面を取り交わします。
この書面を「和解書」「合意書」などといいます(とは言っても,名称が決まっているわけではありませんので,他の名称でもかまいません。)。
和解書・合意書の内容・書式
和解書には,まずタイトルを付けます。「和解書」でも「合意書」でも,それ以外の名称でもかまいません。要は,債権者との間で任意整理について和解契約が成立したことが分かるようなタイトルを付ければよいのです。
和解書(合意書)には,当然のことながら,和解した内容を記載します。和解した内容の記載のことを「和解条項」といいます。
そして,和解をした日の日付を入れ,和解をした当事者両名(場合によっては2名以上の場合もあり得ます。)の署名・押印をします。
あくまで一例ですが,任意整理における和解書のイメージは,だいたい以下のような感じです。
和解書
A(以下「甲」という。)とB(以下「乙」という。)とは、本日、以下のとおり合意し、本和解書を2通作成して甲及び乙が各自1通ずつ保持する。
第1条(債権債務の確認)
乙は、甲に対し、本件和解金として金〇〇〇円の支払義務があることを認める。
第2条(弁済方法)
乙は、甲に対し、前条の金員を、下記のとおり分割して下記銀行口座に振り込む方法によって支払う。
(分割払金)
① 平成〇〇年〇〇月〇〇日から平成〇〇年〇〇月〇〇日までは、各月〇〇日限り、金〇〇〇円
② 平成〇〇年〇〇月〇〇日限り、金〇〇〇円
(振込口座)
金融機関名 〇〇銀行 〇〇支店
口座の種類 〇〇預金口座
口座の番号 〇〇〇〇〇〇〇
口座名義人 〇〇
第3条(期限の利益の喪失)
1 乙が前条の分割払金の支払いを怠り、その延滞額が〇〇〇円以上となったときは、甲の請求により乙は期限の利益を失い、甲に対し、第1条の和解金の残金を直ちに一括して支払う。
2 乙は、期限の利益を失ったときは、第1条の和解金の残額に対する年〇〇パーセントの割合による損害金を支払う。
第4条(債権債務の不存在)
甲と乙とは、甲及び乙の間には、本和解書に定める他には何らの債権債務のないことを相互に確認する。
令和〇〇年〇〇月〇〇日
(甲) A ㊞
(乙) B ㊞
上記のとおり,和解書は当事者の数だけ(債権者の分と債務者の分)それぞれが署名・押印して作成し,それぞれの当事者が1通ずつ保管することになります。
なお,一応,2通作成した場合には,和解書(合意書)の上部などに,割り印をしておいた方がよいでしょう。また,2枚以上になるような場合には,契印も押印しておくべきです。
なお、この書式・書き方は、あくまで一例にすぎません。これ以外の書き方では効力がないというわけではありません。書面に残しておくということが重要なのです。
もっとも、上記の書式における各和解条項には、もちろん法的な意味があります。したがって、上記書式は、最低限、和解条項として記載しておくべき事項といえるでしょう。
以下では,各和解条項についてご説明いたします。
債務総額の確認条項
任意整理の和解条項は,債権(債務者側からみれば債務です。)の総額を,債権者と債務者との間でしっかりと確認しておく必要があります。
そこで,和解書には,支払総額を確認する条項を記載しておく必要があります。「確認条項」と呼ばれることがあります。前記書式の第1条の条項です。
任意整理の和解書には,具体的には,いろいろな書き方がありますが,たとえば,前記書式のとおり,「乙(債務者)は,甲(債権者)に対し,本件和解金として金〇〇〇円の支払義務があることを認める。」というように記載します。
この他にも,「甲と乙とは,乙が甲に対し本件和解金として金〇〇〇円の支払義務があることを相互に確認する。」とか,「甲と乙とは,甲が乙に対して金〇〇〇円の貸付金債権があることを相互に確認する。」など,いろいろな記載の方法があります。
ちなみに任意整理の和解書において「和解金」としているのは,借入金とすると,利息や遅延損害金はどのように扱うのかなどの余分な紛争が起きていまいかねないからです。利息等も含めてまとめて和解金としてしまっているというわけです。
支払方法・分割払いの和解条項
任意整理では,債権者に,債務者の人が支払える限度で分割払いにしてもらうというのが通常のやり方です。 したがって,支払方法でもっとも重要なことは,分割払いの合意をいかに取り付けるかということになります。
任意整理における支払方法の条項も書き方はいろいろです。債権債務の確認条項と一緒に記載する方法や,前記書式の第2条のように確認条項とは別に支払方法の項目として記載する方法もあります。
いずれにしろ,任意整理で大事なことは,何回の分割にするか,いつからいつまで支払っていくのか,月の何日が支払日なのか,端数はどのように支払うのか,どういう方法で支払うのかというところでしょう。
通常,任意整理では,銀行振り込みで支払うことになりますが,この振込の方法で支払う場合には,振込先の銀行口座も条項に記載しておく必要があります。
なお,前記書式の(分割払金)の②は,端数の調整です。たいてい端数を最後に持ってきて調整しますが,最初に調整する方法でもかまいません。
期限の利益喪失に関する和解条項
前記書式第3条は、期限の利益喪失条項と呼ばれる和解条項です。
分割払いとは,本来なら一括ですぐに支払わなければならないはずのお金を,分割払いが終わるまで待ってもらうのですから,債務者にとっては,一括支払いの期限を猶予してもらうという利益を得ているのと同じ効果を持っています。
そうすると,任意整理における「期限の利益」とは,分割払いにしてもらうことであると言えます。
では,期限の利益喪失の合意とは何かというと,この分割払いにしてもらったという期限の利益を喪失させる合意,つまり,一定の条件を満たした場合には,分割払いの話はなかったことになるという合意のことです。
分割払いの話がなかったことになるということは,つまり,期限の利益喪失となった場合には,任意整理をしたにもかかわらず,一括で支払をしなければならなくなるということです。
また,上記記載例では,「甲の請求により」という文言が入っています。これは,滞納額が条件の金額になったとしても,当然に期限の利益が失われるのではなく,債権者の方から請求しない限り期限の利益は失われないとするための文言です。
書式第3条のような期限の利益喪失に関する和解条項を規定することは,債務者の側からみれば,有利なこととはいえません。むしろ,この条項は無い方が債務者にとっては有利なのです。
しかし,前記書式の第3条第1項のように,実際には,債権者側からの要望によって,この期限の利益喪失条項はほとんどの場合に規定されることになります。 これなしで和解するというのは,ほとんどありえないといってよいでしょう。
遅延損害金に関する和解条項
前記のとおり,任意整理の和解をするときに,期限の利益喪失の条項を記載することがあります。これは,支払を怠ったときに期限の利益を失わせ,債権者から債務者に対して一括払いの請求ができるようになるというものです。
そして,この一括払いの請求ができるようになることに加え,期限の利益を喪失した場合には,遅延損害金が発生する旨の合意がなされることがあります。つまり,残っている弁済額に対して一定の割合で遅延損害金が発生することになるというものです。
遅延損害金に関する条項は,前記書式でいえば,第3条第2項です。
なお,遅延損害金の割合も交渉次第です。特に決まったものはなく,債権者によって要求してくる割合が異なります。
裁判上で和解をする場合などは,年10%程度が多いと思います。
債権債務の清算条項
任意整理の結果,首尾よく債権者との間で分割払いや将来利息無しの合意ができたとしても,それだけではまだ不十分です。
せっかく任意整理をして和解をするのですから,後日の紛争の再発を防ぐ措置をしておくべきです。それが,「清算条項」の記載です。前記書式でいえば,第4条に当たります。
清算条項とは,つまり,和解書に記載されている債権債務(債権総額の確認条項で取り決めた債権総額)以外には,何も債権債務は無いということを確認する条項です。
これを記載することにより,任意整理によって和解をした後日,実は他にも借金が残っているとか,損害賠償が残っているとかいう主張を封じることができるのです。
つまり,清算条項にいう「清算」とは,当事者間の紛争を清算,つまり,借金についての争いはこれっきりにするという意味なのです。
その他の和解条項
前記までの各条項が,任意整理における基本的な和解条項です。もっとも,事案によっては,他の条項を加えるということもあり得るでしょう。
放棄条項
放棄条項とは,和解書(合意書)等において,ある一定の権利を放棄することを約束する条項のことをいいます。
例えば,複数の請求権がある場合,そのうちの1つの請求を満足させる和解ができたとします。その代りに,それ以外の請求権については,もはや請求しないで良いという譲歩がなされたというような場合に,この放棄条項を和解書に入れることになります。
任意整理の和解書では,放棄条項を入れることはあまり無いといえるでしょう。入れなくても,債権額を確定させる旨の確認条項や,和解書に書いた以上の債権債務は無いという旨の清算条項があれば,その後に問題となることはありません。
ただし,任意整理の場合,債務整理の開始時または和解時までに発生した遅延損害金も,全部免除してもらったり,あるいは,借金が保証人や担保付の場合に,それらの担保を外してもらうという和解をすることもあり得ます。
そういう場合には,遅延損害金請求権や抵当権等の担保権を放棄する旨の放棄条項を記載するということがありえるかもしれません。
将来利息をなしとする場合
任意整理は,例えば任意整理法などの特別な法律があるというわけではなく(もちろん,任意整理法などという法律はありません。),あくまで交渉です。
将来の利息をなくすかどうかということも,詰まるところは交渉次第というわけです。したがって,いつから利息が発生しなくなるかも交渉によって決まります。
ただし,和解契約締結後は利息が発生しなくなるとするのが通常だと思います。さらには,受任通知送付後は利息(経過利息)が発生しなくなるというように交渉することもありえるでしょう。
もっとも,あくまで交渉ですから,あまりに強気に行き過ぎて和解自体ができなくなってしまうというのは本末転倒ですので,ある程度の妥協は必要となってきます。
将来利息を付けないでよいという和解が成立した場合,そのことを和解条項として記載する必要はありません。無論,〇〇日から利息は発生しないと記載してもよいのでしょうが,記載しなくとも問題はありません。
なぜなら,和解契約によって発生した債権に対しては,利息が発生するという契約(利息契約)をしない限り,当然には利息が発生しないからです(このように約定がなければ発生しない利息のことを,「約定利息」といいます。)。
つまり,和解によって一定のお金(和解金)を支払うということになった場合,利息を付けたければ利息契約を締結しなければならないのです。ということは,逆に言えば,利息契約を締結していないのならば,利息は発生しないということになります。
要するに,将来利息をなしにするには,和解契約の際に,利息契約を締結しなければよいだけなのです。したがって,利息契約をしないのですから,任意整理の和解条項には利息に関する記載などする必要もないのです。