この記事は、法トリ(元弁護士)が書いています。

継続的給付目的双務契約の給付受領者について破産手続が開始され、その破産管財人が、継続的給付目的双務契約について、破産法53条1項に基づき履行請求を選択した場合、相手方(継続的給付義務者)は、破産手続開始の申立て前の給付に係る破産債権について弁済がないことを理由として破産手続開始後の義務の履行を拒絶できないとされています(破産法55条1項)。
継続的給付目的双務契約の相手方による履行拒絶権
継続的給付目的双務契約とは、給付義務者が継続的な商品またはサービスなどの給付を提供し、給付受領者が対価を支払う双務契約です。例えば、電気・ガス・水道・通信などの契約がこれに該当します。
この継続的給付目的双務契約において、給付受領者について破産手続が開始された時点で、電気・ガス・通信などの継続的給付目的双務契約が存続している場合、双方未履行双務契約として処理されます。
具体的に言うと、破産管財人は、その継続的給付目的双務契約を解除するか、または、破産者の債務を履行して相手方に対して履行請求するかのどちらにするのかを選択することができます(破産法53条1項)。
破産管財人が履行請求を選択した場合、破産手続開始後に給付を受けるためには、破産管財人は相手方である給付義務者に対して対価を支払う必要があります。
破産管財人が破産手続開始後に対価を支払わなかった場合、相手方は破産手続開始後の給付を履行することを拒絶することができます。
問題となるのは、破産手続開始前の給付についての対価が支払われていない場合です。
継続的給付目的契約は、各期における可分的な給付が全契約期間にわたって反復継続して行われ、各期においてその対価が支払われることを予定するものです。
そのため、当期の対価が支払われなかった場合、給付義務者側は、次期の給付を拒絶することができるのが通常です。
そこで、破産手続においても、破産手続開始前における給付の対価が支払われていない場合に、継続的給付目的契約の相手方が、破産手続開始後に給付をすることを拒絶できるのかが問題となってきます。
破産法55条1項による履行拒絶権の制限
破産法 第55条
- 第1項 破産者に対して継続的給付の義務を負う双務契約の相手方は、破産手続開始の申立て前の給付に係る破産債権について弁済がないことを理由としては、破産手続開始後は、その義務の履行を拒むことができない。
- 第2項 前項の双務契約の相手方が破産手続開始の申立て後破産手続開始前にした給付に係る請求権(一定期間ごとに債権額を算定すべき継続的給付については、申立ての日の属する期間内の給付に係る請求権を含む。)は、財団債権とする。
- 第3項 前二項の規定は、労働契約には、適用しない。
前記のとおり、継続的給付目的契約においては、当期の対価が支払われなかった場合、給付義務者側は、次期の給付を拒絶することができる履行拒絶権を有することになるのが通常です。
そうすると、破産手続においても、給付受領者について破産手続が開始された場合、破産手続開始前における給付の対価が支払われていないときは、継続的給付目的契約の相手方は、破産手続開始後に給付をすることを拒絶できるのが原則となるはずです。
もっとも、破産管財業務を遂行するため、電気・水道・警備契約などの継続的給付目的双務契約を継続しておかなければいけない場合もあります。
したがって、破産手続開始前の対価を支払わなければ継続的給付を受けられないとすると、破産管財人としては、破産管財業務を遂行するため、その対価を支払わざるを得ないことになるでしょう。
しかし、破産手続開始前の債権は、破産債権となり、配当によって各破産債権者に公平・平等に分配されるのが原則です。
いかに継続的給付目的双務契約の対価であるとはいえ、破産手続開始前の給付の対価支払請求権も破産手続開始前の債権である以上、これを事実上優先的に支払わざるを得ないことにすると、債権者の平等の観点から問題を生じます。
また、破産手続開始前の給付の対価を支払うだけの破産財団がない場合には、破産管財業務を進められないことになってしまうおそれもあります。
そこで、破産法は、破産手続開始前における給付の対価が支払われていないことを理由とする継続的給付目的双務契約の相手方の義務履行拒絶権を一部制限しています。
すなわち、破産管財人が履行請求を選択した場合、継続的給付の供給義務者は、破産手続開始の申立て前の給付に係る破産債権について弁済がないことを理由として、破産手続開始後に継続的給付の義務の履行を拒むことができないとされています(破産法55条1項)。
例えば、電気を利用するため、電力会社との電力供給契約を維持するつもりである場合に、電力会社側は、破産手続開始の申立て前の供給分の電気料金を支払ってもらっていないので、破産手続が開始した後に電気を供給することはしない、とはいえないということです。
破産手続開始申立てから開始決定までの間に給付がされた場合
前記のとおり、相手方の履行拒絶権が制限されるのは、「破産手続開始前」の給付の対価が支払われていない場合ではなく、「破産手続開始の申立て前」の給付の対価が支払われていない場合です。
これは、履行拒絶権が制限される範囲を限定することによって相手方の利益を図ろうとするところに趣旨があります。
したがって、相手方は、破産手続開始の申立てから破産手続開始までの間になされた給付の対価について弁済がないことを理由として、破産手続開始後における給付義務の履行を拒絶することは可能です。
破産手続開始の申立てから破産手続開始までの間になされた給付の対価支払請求権は、財団債権となります(破産法55条2項)。
破産管財人は、破産手続開始後に給付の履行を受けるために、破産手続開始の申立てから破産手続開始までの間になされた給付の対価も財団債権として弁済する必要があるということになります。
破産手続開始申立てから開始決定までの間に給付がされた場合
破産法55条1項によって制限されるのは、破産手続開始後における給付義務の履行拒絶権です。破産手続開始前における給付義務の履行拒絶権は制限されていません。
したがって、破産手続開始の申立て前における給付の対価が支払われていない場合、相手方は、破産手続開始後における給付義務の履行を拒絶することはできませんが、破産手続開始の申立てから破産手続開始決定までの間における給付義務の履行は拒絶できるということになります。
破産手続開始申立てがされたことは公に通知されませんし、申立てから開始までの期間もそれほど長期間に及ばないのが通常ですので、実際に問題となることは少ないかもしれません。
しかし、破産手続開始の申立てから破産手続開始決定までに時間がかかるような大規模事件の場合には、その間おける給付義務の履行拒絶が問題となることはあり得るでしょう。
参考書籍
破産法を深く知りたい方やもっと詳しく勉強したい方のために、破産法の参考書籍を紹介します。
破産法・民事再生法(第5版)
著者:伊藤 眞 出版:有斐閣
倒産法研究の第一人者による定番の体系書。民事再生法と一体になっているので分量は多めですが、読みやすいです。難易度は高めですが、第一人者の著書であるため、信頼性は保証されています。
条解破産法(第3版)
著者:伊藤眞ほか 出版:弘文堂
条文ごとに詳細な解説を掲載する逐条の注釈書。破産法の辞書と言ってよいでしょう。破産法の条文解釈に関して知りたいことは、ほとんどカバーできます。持っていて損はありません。金額面を除けば、誰にでもおすすめです。
破産実務Q&A220問
編集:全国倒産処理弁護士ネットワーク 出版:きんざい
破産実務を取り扱う弁護士などだけでなく、裁判所でも使われている実務書。本書があれば、破産実務のだいたいの問題を知ることができるのではないでしょうか。
司法試験・予備試験など資格試験向けの参考書籍としては、以下のものがあります。
倒産処理法入門(第6版)
著者:山本和彦 出版:有斐閣
倒産法の入門書。「入門」ではありますが、ボリュームはそれなりにあります。倒産法全体を把握するために利用する本です。
倒産法講義
著者:野村剛司ほか 出版:日本加除出版
こちらも法学大学院生や司法試験・予備試験受験生向けに書かれた教科書。著者が実務家であるため、実務的な観点が多く含まれていて、手続をイメージしやすいメリットがあります。
倒産法(第3版)伊藤真試験対策講座15
著者:伊藤塾 出版:弘文堂
いわゆる予備校本。予備校本だけあって、実際の出題傾向に沿って内容が絞られており、分かりやすくまとまっています。学習のスタートは、予備校本から始めてもよいのではないでしょうか。