この記事は、法トリ(元弁護士)が書いています。

賃貸借契約の当事者の一方について破産手続が開始した場合でも、賃貸借契約は当然には終了しません。
破産手続開始時において賃貸借契約が存続している場合、破産管財人は、当該賃貸借契約を解除するか、または、破産者の債務を履行して契約の相手方に対して履行を請求するかを選択することができます(破産法53条1項)。
ただし、賃貸人である法人・会社が破産した場合において、その相手方である賃借人が賃借権について登記・登録その他の第三者に対抗することができる要件を備えているときは、破産管財人は契約解除を選択することができないとされています(破産法56条1項)。
この場合、破産管財人は履行請求を選択するほかないということになります。なお、破産管財人は、履行請求を選択したとしても、破産手続が終了するまでに、合意解約や賃貸借目的物の売却・賃借権の譲渡などの方法によって、賃貸借契約関係を清算する必要があります。
なお、個人である賃借人が破産した場合、破産者の生存権を確保するため、住居の賃貸借契約は解約されないのが通常です。
破産手続における賃貸借契約の処理
賃貸借契約とは、当事者の一方がある物の使用及び収益を相手方にさせることを約し、相手方がこれに対してその賃料を支払うことを約することによって効力を生じる契約のことをいいます(民法601条)。
個人でも法人でも、賃貸借契約を締結することは日常的に行われています。
不動産や動産を賃貸する事業者であればもちろん、そうでない場合でも、住居のため、あるいは、事業所や倉庫などのために不動産を賃借することもあれば、事業用設備や機械を賃借していることもあります。
この賃貸借契約は、契約の当事者の一方について破産手続が開始されたとしても、当然には終了しません。
そのため、破産手続開始時点において賃貸借契約が存続している場合、破産管財人は、その賃貸借契約を清算しなければなりません。
賃借人(借主)が破産した場合、目的物の返還・賃料の支払い・敷金の回収などが問題となります。特に問題となるのは、事業所や倉庫などとして利用していた不動産の賃貸借契約の清算です。
賃貸人(貸主)が破産した場合であれば、貸している目的物の回収や賃料の回収などが問題となります。
不動産会社が破産者である場合などは、賃貸借契約の清算処理がその事件における最大の問題となることもあります。
賃借人(借主)が破産した場合
破産法 第53条
- 第1項 双務契約について破産者及びその相手方が破産手続開始の時において共にまだその履行を完了していないときは、破産管財人は、契約の解除をし、又は破産者の債務を履行して相手方の債務の履行を請求することができる。
- 第2項 前項の場合には、相手方は、破産管財人に対し、相当の期間を定め、その期間内に契約の解除をするか、又は債務の履行を請求するかを確答すべき旨を催告することができる。この場合において、破産管財人がその期間内に確答をしないときは、契約の解除をしたものとみなす。
- 第3項 前項の規定は、相手方又は破産管財人が民法第631条前段の規定により解約の申入れをすることができる場合又は同法第642条第1項前段の規定により契約の解除をすることができる場合について準用する。
賃借人(借主)について破産手続が開始した場合でも、賃貸借契約は当然には終了しません。
法人破産の場合、賃借人である法人・会社について破産手続が開始されると、その賃借人である法人・会社は法人格を失います。
そのため、賃借人である法人・会社は賃貸人に対して賃料支払義務を履行できなくなり、他方、賃貸人も賃借人に対して使用収益させる義務を履行できなくなります。つまり、双方未履行双務契約の状態になるということです。
したがって、破産管財人は、双方未履行双務契約として、賃貸借契約を解除するか、または、破産管財人が管財業務に賃借物を利用する必要がある場合には、破産者たる賃借人の債務を履行して相手方たる賃貸人に対して履行を請求することになります(破産法53条1項)。
なお、相手方である賃貸人は、破産管財人に対し、賃貸借契約を解除するのか、履行請求をするのかを、相当期間内に確答するよう催告できます。
この期間内に破産管財人が確答しなければ、賃貸借契約は解除したものとみなされます(破産法53条2項)。
破産管財人が契約解除を選択した場合
賃貸借契約を存続させなければならない特別な事情が無い場合、破産管財人は、余分な賃料の支払いが発生しないように、早期に賃貸借契約を解除するのが通常です。
この場合、破産手続開始から実際に賃貸借契約を解除するまでの間の賃料債権は、財団債権となります(破産法148条1項2号、4号、8号)。
ただし、不動産賃貸借の場合、賃貸借契約を解除しても、その不動産に残置物があるため明渡しを完了できない場合があります。
この場合、賃貸人が残置物を自己負担で処分してくれるのであれば、それほど問題とはなりませんが、そうでなければ、破産管財人が残置物の撤去をしなければなりません。
残置物を撤去する費用が集まっていないなどの理由から明渡しが遅れてしまった場合、それは「破産管財人の管理処分権にもとづいてする行為を原因として生ずるもの」(最一小判昭和43年6月13日)と言えます。
そのため、たとえ賃貸借契約を解除していたとしても、賃貸人に発生している賃料相当額損害金の請求権は、財団債権となるのが通常です。
他方、破産管財人が賃貸借契約を解除して目的物を賃貸人に返還したことにより発生する敷金・保証金などの返還請求権は、破産財団に組み入れられます。
破産管財人が履行請求を選択した場合
破産管財人が管財業務を遂行するために賃貸借契約を存続する必要がある場合には、賃貸借契約の履行請求を選択することになります。つまり、賃貸人に対して目的物を使用収益させるように請求するということです。
この場合、破産管財人は、その賃貸借契約の存続期間中の賃料を支払う必要があります。
相手方である賃貸人の破産管財人に対する賃料請求権は財団債権となります。したがって、賃貸人は、破産管財人に対して、破産手続外で賃料の支払いを請求することができます。
上記の例で言えば、賃貸人は、破産管財人に対して、約定どおり賃料を毎月支払うよう請求できるということです。
実務的には、従前の賃貸借契約を存続させる場合のほか、従前の賃貸借契約の条件変更をしたり、いったん従前の契約を解除した上で新たな賃貸借契約を締結するということもあります。
ただし、破産手続開始前にすでに未払いとなっている賃料債権は、財団債権ではなく、破産債権として扱われます。
破産手続開始前に賃貸借契約が終了していた場合
破産手続開始前に破産者を借主とする賃貸借契約が終了していた場合、破産管財人による契約解除などは問題となりません。
もっとも、賃貸借契約は終了しているものの、賃料の未払いが残っている場合、その賃料債権は破産債権となります。
また、賃貸借契約は終了しているものの目的物の返還や明渡しが未了である場合は、破産手続開始から実際の返還・明渡しまでの賃料相当損害金請求権は財団債権となるのが通常です。
これに対して、賃貸借契約は終了し明渡しなどは済んでいるものの、原状回復をしていないという場合、賃貸人の原状回復請求権は金銭化され、破産債権になります(破産法103条2項1号イ)。
なお、破産手続開始時において敷金・保証金が返還されていない場合、破産管財人がその回収をして破産財団に組み入れることになります。
個人破産の場合:住居の賃貸借契約の処理
個人(自然人)の賃借人が破産した場合も、基本的にはこれまで述べてきたとおりの処理が行われます。
ただし、住居の賃貸借契約だけは別です。住居の賃貸借契約は、破産しても解約されないのが通常です。これを解約してしまうと、破産者が生活できなくなってしまうからです。
また、破産管財人による履行請求も行われません。破産者が自ら賃料を支払って、賃貸借契約を維持していくことになります。
住居の敷金返還請求権は、本来的自由財産ではありません。しかし、各地方裁判所の換価基準・自由財産拡張基準により、住居の敷金返還請求権は自由財産として拡張されるのが通常です。
したがって、敷金を破産財団に組み入れるため、賃貸借契約を解約するということも行われません。要するに、破産管財人は、住居の賃貸借契約についてはノータッチということです。
賃貸人(貸主)が破産した場合
破産法 第56条
- 第1項 第53条第1項及び第2項の規定は、賃借権その他の使用及び収益を目的とする権利を設定する契約について破産者の相手方が当該権利につき登記、登録その他の第三者に対抗することができる要件を備えている場合には、適用しない。
- 第2項 前項に規定する場合には、相手方の有する請求権は、財団債権とする。
賃借人(借主)が破産した場合と同様、賃貸人(貸主)について破産手続が開始されたとしても、賃貸借契約は当然には終了しません。
賃貸人が破産した場合も双方未履行双務契約となり、破産管財人は、契約の解除または履行請求(賃料支払の請求)を選択することになります(破産法53条1項)。
なお、相手方である賃借人は、破産管財人に対し、賃貸借契約を解除するのか、履行請求をするのかを、相当期間内に確答するよう催告できます。
この期間内に破産管財人から確答がなければ、賃貸借契約は解除したものとみなされます(破産法53条2項)。
もっとも、相手方である賃借人が、その賃借権について登記・登録その他の第三者に対抗することができる要件を備えている場合には、破産管財人は契約解除を選択することができません(破産法56条1項)。
この場合には、破産管財人は履行請求するほかないので、賃貸借契約は存続することになり、相手方の有する請求権は財団債権となります(破産法56条2項)。
破産管財人が契約解除を選択した場合
破産管財人が賃貸借契約を解除すると賃貸借契約は終了し、相手方から目的物の引渡し・明渡しを受け、これを換価処分して破産財団に組み入れることになります。
破産法56条1項に該当するため破産法53条1項による契約解除ができない場合であっても、賃借人に債務不履行や無断転貸があれば、民法541条や612条2項に基づいて契約を解除することが可能です。
また、賃貸借契約を解除した方が破産財団にプラスが大きいと判断されるときには、立退き料を支払うなどしてでも、相手方賃借人との間で賃貸借契約を合意解除する場合もあります。
なお、破産管財人が賃貸借契約を解除して目的物の引渡し・明渡しを受けた場合、相手方賃借人に敷金返還請求権が発生することがあります。この敷金返還請求権は破産債権となります。
破産管財人が履行請求を選択した場合または契約解除できない場合
破産管財人が履行請求を選択した場合、または、賃借権について対抗要件が具備されているために契約解除できない場合、賃貸借契約は存続することになります。
したがって、相手方は目的物を使用収益させるよう破産管財人に請求することができます。この使用収益の請求権は財団債権です。
他方、破産管財人は、相手方に対して賃料を破産財団に支払うよう請求することができます。
なお、旧法下では賃料前払いを破産管財人に対抗できないとされていましたが、現行破産法ではその規定はなくなっています。
したがって、現行法下においては、相手方が破産者に賃料を前払いしていた場合、相手方はそのことをもって、破産管財人からの賃料請求を拒むことが可能です。
ただし、賃貸借契約が存続するといっても、それはあくまで破産手続終了までの間だけです。賃貸借契約の目的物も破産者の財産ですから、破産財団に属するものとして換価処分が必要です。
したがって、破産管財人が賃貸借契約を存続させているとしても、破産手続が終了するまでには、賃貸借契約を解消した上で、または、賃貸借契約付きの収益物件として、換価処分する必要があります。
参考書籍
破産法を深く知りたい方やもっと詳しく勉強したい方のために、破産法の参考書籍を紹介します。
破産法・民事再生法(第5版)
著者:伊藤 眞 出版:有斐閣
倒産法研究の第一人者による定番の体系書。民事再生法と一体になっているので分量は多めですが、読みやすいです。難易度は高めですが、第一人者の著書であるため、信頼性は保証されています。
条解破産法(第3版)
著者:伊藤眞ほか 出版:弘文堂
条文ごとに詳細な解説を掲載する逐条の注釈書。破産法の辞書と言ってよいでしょう。破産法の条文解釈に関して知りたいことは、ほとんどカバーできます。持っていて損はありません。金額面を除けば、誰にでもおすすめです。
破産実務Q&A220問
編集:全国倒産処理弁護士ネットワーク 出版:きんざい
破産実務を取り扱う弁護士などだけでなく、裁判所でも使われている実務書。本書があれば、破産実務のだいたいの問題を知ることができるのではないでしょうか。
司法試験・予備試験など資格試験向けの参考書籍としては、以下のものがあります。
倒産処理法入門(第6版)
著者:山本和彦 出版:有斐閣
倒産法の入門書。「入門」ではありますが、ボリュームはそれなりにあります。倒産法全体を把握するために利用する本です。
倒産法講義
著者:野村剛司ほか 出版:日本加除出版
こちらも法学大学院生や司法試験・予備試験受験生向けに書かれた教科書。著者が実務家であるため、実務的な観点が多く含まれていて、手続をイメージしやすいメリットがあります。
倒産法(第3版)伊藤真試験対策講座15
著者:伊藤塾 出版:弘文堂
いわゆる予備校本。予備校本だけあって、実際の出題傾向に沿って内容が絞られており、分かりやすくまとまっています。学習のスタートは、予備校本から始めてもよいのではないでしょうか。