この記事は、法トリ(元弁護士)が書いています。

破産管財人は、双務契約について破産者およびその相手方が破産手続開始の時において共にまだその履行を完了していないときは、契約の解除をし、または破産者の債務を履行して相手方の債務の履行を請求することができます(破産法53条1項)。
この双方未履行双務契約について契約を解除するか履行請求するかを選択できる破産管財人の権能を「破産管財人の選択権」といいます。
破産法53条1項に基づく破産管財人の選択権
破産法 第53条
- 第1項 双務契約について破産者及びその相手方が破産手続開始の時において共にまだその履行を完了していないときは、破産管財人は、契約の解除をし、又は破産者の債務を履行して相手方の債務の履行を請求することができる。
- 第2項 前項の場合には、相手方は、破産管財人に対し、相当の期間を定め、その期間内に契約の解除をするか、又は債務の履行を請求するかを確答すべき旨を催告することができる。この場合において、破産管財人がその期間内に確答をしないときは、契約の解除をしたものとみなす。
- 第3項 前項の規定は、相手方又は破産管財人が民法第631条前段の規定により解約の申入れをすることができる場合又は同法第642条第1項前段の規定により契約の解除をすることができる場合について準用する。
破産法53条1項は、「破産者及びその相手方が破産手続開始の時において共にまだその履行を完了していない双務契約(双方未履行双務契約)」の処理について、破産管財人に選択権を与えています。
すなわち、破産管財人は、双方未履行双務契約を解除するのか、または、破産者の債務を履行して相手方に対して債務の履行を請求するのかのどちらかを選択することができます。
この破産管財人の権能を「破産管財人の選択権」と呼んでいます。
破産管財人は、この選択権を行使して、双方未履行双務契約を清算していきます。
破産管財人による選択の判断基準
破産法53条1項に基づいて双方未履行双務契約を解除するか履行請求するかについては、法律で決められた選択の基準はありません。破産管財人の裁量に委ねられています。
とはいえ、もちろん全くの自由裁量というわけではありません。
破産管財人の職務の目的は破産財団を最大化して破産債権者などの利益を図るところにありますから、どちらを選択した方が破産財団の増殖に資するのかどうかが第一の判断基準になってきます。
相手方に履行請求することによって財産を得られるとしても、破産者側の債務を破産財団から支出して履行しなければなりませんから、差し引けばかえって破産財団が減少してしまうこともあり得ます。
そもそも、相手方に履行請求したとしても、回収できる見込みがないということもあるでしょう。
破産管財人としては、破産者の債務を履行することによる損失や相手方からの回収見込なども考慮して、契約解除か履行請求のいずれを選択すべきかを判断することになります。
また、破産手続においては、迅速な処理も重要な要素です。
したがって、単に破産財団が増殖するかどうかだけではなく、履行請求をした場合に相手方から回収し換価処分できるまでの期間の見込みなども判断の要素になってきます。
破産管財人による選択権の行使
破産管財人は、双方未履行双務契約について契約解除と履行請求のいずれを行うかを決定した場合、選択権を行使することになります。
選択権を行使するというのは、要するに、双方未履行双務契約を解除するか、または、相手方に対して契約上の債務の履行を請求するということです。
この場合、事前に裁判所の許可を得る必要はありません。また、相手方に対する事前の催告も不要とされています。
他方、相手方に対して履行請求をする場合には、事前に、裁判所の許可を得る必要があります(破産法78条2項9号)。ただし、履行請求する金額が100万円以下の場合は、許可不要です(破産法78条3項1号、破産規則25条)。
解除権の制限
破産管財人による解除権行使は、常に認められるわけではなく、「契約を解除することによって相手方に著しく不公平な状況が生じるような場合」には、解除権行使が制限されると解されています(最三小判平成12年2月29日)。
これにより解除権行使が制限される場合には、破産管財人は、履行請求を選択するほかないということになります(ただし、相手方に債務不履行等があれば解除することは可能です。)。
破産管財人による選択権行使の時期
破産管財人が選択権を行使するのは、当然、破産手続の開始から終了までの間ですが、その手続期間中のどの時期に行使するのかについては、特に制限は設けられていません。
したがって、後述する相手方からの催告がない限り、いつ選択権を行使してもよいということになります。いつ行使するのかも、破産管財人の裁量に委ねられているということです。
ただし、破産手続の迅速な処理という要請もあるため、破産手続開始後の早い段階で選択権行使がされるのが通常でしょう。
相手方の催告権
上記のとおり、破産管財人がいつ選択権を行使するのかには、特段の制限がありません。破産管財人の裁量に委ねられています。
双方未履行双務契約の相手方は、民法の特則が設けられている場合や破産手続開始前からすでに破産者が債務不履行になっていた場合などを除いて、自ら契約を解除することができないと解されています。
そうすると、相手方は破産管財人が選択権を行使するまで待っていなければなりません。
しかし、破産管財人がいつまでも選択権を行使しないでいると、その間、双方未履行双務契約の相手方は、契約が解除されるのか維持されるのか分からず不安定な状況に置かれ続けてしまいます。
そこで、相手方は、破産管財人に対し、相当の期間を定め、その期間内に契約の解除をするか、または債務の履行を請求するかを確答すべき旨を催告することができるとされています(破産法53条2項前段)。
この催告期間内に破産管財人が確答しなかった場合には、契約の解除をしたものとみなされます(破産法53条2項後段)。
参考書籍
破産法を深く知りたい方やもっと詳しく勉強したい方のために、破産法の参考書籍を紹介します。
破産法・民事再生法(第5版)
著者:伊藤 眞 出版:有斐閣
倒産法研究の第一人者による定番の体系書。民事再生法と一体になっているので分量は多めですが、読みやすいです。難易度は高めですが、第一人者の著書であるため、信頼性は保証されています。
条解破産法(第3版)
著者:伊藤 眞ほか 出版:弘文堂
条文ごとに詳細な解説を掲載する逐条の注釈書。破産法の辞書と言ってよいでしょう。破産法の条文解釈に関して知りたいことは、ほとんどカバーできます。持っていて損はありません。金額面を除けば、誰にでもおすすめです。
破産実務Q&A220問
編集:全国倒産処理弁護士ネットワーク 出版:きんざい
破産実務を取り扱う弁護士などだけでなく、裁判所でも使われている実務書。本書があれば、破産実務のだいたいの問題を知ることができるのではないでしょうか。
司法試験・予備試験など資格試験向けの参考書籍としては、以下のものがあります。
倒産処理法入門(第6版)
著者:山本和彦 出版:有斐閣
倒産法の入門書。「入門」ではありますが、ボリュームはそれなりにあります。倒産法全体を把握するために利用する本です。
倒産法講義
著者:野村剛司ほか 出版:日本加除出版
こちらも法学大学院生や司法試験・予備試験受験生向けに書かれた教科書。著者が実務家であるため、実務的な観点が多く含まれていて、手続をイメージしやすいメリットがあります。
倒産法(第3版)伊藤真試験対策講座15
著者:伊藤塾 出版:弘文堂
いわゆる予備校本。予備校本だけあって、実際の出題傾向に沿って内容が絞られており、分かりやすくまとまっています。学習のスタートは、予備校本から始めてもよいのではないでしょうか。