
免責されない非免責債権の1つに、民法の親族法において定められている各種義務に係る請求権があります。具体的には、以下のものがあります。これらの請求権は自己破産しても免責されません。
- 「夫婦間の協力及び扶助の義務」に係る請求権
- 「婚姻から生ずる費用の分担の義務」に係る請求権
- 「子の監護に関する義務」に係る請求権
- 「扶養の義務」に係る請求権
- これらの義務に類する義務であって契約に基づくもの
親族法上の各種義務に係る請求権とは
破産法 第253条
- 第1項 免責許可の決定が確定したときは、破産者は、破産手続による配当を除き、破産債権について、その責任を免れる。ただし、次に掲げる請求権については、この限りでない。
- 第4号 次に掲げる義務に係る請求権
イ 民法第752条の規定による夫婦間の協力及び扶助の義務
ロ 民法第760条の規定による婚姻から生ずる費用の分担の義務
ハ 民法第766条(同法第749条、第771条及び第788条において準用する場合を含む。)の規定による子の監護に関する義務
ニ 民法第877条から第880条までの規定による扶養の義務
ホ イからニまでに掲げる義務に類する義務であって、契約に基づくもの
個人(自然人)が自己破産をする最大の目的は,免責の許可を受けることです。免責とは,借金など債務の支払い義務を免除してもらうことをいいます。
もっとも,免責の許可を受けたかどうかにかかわらず,そもそも免責されない債権があります。そのような債権のことを非免責債権といいます。
この非免責債権の1つに,親族法上の各種義務に係る請求権があります(破産法253条1項ただし書き4号)。具体的には、以下の請求権です。
- 「夫婦間の協力及び扶助の義務」に係る請求権
- 「婚姻から生ずる費用の分担の義務」に係る請求権
- 「子の監護に関する義務」に係る請求権
- 「扶養の義務」に係る請求権
- これらの義務に類する義務であって契約に基づくもの
なお,「親族法」とは,民法第4編「親族」において定められている婚姻や離婚など親族に関わる規定のことを指します。親族法という名称の法律が存在するわけではありません。
夫婦間の協力及び扶助の義務に係る請求権
民法 第752条
- 夫婦は同居し、互いに協力し扶助しなければならない。
民法752条は,夫婦の同居義務,夫婦間の協力・扶助義務を規定しています。このうち非免責債権が問題となるのは,夫婦間の協力・扶助義務です。
同居義務に基づいて発生する債権は非免責債権とはなりません。というのも,法律をもってしても,夫婦の一方に対して同居を強制することができないため,金銭的に評価できるような債権が発生しないからです。
夫婦間の協力義務は,夫婦は助け合わなければならないということを法的に義務化したものです。
協力義務に基づいて発生する債権の具体的な内容は非常に様々ですが,たとえば,生活費の請求権,医療費の請求権などです。もっとも,これは夫婦それぞれの経済的事情によって異なるでしょう。
扶助義務とは,夫婦の一方が扶助を必要とするような状態になった場合,他方が自分と同等の生活をすることができるように援助してあげなければならないという義務です。
したがって,この義務に基づいて発生する債権とは,例えば,怪我で働けなくなった夫婦の一方が他方に対して他方と同程度の生活ができる程度の生活費を請求する場合などがこれにあたります。
婚姻から生ずる費用の分担の義務に係る請求権
民法 第760条
- 夫婦は、その資産、収入その他一切の事情を考慮して、婚姻から生ずる費用を分担する。
民法760条が定める義務は,いわゆる「婚姻費用」の分担義務と呼ばれるものです。
婚姻費用とは,婚姻によって発生する費用のことを言います。つまり,結婚してから離婚するまでの間に,夫婦生活を維持していくために必要となる費用のことをいいます。
婚姻費用の分担とは,この婚姻費用を夫婦で互いに負担することをいいます。もちろん,絶対に2分の1となるわけではありません。
夫婦双方の資産や収入や婚姻費用の分担が必要となった事情などに応じて,どちらかが多く負担したりすることは当然ありえます。そして,この婚姻費用分担は法律上の義務とされているのです。
たとえば,夫の浮気によって夫婦生活が破綻したとしましょう。夫は愛人のもとへ出て行ってしまい,生活費を家に入れてくれません。そこで,妻から夫に対して婚姻費用の分担を請求しました。
そして,裁判所の審判によって婚姻費用は毎月10万円と決まりました。この場合,仮に夫は破産し免責を得たとしても,婚姻費用10万円の支払いは継続していかなければならないということになります。
子の監護に関する義務に係る請求権
民法 第766条
- 第1項 父母が協議上の離婚をするときは、子の監護をすべき者、父又は母と子との面会及びその他の交流、子の監護に要する費用の分担その他の子の監護について必要な事項は、その協議で定める。この場合においては、子の利益を最も優先して考慮しなければならない。
- 第2項 前項の協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、家庭裁判所が,同項の事項を定める。
- 第3項 家庭裁判所は、必要があると認めるときは,前二項の規定による定めを変更し、その他子の監護について相当な処分を命ずることができる。
- 第4項 前三項の規定によっては、監護の範囲外では、父母の権利義務に変更を生じない。
民法766条1項を見てもらえば分かると思いますが,この条文は,「子の監護」について規定しています。そして,この「子の監護」について父母は義務を負います。つまりは,子どもの面倒をみる義務です。
破産手続においては,もっぱら経済的な側面が問題となりますから,破産手続において問題となる「子の監護に関する義務」とは,具体的に言うと,子どもの生活費,医療費,教育費などを支払う義務ということになります。
いわゆる「養育費」と考えていいでしょう。もちろん,これも夫婦間の資産や収入等によって金額は変動します。
そして,これらの監護に関する義務に係る債権は,免責されません。つまり,免責許可となっても,子の監護に関する費用に係る債権は支払わなければならないのです。
なお,民法766条2項と3項は破産免責において直接には関係しませんが,同2項は,例えば,経済力がなく子どもを十分に育てていけない場合や子どもに暴力をふるう場合など,監護権者として不適格な者が監護権者となっている場合に,家庭裁判所が監護権者を変更したり,あるいは,監護権者に何らかの条件をつけたりすることができるという規定です。
第3項は,監護について取り決めをしたもの以外については,父母は親として義務を負うということです。
つまり,監護義務が無いからといって,親としての義務を放棄することは許されないということを規定した条文です。
扶養の義務に係る請求権
民法 第877条
- 第1項 直系血族及び兄弟姉妹は、互いに扶養をする義務がある。
- 第2項 家庭裁判所は、特別の事情があるときは、前項に規定する場合のほか、3親等内の親族間においても扶養の義務を負わせることができる。
- 第3項 前項の規定による審判があった後事情に変更を生じたときは、家庭裁判所は、その審判を取り消すことができる。
民法 第878条
- 扶養をする義務のある者が数人ある場合において、扶養をすべき者の順序について、当事者間に協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、家庭裁判所が、これを定める。扶養を受ける権利のある者が数人ある場合において、扶養義務者の資力かその全員を扶養するのに足りないときの扶養を受けるべき者の順序についても、同様とする。
民法 第879条
- 扶養の程度又は方法について、当事者間に協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、扶養権利者の需要、扶養義務者の資力その他一切の事情を考慮して、家庭裁判所が、これを定める。
民法 第880条
- 扶養をすべき者若しくは扶養を受けるべき者の順序又は扶養の程度若しくは方法について協議又は審判があった後事情に変更を生じたときは、家庭裁判所は、その協議又は審判の変更又は取消しをすることができる。
上記の民法877条から880条までには,「扶養義務」が規定されています。
扶養義務とは,要するに,生活に困っている人を経済的に支援してあげなければならない義務のことです。
第877条第1項と第2項に規定されているように,民法上扶養義務を負うのは,扶養されるべき人の「直系血族」,「兄弟姉妹」及び「3親等内の親族」です。
直系血族、兄弟姉妹、3親等内の親族
直系血族とは,血縁関係のある人のうちで直系の人,つまり,先祖で言うと,父母,祖父母,曾祖母・・・たちであり,子孫で言うと,子,孫,曾孫・・・たちです。
兄弟姉妹はそのままです。兄,姉,弟,妹です。ちなみに,「けいていしまい」と読みます。
3親等内の親族はちょっと分かりにくいかもしれません。「親等」とは,簡単に言うと,ある人とその親族の人との「距離」とでもいえると思います。
1親等が一番近い親族であり,数字が大きくなるにつれて親族関係は遠くなっていきます。
1親等は,父母と子です。2親等は,祖父母と孫,そして兄弟姉妹です。3親等とは,曾祖母,曾孫,兄弟姉妹の子=甥・姪,そして父母の兄弟=叔父・叔母です。
この親等の数え方はちょっと分かりにくいかもしれません。
まず,1親等は分かると思います。自分に置き換えて見て下さい。自分と1つしか離れていない人,これは,自分の親と自分の子であるというイメージはつかみやすいでしょう。
次に,2親等です。祖父母は,自分の父母の父母ですし,孫は自分の子の子ですから、2段階あるというイメージはつかみやすいと思います。
分かりにくいのは兄弟姉妹です。同じ血を引く人ですから,なんとなく1親等のような気もします。しかし,法律上は,数え方が違うのです。
つまり,兄弟姉妹は,自分の父母(1親等)の子(2親等)というように,2段階に数えるのです。そのため,2親等とされています。
イメージで言うと,新等というものは,「横=左右」に数えるのではなく,「縦=上下」に数えるのです。
最後に,3親等です。曾祖母は,自分の父母の父母の父母であり,曾孫は,自分の子の子の子ですから3親等です。
甥・姪などは,自分の父母(1親等)の子=兄弟姉妹(2親等)の子ですから,3親等となります。叔父・叔母ですが,これは,自分の父母(1親等)の父母=祖父母(2親等)の子ですから,3親等となるのです。
そして,これら1親等から3親等までの親族が,「3親等内の親族」ということになります。
扶養義務を負う親族
3親等内の親族は,常に扶養義務を負うわけではありません。
扶養義務を負うのは,原則として「直系血族」と「兄弟姉妹」ですが,これらの人に経済力がない場合など特別な場合のみ,家庭裁判所が3親等内の親族を扶養義務者にすることができるとされています。
扶養義務としては,基本的には生活費,医療費などの支払いです。これらもまた,非免責債権となるのです。もちろん,これも,扶養義務者の資産や収入,扶養を受ける人の状況などによって金額は異なります。
親族法上の義務に類する義務で契約に基づくもの
前記破産法253条1項4号イからニまでに規定されている義務に「類する義務」で「契約に基づくもの」も非免責債権となります。
たとえば,慰謝料の形で支払われる婚姻費用や扶養費用を和解契約などによって決める場合です。
これらの場合,名目上は和解金であって,婚姻費用や扶養費用ではないという場合がありますが,実質的にそれと同じとかそれに近いものですから,これらの義務に係る請求権を契約で定めた場合には,その請求権もやはり非免責債権とされるのです。