この記事は、法トリ(元弁護士)が書いています。

貸金業者が取引履歴の一部を開示しなかった場合に、取引履歴の冒頭残高をゼロ円として引き直し計算することを「冒頭ゼロ計算(残高無視計算)」と呼んでいます。
取引履歴の開示と引き直し計算
貸金業者は、かつて、利息制限法所定の制限利率を超える利率で利息を受け取っていたことがあります。
そのため、債務整理をするにあたっては,貸金業者に対して取引履歴の開示を請求し,開示された取引履歴に基づいて引き直し計算を行って、すべての取引を利息制限法所定の制限利率に直した正確な債務金額を確定させる必要があります。
引き直し計算をするためには,最低でも,何年何月何日にいくら借入れ,いくら返したのかなどの情報が必要です。
取引履歴が開示されれば,それには,借入れや返済の日付・金額が記載されていますから,それに基づいて引き直し計算をすればよいだけになります。
冒頭ゼロ計算(残高無視計算)とは
貸金業者によっては、取引履歴を完全には開示せず、一部の取引履歴しか開示しない場合があります。
取引履歴が一部しか開示されなかった場合、残っている契約書や領収書,銀行預金口座の通帳・入出金履歴,過去の記憶などから取引の経過を推定して推定の取引履歴を作り、それをもとに引き直し計算する方法をとることがあります。これを「推定計算」と言います。
もっとも、完全な推定計算の場合、証拠となる資料が多くなければなりませんし、過去の記憶も詳細なものが求められます。
しかし、実際には、それほど多くの証拠資料が残っている場合ばかりではありません。記憶についても,個々の取引の詳細な記憶など残っていないのが普通だと思います。
そこで,冒頭ゼロ計算(残高無視計算)という方法が用いられる場合があります。
取引履歴が一部しか開示されなかった場合,だいたいは,その一部開示の取引履歴は,貸付けからではなく、約定の残高から始まっています。
例えば,一部開示された取引履歴が平成10年4月1日から始まっているものとした場合,すでにその4月1日の時点までに100万円の残高が残っている形で記載されています。
一部開示ですから,平成10年3月31日以前の取引がどのようにされてきた結果,残高が100万円になっているのかは分かりませんが,ともかく,4月1日時点では借入残高が100万円ありました,というような取引履歴になっているのです。
冒頭ゼロ計算とは,この一部開示の取引履歴の冒頭部分の借入残高を0円としてしまう計算方法です。上記の例でいえば,冒頭の100万円という借入残高を0円に直して引き直し計算をすることになります。
ゼロ計算(残高無視計算)の意義
前記のとおり,冒頭ゼロ計算とは,取引履歴が一部しか開示されない場合に,その一部開示の取引履歴の冒頭部分に記載のある借入残高を0円として(つまり,取引履歴記載の冒頭残高の記載を無視して),その他の記載だけをもとに引き直し計算を行う手法です。
冒頭残高の金額を無視してゼロ円にしてしまうことから、冒頭残高無視計算と呼ばれることもあります。
冒頭ゼロ計算は,一部とはいえ取引履歴が開示されていることを前提としていますから,取引履歴がまったく開示されていない場合には使えません。
しかし,冒頭ゼロ計算は,当初残高を0円とするだけの方法ですから,通常の完全な推定計算よりもはるかに簡単です。
完全な推定ができるほどの資料がない場合や記憶が残っていない場合でも冒頭ゼロ計算は可能ですので,有効な方法だと思います。
実際の裁判における冒頭ゼロ計算の扱い
上記のとおり、冒頭ゼロ計算は消費者にとって有効な手段です。
ただし,実際の裁判(特に過払い金返還請求訴訟)では,冒頭ゼロ計算も推定計算の一種であるとして扱われます。
そのため、ある程度の主張立証が求められることは事実です(なお,0計算を推定計算の一種であるとみるかどうかについては議論があるところですが,実際の裁判では推定の一種と捉えられてしまう場合が大半です。)。
つまり、冒頭残高をゼロ円とするのは「開示された取引よりも以前の取引において過払金が発生していたために、開示されている取引の冒頭時点ではゼロ円になっているであろうという推定に基づくものである」と裁判所は考えているのです。
したがって、裁判では、ゼロ推定の合理性を主張立証するために、ある程度の証拠が必要となってきます。ただし,完全な推定計算ほどの証拠は必要とされません。
貸金業者から一部しか取引履歴が開示されなかったが,実際にはもっと古くから取引をしていたという場合には,仮に完全推定ができるほどの証拠や記憶がなかったとしても諦めずに,この冒頭ゼロ計算(残高無視計算)も検討してみるべきでしょう。


