
破産手続開始申立てから破産手続開始決定までの間における債権者等の債権回収行為等による債務者の財産の散逸を防止するため、裁判所は、他の手続の中止命令によっては破産手続の目的を十分に達成することができないおそれがあると認めるべき特別の事情があるときには、債務者の主要な財産に関する必要な保全処分または保全管理命令がなされている場合に限り、利害関係人の申立てまたは職権で、破産手続開始の申立てから破産手続開始決定があるまでの間、全ての債権者に対し、債務者の財産に対する強制執行等や国税滞納処分の禁止を命じることができるとされています(破産法25条1項本文)。これを「包括的禁止命令」といいます。
破産手続開始前の包括的禁止命令とは
破産手続が開始されると、債権者は個別の権利行使を制限されます。
そのため、破産手続開始の申立てから破産手続開始決定までの間に、債権者が自己の債権を優先的に回収しようとして、強制執行等の手続をとることがあります。
しかし、これを許してしまうと、破産財団が減少し、破産手続開始後における各債権者に対する弁済・配当の原資が減少してしまうことになり、債権者の平等を害します。
そこで、破産法では、破産手続開始前における破産手続以外の他の手続の中止命令・取消命令の制度を用意しています(破産法24条)。
もっとも、他の手続の中止命令等は、個々の手続に対して発せられる保全処分です。
多数の債権者が債務者の財産に対して強制執行等をしようとしているような場合、個々の手続ごとに他の手続の中止命令等を行っていたのでは、手続が煩雑になってしまいます。
そこで、裁判所は、中止の命令によっては破産手続の目的を十分に達成することができないおそれがあると認めるべき特別の事情があるときには、債務者の主要な財産に関する必要な保全処分または保全管理命令がなされている場合に限り、利害関係人の申立てまたは職権で、破産手続開始の申立てから破産手続開始決定があるまでの間、全ての債権者に対し、債務者の財産に対する強制執行等や国税滞納処分の禁止を命じることができるとされています(破産法25条1項本文)。
これを「包括的禁止命令」といいます。
包括的禁止命令の効果
破産法 第25条
- 第1項 裁判所は、破産手続開始の申立てがあった場合において、前条第1項第1号又は第6号の規定による中止の命令によっては破産手続の目的を十分に達成することができないおそれがあると認めるべき特別の事情があるときは、利害関係人の申立てにより又は職権で、破産手続開始の申立てにつき決定があるまでの間、全ての債権者に対し、債務者の財産に対する強制執行等及び国税滞納処分(国税滞納処分の例による処分を含み、交付要求を除く。以下同じ。)の禁止を命ずることができる。ただし、事前に又は同時に、債務者の主要な財産に関し第28条第1項の規定による保全処分をした場合又は第91条第2項に規定する保全管理命令をした場合に限る。
- 第2項 前項の規定による禁止の命令(以下「包括的禁止命令」という。)を発する場合において、裁判所は、相当と認めるときは、一定の範囲に属する強制執行等又は国税滞納処分を包括的禁止命令の対象から除外することができる。
- 第3項 包括的禁止命令が発せられた場合には、債務者の財産に対して既にされている強制執行等の手続及び外国租税滞納処分(当該包括的禁止命令により禁止されることとなるものに限る。)は、破産手続開始の申立てにつき決定があるまでの間、中止する。
- 第4項 裁判所は、包括的禁止命令を変更し、又は取り消すことができる。
- 第5項 裁判所は、第91条第2項に規定する保全管理命令が発せられた場合において、債務者の財産の管理及び処分をするために特に必要があると認めるときは、保全管理人の申立てにより、担保を立てさせて、第3項の規定により中止した強制執行等の手続又は外国租税滞納処分の取消しを命ずることができる。
- <第6項~第8項省略>
破産手続開始の申立て後・破産手続開始前に、裁判所により包括的禁止命令が発せられると、すべての債権者に対し、債務者の財産に対する以下の手続をすることが禁止されます(破産法25条1項本文)。
- 強制執行
- 仮差押え
- 仮処分
- 一般の先取特権による競売
- 民事留置権による競売
- 国税滞納処分(国税滞納処分の例による処分を含み、交付要求を除く。)
また、包括的禁止命令が発令されると、すでにされている債務者に対する強制執行・仮差押え・仮処分・一般の先取特権による競売・民事留置権による競売・外国租税滞納処分は、当然に中止されます(破産法25条3項)。
ただし、包括的禁止命令が発令されても、すでにされている国税滞納処分は、中止されません。
さらに、保全管理命令が発せられている場合で債務者の財産の管理および処分をするために特に必要があると認めるときは、保全管理人の申立てにより、担保を立てさせて、中止した強制執行等の手続・外国租税滞納処分の取消しを命ずることもできるとされています(破産法25条5項)。
もっとも、包括的禁止命令は、債権者の権利行使に対する制約が大きい制度です。
そのため、裁判所は、相当と認めるときは、一定の範囲に属する強制執行等や国税滞納処分を包括的禁止命令の対象から除外することができるものとされています(破産法25条2項)。
包括的禁止命令発令の要件
破産手続開始前の包括的禁止命令は、利害関係人の申立てまたは裁判所の職権で発令されます(破産法25条1項本文)。
もっとも、包括的禁止命令を発令して債権者の権利行使を制限しておきながら、債務者の財産処分を無制限に認めると、債権者の利益を害するおそれがあります。
そこで、包括的禁止命令は、事前または同時に、債務者の主要な財産に関する処分(破産法28条1項)または保全管理命令(破産法91条2項)が発令されている場合に限られます(破産法25条1項ただし書き)。
また、包括的禁止命令を発令するためには、「他の手続の中止命令(破産法24条1項)によっては破産手続の目的を十分に達成することができないおそれがあると認めるべき特別の事情があるとき」であることが必要とされています。