
破産手続開始の申立てから破産手続開始決定までの間に、債務者の財産が散逸しまたは債権者による個別の債権回収が図られるのを防止するため、破産法は、破産手続開始前の保全処分を用意しています。
破産手続開始前の保全処分とは、破産手続開始前に、破産手続開始の効果の一部を発生させる処分です。破産手続開始前の保全処分には、債務者財産の散逸防止のための保全処分、債権者に対する保全処分、否認権のための保全処分があります。
破産手続開始前の保全処分とは
破産手続は裁判所の破産手続開始決定によって開始されます(破産法30条1項)が、破産手続を開始してもらうためには、まず、裁判所に対して破産手続開始の申立てをする必要があります。
もっとも、破産手続開始の申立てをすれば、すぐに破産手続開始決定を発令してもらえるとは限りません。破産手続開始の申立てが破産手続開始の要件を満たしているかどうかを審査しなければならないからです。
そのため、破産手続開始の申立てから破産手続開始決定が発令されるまでの間には、ある程度のタイムラグがあります。
この破産手続開始の申立てから開始決定までのタイムラグの間に、債務者が財産を処分してしまったり、または、特定の債権者が債権回収を図ろうとして何らかの行動を開始してしまうなどの事態が生じるおそれがあります。
しかし、債務者が財産を処分してしまったり、特定の債権者だけ債権回収を実現してしまうと、他の債権者に対して弁済または配当する破産財団が減少してしまう上、他の債権者との間の平等が害されてしまいます。
債権者に配当すべき破産財団を確保して総債権者の平等を確保するためには、破産手続開始の申立てから開始決定までのタイムラグの間における債務者の財産処分や特定の債権者等による債権回収を防止する必要があります。
そこで、破産法では、破産手続開始の申立て後破産手続開始決定までの間において不当な財産処分や債権回収行為を防止するため、「破産手続開始前の保全処分」の制度が設けられています。
破産手続開始前の保全処分とは、破産手続開始前に、破産手続開始の効果の一部を発生させる処分のことをいいます。保全処分により、債務者による財産の処分や特定債権者による権利行使等が制限されます。
債務者財産の散逸防止のための保全処分
破産手続においては、債務者の財産を換価処分して、各債権者に弁済または配当するための原資を収集することが最大の目的です。
しかし、経済的な困窮状態にある債務者に全面的に財産の管理を任せていると、債権者からの厳しい追求などを受けて、その財産を処分してしまうおそれがあります。
そこで、破産法においては、破産手続開始の申立てから破産手続開始決定までの間に、債務者自身が財産を処分することができないようにするための保全処分が用意されています。
債務者の財産に関する保全処分
債務者による財産処分を制限するための保全処分として、「債務者の財産に関する必要な保全処分」があります(破産法28条1項)。
債務者の財産に関する保全処分とは、利害関係人の申立てによりまたは職権で、裁判所が、債務者の財産に関して、処分禁止の仮処分その他の必要な処分をするよう命じることをいいます。
債務者の財産に関する保全処分においては、破産手続開始後に破産財団に属することになる特定の財産の処分や占有移転を禁止する措置などをとることになります。
例えば、債務者の倉庫にある在庫品の処分禁止の保全処分をとることによって、その在庫品を債務者が処分してしまうことを防止するなどの措置をとることがあります。
保全管理命令
債務者による財産処分を制限するための保全処分として、「保全管理命令」があります(破産法91条)。
保全管理命令とは、利害関係人の申立てまたは職権で、裁判所が、法人である債務者の財産に関して、保全管理人による管理をするように命じることをいいます。
前記債務者の財産に関する保全処分と異なり、保全管理命令の発令によって、債務者はすべての財産について管理処分権を剥奪され、財産の管理処分権は裁判所により選任された保全管理人に専属し、その保全管理人が、債務者の財産を管理・保全することになります。
第三者に対する保全処分
破産手続においては、すべての債権者に対して平等・公平に債務者財産を分配しなければなりません。したがって、第三者の行為、特に特定の債権者の行為によって債務者の財産が散逸することを防ぐ必要があります。
そこで、破産法においては、破産手続開始の申立てから破産手続開始決定までの間に、特定の債権者が抜け駆け的に債権回収を図ることができないように、特定の債権者による権利行使を制限するための保全処分が用意されています。
他の手続の中止命令等
特定の債権者による権利行使を制限するための保全処分として、「他の手続の中止命令等の保全処分」が用意されています(破産法24条)。
具体的にいうと、利害関係人の申立てまたは職権で、裁判所は、以下の手続等の中止を命じることができるとされています。
- 債務者の財産に対してすでにされている強制執行、仮差押え、仮処分または一般の先取特権の実行若しくは留置権による競売の手続で、債務者につき破産手続開始の決定がされたとすれば破産債権若しくは財団債権となるべきものに基づくものまたは破産債権等を被担保債権とするもの
- 債務者の財産に対して既にされている企業担保権の実行手続で、破産債権等に基づくもの
- 債務者の財産関係の訴訟手続
- 債務者の財産関係の事件で行政庁に係属しているものの手続
- 船舶の所有者等の責任の制限に関する法律および船舶油濁損害賠償保障法に基づく債務者の責任制限手続
- 債務者の財産に対してすでにされている共助対象外国租税の請求権に基づき国税滞納処分の例によってする処分で、破産債権等に基づくもの
なお、国税滞納処分は中止命令の対象となっていないことについては、注意が必要です。
包括的禁止命令
特定の債権者による権利行使を制限するための保全処分として、「包括的禁止命令」が用意されています(破産法25条以下)。
包括的禁止命令とは、利害関係人の申立てまたは職権で、裁判所が、すべての債権者に対して、債務者の財産に対する強制執行等および国税滞納処分の禁止を命じる制度のことをいいます。
破産手続開始の申立てから開始決定までの間に、多数の債権者が強制執行などを行う可能性がある場合、強制執行がなされるたびに前記の中止命令を申し立てなければならないとすると、手続が煩雑になります。
そこで、中止命令だけでは破産法の目的を十分に達成することができないおそれがあると認めるべき特別の事情があるときは、包括的禁止命令を発令することができるものとされているのです。
否認権のための保全処分
破産管財人には、否認権とよばれる権能が与えられています。
否認権とは、破産者の行為によって破産財団に属すべき財産が破産手続開始前に第三者に流出してしまっていた場合に、その破産者の行為の効果を否定して、流出した財産を破産財団に取り戻す破産管財人の権能のことをいいます。
この破産管財人の否認権行使のために必要があると認める場合、裁判所は、利害関係人の申立てまたは職権で、破産手続開始の申立てから開始決定までの間に、仮差押え、仮処分その他の必要な保全処分を命じることができるとされています(破産法171条1項)。
役員の財産に対する保全処分
破産手続開始前の保全処分の1つに、「役員の財産に対する保全処分」というものもあります。役員の財産に対する保全処分は、破産手続開始後に行うことができる保全処分です。
法人・会社の破産手続においては、代表取締役などの役員に対して、破産管財人による損害賠償請求がされることがあります。
この損害賠償請求権の回収確保のために、裁判所は、破産管財人の申立てでまたは職権で、理事・取締役等の役員の責任に基づく損害賠償請求権について、当該役員の財産に対する保全処分を命じることができます(破産法177条1項)。
さらに、緊急の必要性がある場合には、破産手続開始の申立てから開始決定までの間であっても、役員の財産に対する保全処分を命じることができるとされています(破産法177条2項)。