この記事は、法トリ(元弁護士)が書いています。
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自賠責保険・共済の支払基準は裁判所を拘束しないと解されています。そのため、訴訟において、裁判所は、支払基準によらずに保険金・損害賠償金の金額を決めることができます。
自賠責保険・共済の支払額決定の仕組み
自動車損害賠償責任保険(自賠責保険)や自動車損害賠償責任共済(自賠責共済)は、自動車人身事故の被害者保護のために,自動車人身事故における損害賠償の最低限度を保障するための自動車保険制度です。
そのため、自動車(バイクや電動キックボードなども含む)を運行する者には加入が法的に強制されており、「強制保険」と呼ばれることもあります。
もっとも、自賠責保険・共済は、最低限度の損害賠償請求権の保障であるため、被害者が被った損害をすべて補償できるわけではありません。
自賠責保険・共済の保険金・損害賠償金の支払金額については、法令で上限額が定められています(自動車損害賠償保障法13条1項、23条の3、自動車損害賠償保障法施行令2条。以下「自賠法」といいます。)。
また、実際に支払われる金額は、上限額の範囲内で、自賠法16条の3に基づく「自動車損害賠償責任保険の保険金等及び自動車損害賠償責任共済の共済金等の支払基準」(平成13年12月21日金融庁国土交通省告示第1号。以下「支払基準」と言います。)に従って決められることになっています。
支払基準の自賠責保険会社・共済組合に対する拘束力
前記のとおり、自賠責保険・共済には、支払基準が設けられています。この支払基準は、自賠責保険会社や共済組合を拘束します。
自賠責保険会社や共済組合は、恣意的な判断をすることができず、支払基準に沿って保険金や損害賠償金の金額を決めることになります。
そのため、裁判外で自賠責保険会社や共済組合と任意の交渉をしている段階においては、自賠責保険会社や共済組合から支払基準に沿った金額以上の保険金や損害賠償金が支払われることはありません。
支払基準の裁判所に対する拘束力
前記のとおり、裁判外での任意交渉段階では、支払基準を超える示談や和解はできません。それでは,裁判・訴訟の場合はどうなるのでしょうか?
裁判・訴訟において、支払基準を超える金額を自賠責保険会社に請求することができるのかが問題となります。支払基準は、裁判所に対しても拘束力を有するのかの問題です。
この点については、被害者請求・加害者請求を問わず、支払基準はあくまで自賠責保険会社を拘束するにすぎず、裁判所を拘束するものではないと考えるのが判例・通説です。
そのため、実務では、訴訟で保険金や損害賠償金を請求した方が、支払基準によって決められた金額よりも高額になることが多いです。
以下では、加害者請求と被害者請求のそれぞれの場合において、支払基準は裁判所を拘束しないと判断した最高裁判例を説明します。
被害者請求(16条請求)の場合:最一小判平成18年3月30日
被害者請求とは、加害者から損害賠償の支払いを受けるのではなく、被害者が自賠責保険会社や共済組合に直接損害賠償金の支払いを請求することです。自賠法16条に基づく請求であるため、16条請求と呼ばれることもあります。
この被害者請求において、裁判所は支払基準に拘束されないと判断した最高裁判例として、最高裁判所第一小法廷平成18年3月30日判決があります。
法16条の3第1項は,保険会社が被保険者に対して支払うべき保険金又は法16条1項の規定により被害者に対して支払うべき損害賠償額(以下「保険金等」という。)を支払うときは,死亡,後遺障害及び傷害の別に国土交通大臣及び内閣総理大臣が定める支払基準に従ってこれを支払わなければならない旨を規定している。法16条の3第1項の規定内容からすると,同項が,保険会社に,支払基準に従って保険金等を支払うことを義務付けた規定であることは明らかであって,支払基準が保険会社以外の者も拘束する旨を規定したものと解することはできない。支払基準は,保険会社が訴訟外で保険金等を支払う場合に従うべき基準にすぎないものというべきである。そうすると,保険会社が訴訟外で保険金等を支払う場合の支払額と訴訟で支払を命じられる額が異なることがあるが,保険会社が訴訟外で保険金等を支払う場合には,公平かつ迅速な保険金等の支払の確保という見地から,保険会社に対して支払基準に従って支払うことを義務付けることに合理性があるのに対し,訴訟においては,当事者の主張立証に基づく個別的な事案ごとの結果の妥当性が尊重されるべきであるから,上記のように額に違いがあるとしても,そのことが不合理であるとはいえない。
したがって,法16条1項に基づいて被害者が保険会社に対して損害賠償額の支払を請求する訴訟において,裁判所は,法16条の3第1項が規定する支払基準によることなく損害賠償額を算定して支払を命じることができるというべきである。
引用元:裁判所サイト
上記のとおり、最一小判平成18年3月30日は、以下の理由から、被害者請求においては、支払基準は裁判所を拘束しないと判断しました。
- 自賠法16条の3第1項の規定内容からすると、同項は保険会社に支払基準に従って保険金等を支払うことを義務付けた規定であることは明らかであり、保険会社以外の者も拘束すると規定したものではない
→支払基準は、保険会社が訴訟外で保険金等を支払う場合に従うべき基準 - 保険会社が訴訟外で保険金等を支払う場合は、公平・迅速な保険金等の支払いの確保の見地から支払基準に従って支払うことを義務付けることに合理性があるのに対し、訴訟においては、当事者の主張立証に基づく個別的な事案ごとの結果の妥当性が尊重されるべき
→訴訟外と訴訟で支払額に違いがあるとしても、不合理ではない
加害者請求(15条請求)の場合:最一小判平成24年10月11日
加害者請求とは、被害者に損害賠償を支払った加害者(自動車の保有者や運転者)が、自賠責保険会社・共済組合に対して保険金の支払いを請求することです。自賠法15条に基づく請求であるため、15条請求と呼ばれることもあります。
この加害者請求の場合に裁判所が支払基準に拘束されないと判断した最高裁判例として、最高裁判所第一小法廷平成24年10月11日判決があります。
法16条1項に基づいて被害者が保険会社に対して損害賠償額の支払を請求する訴訟において,裁判所は,法16条の3第1項が規定する支払基準によることなく損害賠償額を算定して支払を命じることができるというべきである(最高裁平成17年(受)第1628号同18年3月30日第一小法廷判決・民集60巻3号1242頁)。そして,法15条所定の保険金の支払を請求する訴訟においても,上記の理は異なるものではないから,裁判所は,上記支払基準によることなく,自ら相当と認定判断した損害額及び過失割合に従って保険金の額を算定して支払を命じなければならないと解するのが相当である。
引用元:裁判所サイト
上記のとおり、最一小判平成24年10月11日は、加害者請求の場合も,被害者請求の場合と扱いを異にする理由がないため、支払基準は裁判所を拘束しないと判断しています。
自賠責保険の支払基準と任意保険基準・裁判基準
交通事故の損害賠償請求では、損害額などの算定において一定の基準が設けられています。この基準には、「支払基準(自賠責基準)」「任意保険基準」「裁判基準(弁護士基準)」があります。
支払基準(自賠責基準)
前記のとおり、訴訟外での自賠責保険会社・共済組合との交渉段階では、支払基準によって支払額が決められます。「自賠責基準」と呼ばれることもあります。
任意保険基準
加害者が任意保険に加入している場合は、自賠責保険・共済を超える部分について任意保険会社と交渉することになります。
この場合、自賠責保険・共済の分については支払基準が適用されますが、超える部分は任意保険会社の独自の基準で判断されます。これを「任意保険基準」と呼んでいます。
裁判基準(弁護士基準)
裁判(訴訟)の場合、前記のとおり、裁判所は支払基準に拘束されません。また、任意保険会社の基準にも拘束されません。
この裁判の場合、裁判例の積み重ねによって、損害賠償の認定についてある程度基準が決まっています。この基準を「裁判基準」または「弁護士基準」などと呼んでいます。
一般的には、「自賠責基準」<「任意保険基準」<「裁判基準(弁護士基準)」の順で金額が大きくなっていきます。
ただし、後述のとおり、自賠責保険・共済の場合は、必ずしも訴訟の方が金額が大きくなるとは限らないので、注意が必要です。
ADR基準
自賠責保険・共済金額に不服がある場合、訴訟ではなく、交通事故紛争処理センター・自賠責保険・共済紛争処理機構等のADR(裁判外紛争処理機関)で解決するケースもあります。
このADRの場合は、裁判基準(弁護士基準)と任意保険基準の中間的な基準で支払額がきめられることがあります。これを「ADR基準」と呼ぶこともあります。
「裁判所は支払基準に拘束されない」ことに関する注意点
前記のとおり、被害者請求・加害者請求のどちらであっても、裁判所は支払基準に拘束されずに保険金・損害賠償金の金額を決めることができます。
ただし、以下の点には注意が必要です。
注意点1:上限額には裁判所も拘束される
裁判所が拘束されないのは「支払基準」だけです。自賠責保険の「上限額」については、裁判所も拘束されます。
- 後遺障害のない傷害による損害:120万円
- 後遺障害のある傷害による損害:後遺障害等級に応じて75万円~4000万円
- 死亡による損害:3000万円
裁判所が支払基準に拘束されずに支払額を決められるとしても、上記の上限額を超える認定をすることはできません。「上限金額の範囲内で」という留保がつくことには注意が必要です。
上限額を超える損害を被った場合には、超える部分について、加害者または加害者の加入する任意保険会社に請求する必要があります(なお、自賠責保険・共済の分も含めて任意保険会社に支払いを求める一括請求も可能です。)。
注意点2:常に訴訟の方が有利とは限らない
裁判所は支払基準に拘束されないので、訴訟外での支払額よりも訴訟で認容された支払額の方が大きくなるケースは多いです。しかし、常に訴訟の方が有利とは限りません。
支払基準では、休業によって損害を被ったことが認められれば、一律に日額6100円(2020年3月31日以前の事故の場合は5700円)の休業損害が支払われますが、訴訟の場合には、具体的な事案ごとに金額が決められます。
そのため、もし日額6100円以上の減収がない(または立証できない)場合には、支払基準による支払いよりも、訴訟での認容額の方が小さくなってしまうケースがあります。
また、支払基準では、被害者側に70パーセント以上の落ち度(過失割合)がある場合にだけ過失相殺によって支払額が減額される(70パーセント未満なら減額されない)にすぎませんが、訴訟の場合には、被害者の落ち度が70パーセント以上でなくても、過失が1割でもあれば減額されます。
具体的な過失割合によっては、支払基準の方が訴訟での認容額よりも支払額が大きくなるケース(特に被害者の過失割合が70パーセント以上など大きいケース)もあり得ます。
個別具体的な事案に応じて、支払基準に基づく訴訟外での支払いの方がよいのか、訴訟を提起した方がよいのかを判断する必要があります。
訴訟外で交渉するか訴訟にするかの判断
支払基準に基づく訴訟外での支払いの方がよいのか、訴訟を提起した方がよいのかを判断するには、かなりの専門的な法的知識や経験が必要となってきます。
万全を期すのであれば、弁護士に相談した方がよいでしょう。
この記事は、法トリ(元弁護士)が書いています。
この記事が参考になれば幸いです。
弁護士に依頼するメリット
「交通事故の損害賠償請求は弁護士に頼んだ方がいいの?」
とお悩みの方は少なくないでしょう。
実は、交通事故の損害賠償額には、保険会社の基準と裁判基準(弁護士基準とも呼ばれます。)があります。保険会社の基準は、裁判基準よりもかなり低額に抑えられています。
そのため、自分で保険会社と示談交渉する場合よりも、弁護士に依頼して裁判基準で示談交渉または訴訟をしてもらう方が、損害賠償額が高額になる可能性が高いのです。弁護士に依頼する一番のメリットは、その点にあります。
特に、自動車保険に弁護士特約を付けてある場合には、弁護士費用を保険金で支払うことが可能です。そのため、自己負担がほとんどないまま、弁護士に依頼することができます。弁護士特約がある場合には、間違いなく弁護士に依頼すべきです。
- 被害者の相談無料
- メール相談可・土日祝日対応可
- 着手金無料(完全成功報酬・費用の後払い可能)
- 損害賠償額が増額しない場合は弁護士報酬0円
- 弁護士特約の利用可能
- 所在地:東京都足立区
- 相談無料
- 全国対応・メール相談可
- 着手金無料(完全成功報酬型)
- 増額できなければ弁護士費用は無料
- 弁護士特約の利用可能
- 所在地:東京都港区
参考書籍
本サイトでも交通事故損害賠償について解説していますが、より深く知りたい方のために、交通事故損害賠償の参考書籍を紹介します。
民事交通事故訴訟 損害賠償額算定基準
出版:日弁連交通事故相談センター東京支部
通称「赤い本」。交通事故損害賠償請求を扱う弁護士は、ほとんどが持っている必携書。東京地裁の実務を中心に、損害賠償額の算定基準(裁判基準)を解説しています。この本の基準が実務の基準と言ってよいほどに影響力があります。毎年改定されています。
交通事故損害額算定基準 -実務運用と解説-
出版:日弁連交通事故相談センター
通称「青本」。こちらは、赤い本と違って、東京地裁だけでなく、全国の裁判所における裁判例を紹介しています。2年に1回改訂されています。
民事交通訴訟における過失相殺率の認定基準(全訂5版)別冊判例タイムズ38号
編集:東京地裁民事交通訴訟研究会 出版:判例タイムズ社
こちらも実務必携と言われる書籍。交通事故では過失相殺がよく問題となりますが、その過失相殺率の認定基準を解説する実務書です。東京地裁の裁判官が中心となって執筆されている本ですが、この本の認定基準が全国的な実務の基本的な認定基準となっています。
大阪地裁における交通損害賠償の算定基準(第4版)
編集:大阪民事交通訴訟研究会 出版:判例タイムズ社
大阪地裁交通部(第15民事部)の裁判官による大阪地裁における交通事故損害賠償額算定基準を解説する実務書。大阪地裁で交通事故訴訟をする場合には必携です。(※なお、大阪弁護士会交通事故委員会による「交通事故損害賠償算定のしおり(通称、緑の本)」とは異なります。こちらは、裁判官執筆の本です。)
新版注解交通損害賠償算定基準
著者:高野真人ほか 出版:ぎょうせい
赤い本や青本の解説書。実務書の解説書という珍しい本ですが、赤い本や青本はどちらかと言うと資料集的な実務書であるため、詳細な理由付けなどが説明されていない部分もあります。本書は、そこを解説しています。赤い本や青本とセットで持っていると便利です。
交通事故損害賠償法(第3版)
編集:北河隆之 出版:弘文堂
交通事故損害賠償に関する法律の体系書。実務マニュアル的なものではなく、理論的な面の解説も体系的にまとめられており、交通事故損害賠償の基本書といった感じの本です。
逐条解説自動車損害賠償保障法(第3版)
著者:北河隆之ほか 出版:弘文堂
弁護士・裁判官など実務家による自動車損害賠償保障法の逐条解説書。1冊持っていると便利です。

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