
相続放棄をすれば,プラスの遺産(資産)を引き継ぐことはできなくなりますが,マイナスの遺産(負債)を引き継ぐこともなくなります。
ただし、相続財産を占有している場合、相続放棄をしたとしても、他の相続放棄をしていない相続人または相続財産清算人が相続財産の管理を始めることができるようになるまで「自己の財産におけるのと同一の注意をもって」相続財産を保存しなければならないとされています(民法940条1項)。
したがって、相続財産を占有している場合には、できる限りすみやかに,他の相続放棄をしていない相続人または相続財産清算人に、相続財産を引き渡しておくべきでしょう。
なお、相続放棄後も管理・保存責任が継続されるのは、あくまで、「相続放棄の時に相続財産に属する財産を現に占有しているとき」です。相続財産を占有していない場合は、相続放棄後に管理・保存責任が発生することはありません。
相続放棄の効果
民法 第939条
相続の放棄をした者は、その相続に関しては、初めから相続人とならなかったものとみなす。
被相続人が亡くなると,その被相続人が有していた遺産は,被相続人の一身に専属するものを除き,相続人に相続されます。相続人に相続される財産のことを「相続財産」といいます。
この相続財産には,プラスの財産(資産)だけでなく,マイナスの財産(負債)も含まれます。
プラスの財産よりもマイナスの財産が大きい場合,相続人は,相続を放棄することによって,負債の責任を回避することが可能です(なお,マイナスの遺産の方が大きい場合でも,あえて相続放棄せずに相続を受け入れることも可能です。)。
相続放棄をすると,相続を一切しないことになります。したがって,プラスの遺産を受け取ることもできなくなりますが,マイナスの遺産の負担を背負うこともなくなります。
相続人のうちの誰かが相続放棄をすると,その方は相続開始の時から相続人ではなかったものとみなされます(民法939条)。
同順位の相続人がいる場合には,相続放棄をした相続人以外の同順位の相続人が,相続放棄をした相続人を除いて相続することになります。
第一順位の相続人全員が相続放棄すると,相続権は第二順位の相続人に移ります。第二順位の相続人全員も相続放棄をすると,今度は第三順位の相続人に相続権が移ります。
相続放棄した後の相続財産の保存管理責任
民法 第940条
第1項 相続の放棄をした者は、その放棄の時に相続財産に属する財産を現に占有しているときは、相続人又は第952条第1項の相続財産の清算人に対して当該財産を引き渡すまでの間、自己の財産におけるのと同一の注意をもって、その財産を保存しなければならない。
第2項 第645条、第646条並びに第650条第1項及び第2項の規定は、前項の場合について準用する。
上記のとおり,相続放棄をすれば,プラスの遺産もマイナスの遺産も相続しないことになります。
そうすると,仮に,その放棄をした相続人が,相続財産を所持しているような場合でも,相続放棄をしているので,もはや放っておけばよいかのようにも思われます。
しかし,実はそうではありません。
民法940条1項は「相続の放棄をした者は、その放棄の時に相続財産に属する財産を現に占有しているときは、相続人又は第952条第1項の相続財産の清算人に対して当該財産を引き渡すまでの間、自己の財産におけるのと同一の注意をもって、その財産を保存しなければならない。」と規定しています。
つまり、相続放棄をしたとしても、相続放棄時に相続財産を占有していた場合には、他の相続放棄をしていない相続人(または相続財産清算人がいる場合には相続財産清算人)が相続財産の管理を始めることができるようになるまで,相続財産を保存する責任を課せられるのです。
したがって,他の相続放棄をしていない相続人や相続財産清算人に相続財産を引き渡すまでは,相続財産を保存していなければならないのです。
相続放棄後にも相続財産の保存管理義務が発生する場合
相続放棄をした後に相続財産の保存・管理義務が発生するのは、「相続放棄の時に相続財産に属する財産を現に占有しているとき」です。常に責任が発生するわけではありません。
過去に相続財産を占有していたことがあったとしても、相続放棄の時に現に占有しているときでなければ、保存管理義務は発生しません。
この「相続財産に属する財産を現に占有しているとき」とは、以下のような場合が想定されます(以下の場合に限られるわけではありません。)。
- 相続財産である不動産に居住しているとき、自分の荷物を置くなどして利用しているとき
- 相続財産である動産(自動車など)を持っているとき
- 相続財産である預貯金の通帳、銀行員、キャッシュカードなどを持っているとき
相続放棄後の相続財産の保存管理義務の程度
相続放棄後の相続財産の保存管理義務の程度は,他人のものを預かっている場合ほどに大きな責任(善管注意義務)ではありません。
ただし、「自己の財産におけるのと同一の注意をもって」保存しなければならないとされています。自分の財産と同じ程度には,注意をして保存・管理しなければならないのです。
相続放棄後の相続財産の保存管理義務の期間
前記のとおり、相続放棄をしても、相続放棄時に相続財産を占有しているときは、相続財産について保存管理義務を負います。
もっとも、この保存義務は、一生続くわけではありません。保存管理義務の存続期間は、「相続人又は第952条第1項の相続財産の清算人に対して当該財産を引き渡すまでの間」です。
つまり、相続放棄をしていない他の相続人または相続財産清算人に対して占有している相続財産を引き渡せば、保存管理義務を免れることができます。
他に相続人がいる場合の対処法
前記のとおり、相続放棄をしていない他の相続人に対して占有している相続財産を引き渡せば、保存管理義務を免れることができます。
そのため、もし相続放棄時に相続財産を占有・所持していた場合には、相続放棄をしたとしても、すみやかに、その相続財産を他の相続人に引き渡した方が良いでしょう。
相続人全員が相続放棄をした場合の対処法
上記のとおり,相続放棄をしたとしても,相続放棄時に相続財産を占有している場合には、他の相続放棄していない相続人が相続財産の管理を始めることができるようになるまで、相続財産を保存する責任を免れません。
それでは,相続人が全員,相続放棄をした場合はどうなるのでしょうか?
相続人全員が相続放棄をすると、もはや相続人は誰もいなくなりますから、相続財産を保存する必要が無くなるようにも思えます。
しかし,相続人全員が相続放棄をした場合でも、相続財産を占有している相続放棄者は、相続財産の管理・保存責任を免れないと解されています。
したがって、相続人全員が相続放棄をしたとしても、相続財産を占有している相続放棄者は「自己の財産におけるのと同一の注意をもって」相続財産を保存していかなければならないのです。
この相続財産の管理・保存責任を免れるためには、被相続人の債権者に相続財産をすべて強制執行等によって回収してもらうか、または、別に相続財産を管理してくれる人を裁判所に選任してもらわなければなりません。
別に相続財産を管理してくれる人とは「相続財産清算人(かつては「相続財産管理人」に含まれていました。)」のことです。
債権者が相続財産を回収しない場合には、相続財産を占有している相続放棄者が、家庭裁判所に対して「相続財産清算人」を選任するよう申し立てる必要があるということです(民法952条1項)。
相続放棄をする場合には、特に、相続財産を占有・所持している場合には、この相続財産の管理・保存責任ということについても考えておく必要があるでしょう。