
相続人が、相続財産の隠匿・消費・悪意の相続財産目録への不記載といった行為(背信行為)をした場合、法定単純承認が成立し、相続放棄や限定承認ができなくなってしまいます(民法921条3号)。
法定単純承認と背信行為
民法 第921条
次に掲げる場合には、相続人は、単純承認をしたものとみなす。
第1号 相続人が相続財産の全部又は一部を処分したとき。ただし、保存行為及び第602条に定める期間を超えない賃貸をすることは、この限りでない。
第2号 相続人が第915条第1項の期間内に限定承認又は相続の放棄をしなかったとき。
第3号 相続人が、限定承認又は相続の放棄をした後であっても、相続財産の全部若しくは一部を隠匿し、私にこれを消費し、又は悪意でこれを相続財産の目録中に記載しなかったとき。ただし、その相続人が相続の放棄をしたことによって相続人となった者が相続の承認をした後は、この限りでない。
相続人には,相続をするかしないかの選択権が認められています。相続をするという選択をする場合を相続の承認といい,相続をしないという選択をする場合を相続放棄といいます。
また,相続財産によって相続債務を支払い,それでも余りがあれば相続をするという留保付きで相続を承認する場合のことを限定承認といいます(民法922条)。
もっとも,この相続放棄や限定承認は,どのような場合でもできるわけではありません。
あまりに無限定に,いつどのような場合でも相続放棄や限定承認ができるとすると,利害関係人の立場を不安定にし法的安定性を欠くからです。
そこで,民法上,一定の事由が生じた場合には,相続を無条件に受け入れるという単純承認をしたものとみなしてしまうという制度が用意されています。これを「法定単純承認」といいます(民法921条)。
この法定単純承認となる事由の1つに,相続人が,相続財産の隠匿・消費・悪意の相続財産目録への不記載といった行為をしたことがあります。これらの行為を総じて「背信行為」と呼んでいます(民法921条3号)。
相続人の背信行為が法定単純承認事由となる趣旨
相続放棄や限定承認をした相続人であっても,相続財産を有している場合には,その相続財産を,相続債権者や相続を承認した相続人などに引き渡すまで,自己の財産と同一の注意をもって管理しなければならない義務があります(民法926条、940条1項)。
それにもかかわらず,そのような背信行為をして相続債権者や他の相続人などの信頼を裏切った相続人に,相続放棄や限定承認などを認めて保護を与える必要性がないため,法定単純承認事由とされているのです。
相続放棄・限定承認をした後の行為であること
前記の背信行為は,その相続人が相続放棄または限定承認を行った後になされたものである場合に,民法921条3号の法定単純承認事由となります。
つまり,背信行為によって法定単純承認が成立すると,単純承認したものとみなされる結果,相続放棄や限定承認の効力は認められなくなるということです。
なお,相続放棄・限定承認する前に,相続財産を私的に消費すれば,民法921条3号ではなく1号(相続財産の処分行為)によって法定単純承認となります。
また,相続放棄・限定承認する前の相続財産の隠匿は,法定単純承認にはならないとしても,後に他の相続人等から引渡しを請求されますし,相続財産目録不記載についても,相続債権者に対する権利侵害等として扱われることになるでしょう。
背信行為の内容
法定単純承認事となる背信行為には,前記のとおり,相続財産の隠匿・消費・悪意の相続財産目録への不記載という3つの行為があります。
相続財産の隠匿
相続財産を隠匿する行為とは,相続債権者に対して,その相続財産の所在が分からないようにするということです。
相続財産を私に消費する行為
相続財産を消費するというのは,要するに使ってしまうということです。 「私に」とは,私的にという意味ではなく,相続債権者に不利益を与える意思(詐害意思)があるという意味に解されています。
悪意の相続財産目録への不記載
限定承認をする場合には,家庭裁判所に対して相続財産目録を提出しなければなりません(民法924条)。これに,悪意で相続財産の全部または一部を記載しなかった場合も法定単純承認事由となります。
積極財産(資産・プラスの財産)を記載しなかった場合だけでなく,借金などの消極財産(負債・マイナスの財産)を記載しなかった場合も,相続財産目録への不記載に当たると解されています(最一小判昭和61年3月20日)。
ただし,うっかり記載を忘れてしまったというような場合まで,法定単純承認事由となるわけではなく,その不記載が「悪意」でなされた場合のみ,法定単純承認事由となります。
悪意とは,相続債権者を害する意思(詐害意思)という意味です。
相続放棄により新たに相続人となった者がいる場合
ある相続人が相続放棄をすると,その相続人ははじめから相続人ではなかったことになります(民法939条)。それによって,他に同順位の相続人がいなければ,次順位の人が相続人となるということがあり得ます。
たとえば,被相続人に子が1人と母がいたという場合,相続人となるのは第1順位の相続人である子ですが,この子が相続放棄をすると,第2順位である母が相続人となります。
民法921条3号はそのただし書きにおいて,「ただし,その相続人が相続の放棄をしたことによって相続人となった者が相続の承認をした後は,この限りでない。」と規定しています。
これは,上記のように,ある相続人(前記の例でいえば子)が相続放棄をしたことによって,次順位の人(前記の例でいえば母)が相続人となった場合に,その相続人となった人(母)が単純承認をしたときには,相続放棄をした相続人(子)が放棄後に背信行為をしたとしても,その背信行為者(子)について法定単純承認は成立しないということです。
背信行為についての責任追及は,相続財産について権利を有することになった新たに相続人となった人が行うべきであり,背信行為による不利益を相続債権者等に負わせるべきではないという考えから設けられている規定です。