
債務整理開始時に受任通知を送付すると,貸金業者や債権回収会社等からの債務者本人に対する直接の取立てや督促を停止させることはできますが,貸金返還の訴訟を提起することまでは止めることができません。
そのため,債務整理の開始後に,債権者から貸金返還請求訴訟を起こされてしまうことはあります。ただし,大半の債権者は,一定期間は訴訟提起を待ってくれます。
もっとも、一部の貸金業者は、受任通知送付後すぐに、または1~6か月ほどで訴訟提起をしてくることがあります。
受任通知の効力
債務整理には,自己破産・個人再生・任意整理などの手続がありますが,いずれの手続をとるにせよ,まずはじめに各債権者に対して受任通知(介入通知)を送付するのが通常です。
この受任通知を送付すると,貸金業法や債権管理回収業に関する特別措置法(サービサー法)の規定に基づき,貸金業者や債権回収会社からの直接の取り立てが停止することになります。
受任通知後の貸金訴訟の提起の許否
近時,債務整理の受任通知送付後であっても,貸金業者等が,借金など貸金の返還を求めて訴訟を提起してくるという場合が多くなってきています。
前記のとおり,受任通知を送付すると取り立てが停止されるのは,貸金業法等の法律に基づく効果です。そうすると,訴訟を提起することも,これらの法律に基づく受任通知送付の効果に違反するもののように思えます。
しかし,上記各法律によって取立てが禁止されるのは,債務者の方の生活の平穏を取り戻させるためです。したがって,禁止されるのは,そのような生活の平穏を害するような債務者に対する直接の取立てだけです。
つまり,債権者である貸金業者や債権回収会社が,訴訟を提起して債権の回収を図ることまでは禁止されていないということです。そうしないと,これらの債権者は債権回収の手段を失ってしまうからです。
したがって,受任通知送付後であっても,債権者が貸金請求の訴訟を提起することは許されるということになります。
訴訟提起をしてくる貸金業者
貸金業者が受任通知後に訴訟を提起してくるの理由は,債務整理の手続を急がせるという目的があります。また,任意整理であれば,より有利な内容での和解をさせるという目的もあるでしょう。
とはいえ,実際に,受任通知後の早々に訴訟提起してくる貸金業者は限られています。
そのような業者は、受任通知送付による支払の停止後3か月から6か月までに、自己破産や個人再生などであれば裁判所への申立てを、任意整理であれば和解が成立していないと、訴訟提起してくることがあります。
さらにひどい業者になると,受任通知送付後,1か月も経たない間に訴訟提起されることもあります。
したがって,そのような貸金業者が債務整理の対象となっている場合には,訴訟提起の危険性があることも踏まえて対策を考えていく必要があるでしょう。
なお,その他の業者は,弁護士などの介入後にすぐさま訴訟提起してくるところは,あまりありません。
ただし,さすがに1年以上経っても方針を決めきれないとか,進展が無いというような場合には訴訟提起をしてくることはあります。
訴訟提起された場合のリスク
貸金返還等の訴訟を提起されたとしても,債務整理が進められなくなるというわけではありません。もっとも,以下のようなリスクはあります。
訴状が自宅に送達されること
債権者によって訴訟が提起されると、債務者本人の自宅に裁判所から訴状や呼出状等が送られてきます。裁判所からの送達ですので、代理人に弁護士や司法書士がついていても、債務者本人宛に送られます。
仮に家族に内緒で債務整理を行っている場合などは,これによって,少なくとも,借金をしていることやその借金を滞納していることなどは家族に知られてしまうというおそれがあります。
給料の差押え等の強制執行の可能性
貸金訴訟の場合,実際にお金を借りていることは間違いがない場合がほとんどですので,反論のしようがないということになります。
そうすると,すぐに判決がなされることになりますが,判決が確定すれば債権者は強制執行をすることができるようになります。
強制執行で,おそらくもっとも債務者の方がおそれているのは,給料の差押えではないでしょうか。なぜなら,給料差押えがなされると,勤務先の会社に借金をしていることや借金を滞納していることを知られてしまうからです。
また,給料以外に高額資産があればそれを執行されるという危険性もあるでしょう。
ただし,給料以外の財産は,不動産などを除けば,貸金業者に知られていない限り,執行をするのはなかなか難しいでしょう。
興信所などに依頼してコストをかけて調べるということもあまり考えられないので,それほど心配はないかもしれません(そういう意味では,勤務先を知られていなければ給料差押えの危険性もかなり減少するといってよいでしょう。)。
動産の差押えの可能性
動産の差押え,つまり,自宅に裁判所の執行官が来て,家財道具などを強制執行するという手続もあります。
自宅に執行官が来るため,やはり,借金をしていることやその借金を滞納していることなどは家族に知られてしまうというおそれがあります。
ただし,実際には,ぜいたく品でない限り家財道具を差し押さえてはいけないという法律や裁判所の運用が定められていますので,大抵の場合には,動産執行は空振りに終わるのが通常です。
したがって,動産執行もある意味威嚇といってよいでしょう。
リスクへの対処法
上記のような訴訟提起またはそれに続く給料差押え等へのに対応策としては、家族や勤務先に事情を話して協力してもらうこと、そして、可能な限り早く自己破産・個人再生の申立てを行うこと、任意整理で話をつけることでしょう。
自己破産や個人再生を申し立て,裁判所の手続が開始されれば,訴訟を提起したり,強制執行をすることができなくなるからです。任意整理の場合には,訴訟提起や強制執行をされる前に,話をつけ和解するということになるでしょう。
受任通知後の貸金訴訟提起が不法行為となる場合
前記のとおり,受任通知送付後に,貸金業者等が訴訟などの裁判手続を利用して債権回収を図ることは,違法とはならないのが原則です。
もっとも,債務整理手続は,債権者間の公平を図るとともに債務者の経済的更生を図るために行われる手続です。
したがって,受任通知後に訴訟を提起されてしまうと,債権者の公平を害したり,債務者の経済的更生を害するおそれがあります。
そこで,例外的にではありますが,受任通知後に貸金請求の裁判を提起すること自体が不法行為として認められるという場合がないわけではありません。
ただし,前記のとおり,債権者の権利として受任通知後に裁判を提起することは原則として許されていますので,不法行為となる場合は非常に限定されてはいます。
例えば,受任通知を受領したにもかかわらず取引履歴も開示せず,しかも,受任通知受領後すぐに訴訟を提起した場合など,極めて悪質な場合などに限られてきます。