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貸金業者に取引履歴の開示義務はあるのか?

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債務整理を行う場合,弁護士から各債権者宛てに受任通知を送付して取立を停止させるのと同時に,取引履歴の開示も請求するのが通常です。貸金業者には、保管している取引履歴を開示しなければならない法的義務が課されています。

取引履歴の開示請求

債務整理を行う際,自己破産であれ,個人再生であれ,任意整理であれ,貸金業者が債権者に含まれている場合には,その貸金業者に対して取引履歴の開示を請求することになります。

利息制限法所定の制限利率に従って引き直し計算をするためには,それまでの個々の借入れや返済の日付や金額等を把握しておかなければなりません。しかし,現実問題として,すべての領収書や請求書などを保管しておくというのは困難です。

そこで,貸金業者側で保管している取引の履歴が必要となってきます。引き直し計算をするために,この取引履歴の開示を請求するのです。

取引履歴の開示義務を明示した最高裁判例

問題は,貸金業者が,素直にこの取引履歴を開示してくれるのかどうかです。

引き直し計算をすれば,返済を受けられる金額が減少したり,過払い金の返還を請求されたりすることになるのですから,貸金業者が素直に取引履歴を開示してくるわけがないようにも思えます。

事実,かつては,多くの貸金業者が取引履歴の開示請求を拒絶したり,または無視したりしていました。

この貸金業者の取引履歴開示義務については,重要な問題として長く争われていましたが,平成17年に,最高裁判所は,貸金業者には取引履歴を開示する義務があるという判断をくだしました。

最高裁判所第三小法廷平成17年7月19日判決です。最三小判平成17年7月19日は,以下のように判示しています。

貸金業法の趣旨に加えて,一般に,債務者は,債務内容を正確に把握できない場合には,弁済計画を立てることが困難となったり,過払金があるのにその返還を請求できないばかりか,更に弁済を求められてこれに応ずることを余儀なくされるなど,大きな不利益を被る可能性があるのに対して,貸金業者が保存している業務帳簿に基づいて債務内容を開示することは容易であり,貸金業者に特段の負担は生じないことにかんがみると,貸金業者は,債務者から取引履歴の開示を求められた場合には,その開示要求が濫用にわたると認められるなど特段の事情のない限り,貸金業法の適用を受ける金銭消費貸借契約の付随義務として,信義則上,保存している業務帳簿(保存期間を経過して保存しているものを含む。)に基づいて取引履歴を開示すべき義務を負うものと解すべきである。

引用元:裁判所サイト

上記判決文のとおり,最高裁判所は,貸金業者には,貸金業法の適用を受ける金銭消費貸借契約の付随義務として,信義則上,保存している業務帳簿に基づいて作成された取引履歴を開示すべき義務があることを明らかにしました。

上記判示によれば,開示要求が濫用にわたると認められるような場合には,貸金業者に取引履歴開示に応じなくてもよいとされていますが,債務整理のために取引履歴の開示を請求することが濫用に当たる場合はほとんどあり得ません。

したがって、債務整理の一環として取引履歴の開示請求を行った場合には、ほぼすべての場合に貸金業者に取引履歴開示義務が認められると考えてよいでしょう。

そして,上記判例は,貸金業者が上記の取引履歴開示義務に違反して取引履歴開示を拒絶した場合には,その拒絶行為は不法行為となり,それによって開示請求者が精神的損害を被った場合には慰謝料の請求も認められる場合があるとしたのです。

この判決以降,すべての取引履歴を開示してくれるかどうかは業者によって異なるのですが,現在では,基本的に,ほとんどの貸金業者が少なくとも取引履歴の開示自体には応じてくれるといってよいでしょう。

貸金業法の改正

前記最高裁判例の後,さらに,この判例を受けて,貸金業法が改正されました。その法改正により,貸金業法の条文にも,貸金業者に取引履歴等の帳簿類を開示する義務があることが明記されるようになりました。

貸金業法 第19条

  • 貸金業者は、内閣府令で定めるところにより、その営業所又は事務所ごとに、その業務に関する帳簿を備え、債務者ごとに貸付けの契約について契約年月日、貸付けの金額、受領金額その他内閣府令で定める事項を記載し、これを保存しなければならない。

貸金業法 第19条の2

  • 債務者等又は債務者等であつた者その他内閣府令で定める者は、貸金業者に対し、内閣府令で定めるところにより、前条の帳簿(利害関係がある部分に限る。)の閲覧又は謄写を請求することができる。この場合において、貸金業者は、当該請求が当該請求を行つた者の権利の行使に関する調査を目的とするものでないことが明らかであるときを除き、当該請求を拒むことができない。

貸金業法19条にいう内閣府令とは「貸金業法施行規則」のことです。貸金業法19条で規定されている帳簿の備え付けに関しては、規則16条において規定されています。

同規則によれば,各事業所ごとに備え付けなければならない帳簿には,いわゆる17条書面・18条書面に記載すべき事項のほか,債務者との交渉記録などを記載しなければならないと規定しています。

貸金業法17条書面や18条書面に記載すべき事項とは,すなわち,各貸付けの年月日,金額,利率や返済を受けた際の年月日,金額などですから,これをすべて帳簿にするということは,すなわちまさに取引履歴ということになります。

したがって,上記貸金業法19条は,貸金業者に対して取引履歴の保存義務を課しているといえます。

そして,19条の2では,債務者等は貸金業者に対して,その保存義務のある帳簿の閲覧または謄写の請求ができるというのですから,これはまさに,債務者等には取引履歴の開示を請求できる権利があるということです。

このことは,逆に言えば,貸金業者には,保存している帳簿(取引履歴)を開示する義務があるといっているとみてよいでしょう。

このように,現在では,貸金業法においても,貸金業者の取引履歴開示義務が明確に規定されているのです。

家臣業者が取引履歴の開示義務に違反した場合の効果

前記最三小判平成17年7月19日は、取引履歴の開示義務があることを認めた上で、さらに、以下のとおり判示しています。

貸金業者は,債務者から取引 履歴の開示を求められた場合には,その開示要求が濫用にわたると認められるなど特段の事情のない限り,貸金業法の適用を受ける金銭消費貸借契約の付随義務として,信義則上,保存している業務帳簿(保存期間を経過して保存しているものを含む。)に基づいて取引履歴を開示すべき義務を負うものと解すべきである。そして,貸金業者がこの義務に違反して取引履歴の開示を拒絶したときは,その行為は,違法性を有し,不法行為を構成するものというべきである。

引用元:裁判所サイト

前記のとおり、上記判決は、貸金業者には、貸金業法の適用を受ける金銭消費貸借契約の付随義務として、信義則上、保存している業務帳簿に基づいて作成された取引履歴を開示すべき義務があることを明らかにしています。

そして,その上で,貸金業者が取引履歴開示義務に違反して取引履歴の開示を拒絶した場合,その拒絶行為は違法性があるものとなり,したがって,不法行為責任を課されることになるとしたのです。

要するに,貸金業者が取引履歴の開示を拒絶した場合,開示請求が濫用といえるような特別な事情がない限りは,不法行為責任を構成し,債務者はその貸金業者に対して不法行為に基づく損害賠償請求ができると判断したわけです。

この判例における損害賠償請求とは,取引履歴を開示されないことによって被った精神的な被害の賠償,つまり慰謝料請求です。

取引履歴を開示してもらえなければ引き直し計算をすることができず,正確な債務残高が分からない以上,債務整理を進めることすらできなくなるのですから,不安な精神的状況におかれることは間違いありません。そのため,精神的被害があるといえるのです。

ちなみに、前記のとおり「開示要求が濫用にわたると認められるなど特段の事情」がある場合というのはほとんど考えられませんから、事実上、貸金業者が取引履歴の開示を拒絶できる場合はないといってよいでしょう。

実際の慰謝料請求裁判の状況

前記のとおり,最三小判平成17年7月19日は,取引履歴開示義務違反の損害賠償請求を認めました。

もっとも,上記判例の事案は,全部不開示の場合でした。そのため,実際の裁判で取引履歴開示義務違反に基づく損害賠償請求が認められるのも,取引履歴がまったく開示されない場合が多いでしょう。

上記判例に従えば,理論的には,一部不開示の場合にも損害賠償請求が認められうるのですが,実際には,一部不開示のみではあまり損害賠償請求は認められないというのが現状です。

また,この損害賠償請求は精神的損害の立証のためにかなりの時間をかけたり,場合によっては証人尋問まで必要となる場合もありますが,仮にそのような時間や労力をかけたとしても認められる損害賠償金は10万円程度という場合も少なくありません。

そのため,費用対効果の面も考慮しておく必要はあるでしょう。

取引履歴開示義務違反をする貸金業者の存在

前記のとおり,貸金業者に取引履歴の開示義務があることは,最高裁判所の判決でも,また法令でも認められています。さらに、この開示義務に違反した場合には、損害賠償請求が認められることもあります。

もっとも、一部の貸金業者は,取引履歴の全部を開示しないということはないにしても,平成7年以前のものはすでに廃棄してしまって残っていないなどという理由で,取引履歴の一部を開示してこないという対応をしてくる場合があります。

今後も取引があるかもしれない顧客情報を貸金業者が廃棄してしまうとは思えませんし,仮に貸金返還請求訴訟などをする場合には証拠がなければ不利になるのですから,本当に一部の取引履歴を廃棄してしまっているのかどうかは疑問です。

しかし、開示されない以上は、開示された部分をもとにして他の資料等で補い、推定で取引経過を再現して引き直し計算をすることになるでしょう。

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