
免責不許可事由の1つに,「特定の債権者に対する債務について,当該債権者に特別の利益を与える目的又は他の債権者を害する目的で,担保の供与又は債務の消滅に関する行為であって,債務者の義務に属せず,又はその方法若しくは時期が債務者の義務に属しないものをしたこと」があります。
例えば、家族、親戚、友人、取引先など一部の債権者にだけ返済をしてしまうと、この免責不許可事由に該当し、免責が許可されないことがあります。ただし、裁判所の裁量によって免責が許可されることはあります。
免責不許可事由となる不当な偏頗行為
破産法 第252条
- 第1項 裁判所は、破産者について、次の各号に掲げる事由のいずれにも該当しない場合には、免責許可の決定をする。
- 第3号 特定の債権者に対する債務について、当該債権者に特別の利益を与える目的又は他の債権者を害する目的で、担保の供与又は債務の消滅に関する行為であって、債務者の義務に属せず、又はその方法若しくは時期が債務者の義務に属しないものをしたこと。
自己破産をする最大の目的は、裁判所に免責を許可してもらうことです。免責が許可されると、借金の支払義務がすべて免除されます。借金を支払わなくてもよくなるということです。
もっとも、自己破産を申し立てたからといって、必ず免責が許可されるとは限りません。破産法252条1項各号に列挙された免責不許可事由がある場合には、免責が不許可とされることもあり得ます。
破産法252条1項3号は、支払いをする必要がないのにある特定の債権者にだけに返済したり、担保を提供したりすることは、免責不許可事由に該当すると規定しています。
この免責不許可事由のことを「不当な偏頗行為」と呼ぶことがあります。または「非義務的偏頗行為」とも呼ばれます。この不当な偏頗行為も免責不許可事由のなかでは,比較的多いものだと思います。
例えば、弁護士等に債務整理を依頼して、弁護士等が各債権者に受任通知を発送したことによって支払いを停止した後に、一部の債権者、特に家族、親戚、友人、同僚、取引先などにだけ返済をしてしまうような場合が,これに当たります。
免責不許可事由である不当な偏頗行為に該当するのは、以下の場合です。
- 特定の債権者に対する債務について、担保の供与または債務の消滅に関する行為であって、債務者の義務に属せず、またはその方法若しくは時期が債務者の義務に属しないものをしたこと(非義務的偏頗行為)
- 上記行為をするにあたって、当該債権者に特別の利益を与える目的または他の債権者を害する目的があったこと
非義務的偏頗行為
偏頗行為とは、他の債権者には弁済等をしていないにもかかわらず、特定の債権者に対する債務についてだけ、担保の供与または債務の消滅に関する行為をすることをいいます。
特定の債権者に対する債務についてだけ,それを被担保債権とする抵当権を設定したり,あるいは,返済(弁済)をして債務を消滅させてしまったりするということです。特定の債権者にだけ弁済をすることを「偏頗弁済」と呼ぶこともあります。
もっとも、すべての偏頗行為が免責不許可事由となるわけではありません。偏頗行為のうちで免責不許可事由とされるのは,「債務者の義務に属せず,又はその方法若しくは時期が債務者の義務に属しないもの」だけです。
具体的に言うと、債務を履行する義務がない場合、または、債務はあるけれども、債務の履行方法や債務の履行期日が来ていないのに、弁済や担保提供をしてしまうということです。
破産法では,債務を履行する義務があり,かつ,その返済期日が到来してしまったりした場合ですら,その債務を弁済等したりすることは,好ましいものではないとされています。
破産手続をする以上は,その手続内において,配当という形で平等・公平に分配するべきだという考え方があるからです。
そうだとすれば、債務を履行する義務がないのに、あるいは、債務そのものはあるけれどもまだ返済期日が来ていないのに、その債務について弁済等をするということは,なおさら許されることではないということになるでしょう。
そのため,偏頗行為のうちでも非義務的偏頗行為は,より悪質性の高い行為として,免責不許可事由の1つに挙げられているのです。
なお、非義務的偏頗行為ではない普通の偏頗行為・偏頗弁済は、免責不許可事由にはならないものの、破産管財人による否認権行使の対象にはなります。
債権者に特別の利益を与える目的または他の債権者を害する目的
単に非義務的偏頗行為をしたというだけでは,免責不許可事由にはなりません。この非義務的偏頗行為を「債権者に特別の利益を与える目的又は他の債権者を害する目的」で行った場合に限り,免責不許可事由となります。
「債権者に特別の利益を与える目的」とは,その非義務的偏頗行為をした相手方である債権者にだけ,他の債権者とは異なる利益を与えようとする目的です。
「他の債権者を害する目的」とは,非義務的偏頗行為をすることによって,他の債権者に対する配当等を減少させてやろうという意図のことをいいます。
このうちのいずれかの目的を持っていれば,不当な偏頗行為の主観的な要件を満たすことになります。
このいずれの目的もない場合、例えば、銀行預金口座から自動的に引き落とされてしまい、結果として偏頗弁済した形になってしまったような場合には、免責不許可事由にはなりません(ただし、前記のとおり、否認権の対象にはなります。)。
上記の自動引き落としの場合ように特別の利益を与える目的等がないことが明らかな場合を除くと、偏頗弁済をするときは、その債権者に特別の利益を与える目的があるのが通常です。
例えば、家族などにだけ偏頗弁済をする場合、自己破産の配当などではなく、通常どおりの返済をして、その家族の損失を少しでも減らしたいという特別の利益を与える目的があるはずです。
そのため、意図的に偏頗弁済をした場合、「偏頗弁済をしたけれども特別の利益を与えるつもりはなかった」という言い訳はなかなか通りにくいでしょう。
裁量免責の可能性
破産法 第252条
- 第2項 前項の規定にかかわらず、同項各号に掲げる事由のいずれかに該当する場合であっても、裁判所は、破産手続開始の決定に至った経緯その他一切の事情を考慮して免責を許可することが相当であると認めるときは、免責許可の決定をすることができる。
前記のとおり,不当な偏頗行為をすると,免責不許可事由に該当してしまいます。したがって、原則として免責は許可されません。
しかし、常に免責不許可となるわけではありません。裁判所が、「破産手続開始の決定に至った経緯その他一切の事情を考慮して免責を許可することが相当であると認めるとき」には、免責許可されることもあります。これを裁量免責と言います(破産法252条2項)。
非義務的偏頗行為をした場合でも、偏頗行為がごく軽微なものである場合や、破産管財人が否認権を行使して偏頗行為した分の財産を取り戻したり、破産者が自由財産から(または援助などにより)偏頗行為した分を補填するなどして、破産財団の損失が埋め合わされた場合には、裁量免責の可能性はあります。