
過払金返還請求権の消滅時効の起算点について判断した判例として,最高裁判所第一小法廷平成21年1月22日判決があります。
同判決は,「過払金充当合意を含む基本契約に基づく継続的な金銭消費貸借取引においては,同取引により発生した過払金返還請求権の消滅時効は」特段の事情がない限り「同取引が終了した時点から進行する」と判示しています。
この判決は民法改正前の判例ですが,現行の改正後民法化における「権利を行使することができる時」の解釈にも妥当すると言えるでしょう。
過払い金返還請求権の消滅時効
過払い金の返還を請求する法的権利は,法的に言うと,不当利得返還請求権です。この不当利得返還請求権も債権ですから,時効により消滅することがあります。
かつて,消滅時効の期間は「権利を行使することができる時から10年間」のみでしたが,民法改正(令和2年4月1日施行)により,「権利を行使することができる時から10年間」または「権利を行使することができることを知った時から5年間」のいずれか早い方とされました(民法166条1項)。
以下でご紹介する最高裁判所第一小法廷平成21年1月22日判決(最一小判平成21年1月22日)は,民法改正前における過払金返還請求権の消滅時効の起算点,つまり,過払金返還請求権という「権利を行使することができる時」はいつなのかについて判断をした判例です。
もっとも,現行の改正後民法でも「権利を行使することができる時」は消滅時効の起算点の1つとされています。
ですので,民法改正前の判例であるとはいえ,上記判例は現行の改正後民法下でも通用する判例であるといえるでしょう。
結論として,最一小判平成21年1月22日は,過払金返還請求権の消滅時効の起算点(「権利を行使することができる時」)を,取引終了時としています。
最一小判平成21年1月22日の要旨
最一小判平成21年1月22日は,以下のとおり判示しています(一部抜粋)。
上記基本契約は、基本契約に基づく借入金債務につき利息制限法1条1項所定の利息の制限額を超える利息の弁済により過払金が発生した場合には、弁済当時他の借入金債務が存在しなければ上記過払金をその後に発生する新たな借入金債務に充 当する旨の合意(以下「過払金充当合意」という。)を含むものであった。
このような過払金充当合意においては、新たな借入金債務の発生が見込まれる限り、過払金を同債務に充当することとし、借主が過払金に係る不当利得返還請求権(以下「過払金返還請求権」という。)を行使することは通常想定されていないものというべきである。したがって、一般に、過払金充当合意には、借主は基本契約に基づく新たな借入金債務の発生が見込まれなくなった時点、すなわち、基本契約に基づく継続的な金銭消費貸借取引が終了した時点で過払金が存在していればその返還請求権を行使することとし、それまでは過払金が発生してもその都度その返還を請求することはせず、これをそのままその後に発生する新たな借入金債務への充当の用に供するという趣旨が含まれているものと解するのが相当である。そうすると、過払金充当合意を含む基本契約に基づく継続的な金銭消費貸借取引においては、同取引継続中は過払金充当合意が法律上の障害となるというべきであり、過払金返還請求権の行使を妨げるものと解するのが相当である。
借主は、基本契約に基づく借入れを継続する義務を負うものではないので、一方的に基本契約に基づく継続的な金銭消費貸借取引を終了させ、その時点において存在する過払金の返還を請求することができるが、それをもって過払金発生時からその返還請求権の消滅時効が進行すると解することは、借主に対し、過払金が発生すればその返還請求権の消滅時効期間経過前に貸主との間の継続的な金銭消費貸借取引を終了させることを求めるに等しく、過払金充当合意を含む基本契約の趣旨に反することとなるから、そのように解することはできない(最高裁平成17年(受)第844号同19年4月24日第三小法廷判決・民集61巻3号1073頁,最高裁平成17年(受)第1519号同19年6月7日第一小法廷判決・裁判集民事224号479頁参照)。
したがって、過払金充当合意を含む基本契約に基づく継続的な金銭消費貸借取引においては,同取引により発生した過払金返還請求権の消滅時効は、過払金返還請求権の行使について上記内容と異なる合意が存在するなど特段の事情がない限り、同取引が終了した時点から進行するものと解するのが相当である。
引用元:裁判所サイト
前記のとおり、消滅時効の起算点は「権利を行使することができる時」です。この「権利を行使することができる時」とは,権利行使に当たって「法律上の障害」がなくなった時を意味すると解されています。
したがって,過払金返還請求権という「権利を行使することができる時」も,過払金の返還を請求するのに法律上の障害がなくなった時ということになります。
厳密にいえば,消費者が過払い金返還請求をすることについて,法律上の障害があるといえる場合は限られてくるのかもしれません。
しかし,消費者が過払い金返還請求をしなかった理由は,そもそも過払い金が発生しているということなど知らなかったということに尽きます。
利息制限法の規定やそれに基づく引き直し計算,過払い金というものの存在など,一般消費者が詳しく知っているはずもありません。
ましてや,貸金業者から,約定の返済をするように次々に催促が来るという状態で,利息制限法を調べ,引き直し計算をしている余裕などあるはずもありません。
そのため,少なくとも利息制限法違反の取引をしているような場合,上記のように厳密に法律上の障害があるかどうかを判断することは,消費者保護を謳う利息制限法の趣旨からすれば妥当ではありません。
そこで,上記判決は,そのような消費者の現実の状況を踏まえて,過払金の消滅時効をどの時点とするかを判断しています。
貸金業者側からの主張(過払金発生時説)
過払金返還請求権という「権利を行使することができる時」をどの時点と考えるのかについては,取引の終了時とする見解と,個々の過払い金発生時とする見解とがあります。
個々の取引ごとというのは,つまり,ある返済によって過払金が発生したならば,その返済の時を起算点として消滅時効を考えるべきというものです。
仮に,その後に取引が継続してまた返済が行われ,新たに過払いが発生したとしても,その新たな過払いは別途,その返済の時を起算点とすべきということになります。
この見解によると,単純に考えて,取引が継続していようといまいと,請求したときから10年より前に発生している過払い金は全部消滅時効にかかるということになるでしょう。
当然,過払金の金額は減少します。貸金業者がよく主張していた考え方です。
消費者側からの主張(取引終了時説)
上記貸金業者側からの主張(過払金発生時説)に対し,消費者側が長年主張し続けている考え方は,過払金の消滅時効は取引終了時からであるという考え方です。
これによれば,過払いが生じた個々の返済が10年以上前であろうと,金銭消費貸借取引(貸し借りの契約に基づく取引)が継続していれば,取引終了の時点が10年以内であれば,その取引において生じた過払い金は全部消滅時効にかからないということになります。
上記のように,個々の過払い金発生時とすると,過払い金の発生が10年より前だと,それ以前の過払いは全部なくなってしまうということになります。
しかし,取引終了時と考えれば,取引が終了してから10年経過してなければ,その取引中に発生した過払い金は,個々にみれば10年を経過してしまっていても消滅しないということになるので,取引終了時とする見解の方が消費者側にとっては有利ということになります。
最一小判平成21年1月22日の判断
最一小判平成21年1月22日は、過払金返還請求権の消滅時効の起算点について、過払い金充当合意を含む継続的な金銭消費貸借取引においては、特段の事情のない限り、取引終了時が過払い金返還請求権の消滅時効の起算点となると判示し、消費者側に有利となる見解を採用しています。
上記判決は,過払い金充当合意が認められる取引では,発生した過払いは債務の元本に充当されていくので,途中で過払い金返還請求をすることが想定されていないから,過払い金充当合意には,新たな借入れ債務の発生が見込まれなくなった時点=取引終了時で過払い金返還請求をし,それまでは過払金返還請求はせずに過払いは債務元本に充当していくという趣旨が含まれているとしました。
その上で,このような過払金充当合意がある場合には,その合意があること自体が「法律上の障害」になるという判断をしています。
これに対しては,貸金業者側から,取引の途中でも過払金返還請求できるのであるから,取引終了時まで法律上の障害があるとはいえないのではないかという反論があり得ます。
この反論に対し,上記判決は,そのように考えると,消費者側に過払い発生と同時に取引を終了させなければならないということを求めるのに等しく,過払金充当合意を認めて消費者保護を図ろうとした趣旨に反するとして,貸金業者側からの反論を封じています。
実際問題として,前記のとおり,毎月貸金業者から返済を迫られていて,しかも利息制限法等の専門的知識を知らない借主が,その取引の途中で,貸金業者に取引履歴の開示を求め,引き直し計算をし,過払いとなっているかを調べることが容易にできるはずもありません。
それにもかかわらず,自ら利息制限法を無視して借主に対して返済を迫っていた貸金業者側の言う「取引途中で過払いがあるかどうかを調べればよかっただけだ」などという反論を認めては,消費者側にあまりに不利益となります。
上記判決は,そのような現実を踏まえて,取引終了時から消滅時効が進行するという見解を採用したのです。
付随・派生する問題点
最一小判平成21年1月22日は,「過払金返還請求権の行使について上記内容と異なる合意が存在するなど特段の事情」がある場合には,取引終了時とは別の時が消滅時効の起算点となると判示しています。
そのため、過払金返還請求権の消滅時効の起算点については、「特段の事情」に当たるか否かが争われるようになっています。
また,上記判決は,あくまで「過払金充当合意」がある取引について,その取引で発生した過払い金返還請求権の消滅時効の起算点を取引終了時とするというものです。したがって,前提としてそもそも過払金充当合意があるのかどうかが問題となってきます。
この問題は,特に取引が分断している場合に問題となってきます。
例えば,分断前の第1取引の終了時からはすでに10年を経過してしまっているものの,第2取引の終了時は10年を経過していないという場合,第1取引で発生した過払い金が時効により消滅するのかどうかは,この第1・第2取引を一連の取引として評価でき,過払金充当合意があるといえるのかどうかが問題となってきます。
一連取引として過払金充当合意があるといえるのであれば,消滅時効の起算点は第2取引の終了時ということになり,第1取引も含めてすべての過払い金は時効によって消滅していないということになります。
他方,一連とはいえないという場合には,第1取引の過払い金の消滅時効の起算点は第1取引の終了時ということになり,時効によって消滅するということになりますから,第2取引の過払い金しか請求できないという異なるということです。
したがって,過払金返還請求権の消滅時効の問題は,取引の分断(取引の一連性)の問題とも大いに関係してくるのです。