この記事は、法トリ(元弁護士)が書いています。
- Q民法における錯誤とは何?
- A
民法における錯誤とは、意思表示に対応する意思を欠く錯誤、または、表意者が法律行為の基礎とした事情についてのその認識が真実に反する錯誤のことです。錯誤による意思表示は、取消しが可能です(民法95条1項)。
このページでは、民法における錯誤について、わかりやすく説明します。
- 民法上の錯誤の種類
- 錯誤による意思表示の効力
- 錯誤取消しの要件・効果・第三者との関係
- 錯誤取消しの方法・手続や期限
- 錯誤による意思表示の追認
- 民法上の錯誤と詐欺・刑法上の錯誤との違い

民法における錯誤とは:錯誤の種類
民法 第95条
- 第1項 意思表示は、次に掲げる錯誤に基づくものであって、その錯誤が法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要なものであるときは、取り消すことができる。
- 第1号 意思表示に対応する意思を欠く錯誤
- 第2号 表意者が法律行為の基礎とした事情についてのその認識が真実に反する錯誤
引用元:e-Gov法令検索
一般的な用語としての錯誤とは、思い違いや勘違いのことです。
ただし、民法における錯誤とは、意思表示に対応する意思を欠く錯誤、または、表意者が法律行為の基礎とした事情についてのその認識が真実に反する錯誤のことです。
具体的には、以下の2種類に分類できます(民法95条1項)。
- 表示行為の錯誤(民法95条1項1号)
意思表示に対応する意思を欠く錯誤- 内容の錯誤
表示行為の意味を誤っているため、意思表示に対応する意思を欠く場合
- 内容の錯誤
- 動機の錯誤(民法95条1項2号)
表意者が法律行為の基礎とした事情についてのその認識が真実に反する錯誤
意思表示に錯誤がある場合、意思表示をした人(表意者)は、意思表示を取り消すことができることがあります(民法95条1項柱書)。
種類1:表示行為の錯誤
表示行為の錯誤とは、意思表示に対応する意思を欠く錯誤です(民法95条1項1号)。内心の意思と表示行為に齟齬がある場合の錯誤です。
簡単に言えば、書き間違いや言い間違いが、表示行為の錯誤に該当します。また、表示の意味内容を間違えている場合(内容の錯誤)も、表示行為の錯誤に含まれます。
表示行為の錯誤の具体例
例えば、AがBに対して所有する物を100万円で売却しようと考えていたにもかかわらず、契約書に間違えて「10万円で売る」と書いてしまったようなケースです。
この場合、Aの内心の意思は「Bに物を100万円で売る」であったにもかかわらず、「Bに物を10万円で売る」と表示しており、内心の意思と表示に齟齬があります。そのため、表示行為の錯誤です。
内容の錯誤
表示行為の錯誤には、内容の錯誤と呼ばれる錯誤もあります。内容の錯誤とは、表示行為の意味を誤っているために、意思表示に対応する意思を欠くことになる場合のことです。
例えば、AがBに対して所有する物を100万円で売却しようと考えていたところ、円とドルの正しい為替レートは1ドル100円であったのに、1ドル125円であると間違えて捉えていたため、契約書に「8000ドルで売る」と書いてしまったようなケースが、内容の錯誤です。
この事例の場合、Aの内心の意思からすれば、本当は「1万ドルで売る」と書かなければいけません。しかし、表示の内容を誤解して、「8000ドルで売る」と書いてしまっています。
Aの内心の意思は「Bに物を100万円=(真実は)1万ドルで売る」であるにもかかわらず、「Bに物を8000ドルで売る」と表示しているので、内心の意思と表示に齟齬があります。
そのため、表示行為の錯誤(内容の錯誤)となります。動機に間違いがあるわけではなく、表示の意味内容を間違えているだけであるため、動機の錯誤ではありません。
種類2:動機の錯誤
動機の錯誤とは、表意者が法律行為の基礎とした事情についてのその認識が真実に反する錯誤のことです(民法95条1項2号)。
動機の錯誤の場合、表意者の内心の意思と表示行為に齟齬はありません。
しかし、内心の意思を形成する過程に瑕疵があるため、真実に反する認識によって動機が形成され、その動機に基づいて内心の意思が形成されています。
この動機の錯誤がある場合も、意思表示の取消しが可能です。ただし、動機の錯誤により取り消す場合には、動機を表示していることが必要となります(民法95条2項)。
動機の錯誤の具体例
例えば、Aが所有する100万円の真正な美術品を、贋作であるので10万円の価値しかないと誤解して「Bに10万円で売る」と表示したようなケースです。
この場合、「Bに10万円で美術品を売る」との内心の意思に基づいて「Bに10万円で売る」と表示しているので、内心の意思と表示に齟齬(表示行為の錯誤)はありません。
しかし、Aは美術品が贋作であり10万円の価値しかないとの真実に反する認識に基づいて、内心の意思を形成して表示行為をしているため、動機の錯誤に該当します。
錯誤による意思表示の効力
意思表示に錯誤がある場合でも、当然に無効と評価されるわけではありません。意思表示に錯誤がある場合は、「取消しができる」ものとなります(民法95条1項柱書)。
錯誤により意思表示が取り消されると、意思表示をした時に遡って始めから無効であったものとみなされます(民法121条)。
民法改正による「無効」から「取消し」への変更
かつては、錯誤による意思表示は「無効」とされていました。
しかし、錯誤は、詐欺や強迫などと同じく意思表示をした人(表意者)を保護するための規定であることから、第三者が無効主張できないなど、無効でありながら取消しに近い効力であると考えられてきました(取消的無効とも呼ばれていました。)。
そこで、民法改正(2020年4月施行)により、錯誤による意思表示は、当然無効ではなく、取消しができるものへと変更されました。
無効と取消しの違い
無効な意思表示は、意思表示した時から当然に効力を有しないことを意味します。
他方、取消しができる意思表示は、当然に効力を有しないわけではなく、取り消されてはじめて、意思表示した時に遡って効力を失います。
取り消されれば最初から効力を生じないことになるとはいえ、取消しができる意思表示は、取り消されるまでは一応有効なものとして存在します。
最初から効力を有しない「無効」と、取り消されるまでは有効である「取消し」は、法律上異なる扱いであるため、混同しないように注意しましょう。
具体的には、以下のような違いがあります。
| 比較項目 | 無効 | 取消し |
|---|---|---|
| 意思表示の効力 | 意思表示した時から効力が生じない | 取り消されるまでは、一応有効に存在する(取り消されると、意思表示した時に遡って無効になる) |
| 主張できる人 | 誰でも主張できる | 法律で定められた取消権者(表意者) |
| 主張できる期間 | 期間制限なし いつでも主張できる | 消滅時効がある(民法126条) 追認できる時から5年または法律行為の時から20年 |
| 追認の効果 | 追認できない(民法119条) | 追認できる(民法123条) |
表示行為の錯誤取消しの要件
表示行為の錯誤がある場合に意思表示を取り消すには、以下の要件を充たす必要があります。
- 表示行為の錯誤があること
- 錯誤が法律行為の目的および取引上の社会通念に照らして重要なものであること
- 錯誤が表意者の重過失に基づくものでないこと
- 意思表示をした本人が取消しの意思表示をすること
以下、それぞれについて詳しく説明します。
要件1:表示行為の錯誤があること
前記のとおり、表示行為の錯誤とは、意思表示に対応する意思を欠く錯誤です(民法95条1項1号)。この表示行為の錯誤がなければ、錯誤取消しはできません。
例えば、Aが所有する甲土地をBに売ろうと考えていたのに、誤って別に所有している乙土地をBに売ると意思表示してしまったようなケースです。
また、表示行為の意味内容を間違えている内容の錯誤の場合も、表示行為の錯誤に該当します。
要件2:錯誤が法律行為の目的および取引上の社会通念に照らして重要なものであること
ただ表示行為の錯誤があれば取り消せるわけではなく、その錯誤が法律行為の目的および取引上の社会通念に照らして重要なものであることが必要です(民法95条1項柱書)。
どのような錯誤が、法律行為の目的・取引の社会通念上重要といえるかは「その錯誤があると気付いていれば、表意者も通常の一般人も意思表示をしなかった」といえる程度のものかどうかを、個別具体的に判断するほかありません。
例えば、売買契約であれば、目的物や代金額などを誤った場合には、法律行為の目的・取引の社会通念上重要な部分に錯誤があるといえるでしょう。
一方、単に目的物の名称を書き間違えただけで目的物を特定するのに何ら支障がない場合や、代金額を「1,000,000円」とするところ、「1,000,001円」としてしまっただけのような場合には、重大な錯誤とはいえないと判断される可能性が高いです。
要件3:錯誤が表意者の重過失に基づくものでないこと
民法 第95条
- 第3項 錯誤が表意者の重大な過失によるものであった場合には、次に掲げる場合を除き、第1項の規定による意思表示の取消しをすることができない。
- 第1号 相手方が表意者に錯誤があることを知り、又は重大な過失によって知らなかったとき。
- 第2号 相手方が表意者と同一の錯誤に陥っていたとき。
引用元:e-Gov法令検索
錯誤したことについて表意者に重大な過失がある場合、原則として、錯誤取消しはできません(民法95条3項柱書)。
ただし、表意者に重過失がある場合でも、一定の事由が存在するときは例外的に錯誤取消しが可能となることもあります(民法95条3項1号、2号)。
表意者の重過失
錯誤取消しできないのは、表意者に「重過失」がある場合です。ただの過失(軽過失)にすぎない場合は、錯誤取消しは可能です。
重過失とは、少し注意すれば錯誤を避けられたはずであるのに、その容易にできる注意すら怠ったような場合を意味します。
そもそも錯誤は、過失に基づくものが大半です。軽過失がある場合まで取消しできないとすると、ほとんどのケースで錯誤取消しできなくなってしまいます。
そのため、錯誤取消しできないのは「重過失」の場合に限られているのです。
表意者に重過失があっても取り消せるケース
前記のとおり、表意者に重過失があると錯誤取消しできないのが原則です。ただし、以下の場合は、表意者に重過失があっても錯誤取消しが可能とされています(民法95条3項1号、2号)。
- 意思表示の相手方が、表意者の錯誤を知っている(悪意)か、または、知らないことに重大な過失がある場合
理由:悪意・重過失のある相手方を保護する必要性が乏しいため - 意思表示の相手方も、同一の錯誤に陥っている場合
理由:相手方も同一の錯誤に陥っており、取り消しても相手方の正当な信頼を裏切ることにはならず、不当な不利益を被らせることにもならないため
要件4:表意者が取消しの意思表示をすること
民法 第120条
- 錯誤、詐欺又は強迫によって取り消すことができる行為は、瑕疵(かし)ある意思表示をした者又はその代理人若しくは承継人に限り、取り消すことができる。
民法 第123条
- 取り消すことができる行為の相手方が確定している場合には、その取消し又は追認は、相手方に対する意思表示によってする。
引用元:e-Gov法令検索
錯誤取消しをするには、表意者が相手方に対して、意思表示を錯誤により取り消す旨の意思表示をする必要があります(民法120条、123条)。
意思表示の相手方や第三者が、表意者の錯誤を理由に意思表示を取り消すことはできません。
錯誤によってした意思表示であっても、取り消すか否かについて表意者の意思を尊重するため、取消権者が表意者だけに限定されているのです。
動機の錯誤取消しの要件
動機の錯誤の場合は、以下の要件を充たしていなければ、錯誤取消しはできません。
- 動機の錯誤があること
- 錯誤が法律行為の目的および取引上の社会通念に照らして重要なものであること
- 法律行為の基礎とした事情(動機)が法律行為の基礎とされていることが表示されていたこと
- 錯誤が表意者の重過失に基づくものでないこと
- 意思表示をした本人が取消しの意思表示をすること
要件1:動機の錯誤があること
前記のとおり、動機の錯誤とは、表意者が法律行為の基礎とした事情についてのその認識が真実に反する錯誤のことです(民法95条1項2号)。
表示行為の錯誤がない場合でも、動機の錯誤がある場合には、意思表示の取消しが可能です。
例えば、甲土地の近くに新駅ができて地価が高騰すると誤解して、Aは甲土地を所有するBから買うとの意思表示をしたが、結局新駅が作られる事実はなかったような場合です。
要件2:錯誤が法律行為の目的および取引上の社会通念に照らして重要なものであること
動機の錯誤においても、意思表示を取り消すには、その錯誤が法律行為の目的および取引上の社会通念に照らして重要なものであることが必要です。
前記の表示行為の錯誤と同様、軽微な錯誤に過ぎない場合は、取り消しはできないでしょう。
要件3:動機が法律行為の基礎とされていることが表示されていたこと
民法 第95条
- 第2項 前項第2号の規定による意思表示の取消しは、その事情が法律行為の基礎とされていることが表示されていたときに限り、することができる。
引用元:e-Gov法令検索
動機に錯誤があっても、何も動機が示されていなければ、意思表示の相手方は、どこに錯誤があるのかわかりません。錯誤があることがわからなければ、相手方は是正することさえできません。
それにもかかわらず、いきなり意思表示を取り消すと言われるのでは、相手方に酷です。
そこで、動機の錯誤の場合は、動機が法律行為の基礎とされていることが表示されていない限り、錯誤取消しできないものとされています(民法95条2項)。
例えば、前記の例で言えば、売買契約において甲土地の近くに新駅が作られることが表示されていた場合に限り、意思表示を取り消せることになります。
要件4:錯誤が表意者の重過失に基づくものでないこと
動機の錯誤の場合も、表示行為の錯誤と同様、錯誤が表意者の重過失に基づくものでないことが取消しの要件です(民法95条3項柱書)。軽過失に過ぎない場合には、取消し可能です。
また、以下の場合は、表意者に重過失があっても取り消せることも、表示行為の錯誤と同じです(民法95条3項1号、2号)。
- 意思表示の相手方が、表意者の錯誤を知っている(悪意)か、または、知らないことに重大な過失がある場合
理由:悪意・重過失のある相手方を保護する必要性が乏しいため - 意思表示の相手方も、同一の錯誤に陥っている場合
理由:相手方も同一の錯誤に陥っており、取り消しても相手方の正当な信頼を裏切ることにはならず、不当な不利益を被らせることにもならないため
要件5:表意者が取消しの意思表示をすること
動機の錯誤を理由に意思表示を取り消す場合も、表意者が意思表示の相手方に対して取消しの意思表示をしなければいけません(民法120条、123条)。
錯誤取消しの効果
錯誤による意思表示が取り消されると、その意思表示は遡及的に無効となり、当事者に原状回復義務が発生します。
効果1:意思表示が遡及的に無効になる
民法 第121条
- 取り消された行為は、初めから無効であったものとみなす。
引用元:e-Gov法令検索
錯誤による意思表示が取り消されると、その意思表示は、意思表示をした時に遡って無効になります(遡及効。民法121条)。
取消しをした時点から無効になるのではなく、意思表示をした時に遡って無効であった扱いになるのです。
効果2:意思表示の当事者に原状回復義務が発生する
民法 第121条の2
- 第1項 無効な行為に基づく債務の履行として給付を受けた者は、相手方を原状に復させる義務を負う。
- 第2項 前項の規定にかかわらず、無効な無償行為に基づく債務の履行として給付を受けた者は、給付を受けた当時その行為が無効であること(給付を受けた後に前条の規定により初めから無効であったものとみなされた行為にあっては、給付を受けた当時その行為が取り消すことができるものであること)を知らなかったときは、その行為によって現に利益を受けている限度において、返還の義務を負う。
引用元:e-Gov法令検索
意思表示が錯誤取消しされると、意思表示の当事者は、互いに原状回復義務を負います(民法121条の2第1項)。原状回復とは、意思表示をする前の状態に戻すことです。
例えば、売買契約が錯誤により取り消された場合、売主は受け取った代金を買主に返還し、買主は受け取った目的物を売主に返還しなければなりません。
ただし、給付を受け取った当時に意思表示が取り消すことができるものであることを知らなかった場合は、現存利益を返還すれば足ります(民法121条の2第2項)。
なお、遡及的に無効になるため、まだ履行していない債務は消滅します。
錯誤取消しの方法・手続
錯誤取消しをする場合は、表意者が、意思表示の相手方に対して、錯誤取消しをする旨の意思表示をする必要があります(民法123条)。
この取消しの意思表示が相手方に到達すると、錯誤による意思表示は取り消されて遡及的に無効になります(民法97条1項)。
取消しの意思表示の方法には、特別な決まりはありません。口頭ですることも可能ではあります。ただし、意思表示をしたことを明確にさせるためには、書面で通知した方がよいでしょう。
実務では、確実に取消しの意思表示が相手に届いたことの証拠を残しておくため、配達証明をつけた内容証明郵便で通知書を送るのが一般的です。
錯誤取消しできる期間
民法 第126条
- 取消権は、追認をすることができる時から5年間行使しないときは、時効によって消滅する。行為の時から20年を経過したときも、同様とする。
引用元:e-Gov法令検索
錯誤取消しには、期限があります。いつまででも、取消しができるわけではありません。
具体的にいうと、以下の期間を過ぎると、取り消す権利(取消権)自体が消滅して錯誤取消しができなくなります(民法126条)。
- 追認をすることができる時(錯誤に気づいた時)から5年間
- 錯誤により意思表示をした時から20年間
なお、取消権が時効消滅してしまった場合は、意思表示が有効なものとして確定します。
錯誤取消しと第三者
前記のとおり、錯誤がある場合、表意者は意思表示を取り消すことが可能です。取り消されれば、意思表示ははじめに遡って効力を失います。
ただし、錯誤取消しの対象となる意思表示について法的な利害関係を有する第三者がいる場合には、取消しを対抗できないことがあります。
錯誤取消し前の第三者
民法 第95条
- 第4項 第1項の規定による意思表示の取消しは、善意でかつ過失がない第三者に対抗することができない。
引用元:e-Gov法令検索
錯誤取消し前の第三者とは、例えば、Aが所有する不動産をBに売り渡し、Bがその不動産をCに転売した後、AがAB間の売買契約を錯誤取消ししたようなケースです。
錯誤取消し前の第三者との関係
前記のとおり、錯誤取消しがされると、意思表示ははじめから効力がなかったことになります(遡及効。民法121条)。
上記事例の場合、AB間の売買契約が取り消されると、Bは契約締結時に遡って無権利者となります。そのため、無権利のBから買い受けたCも無権利であり、AはCに錯誤取消しを主張して、不動産の返還を求められるはずです。
しかし、錯誤であることを知らずに(善意で)取引をしたにもかかわらず、後に錯誤取消しにより権利を失うことになるとすると、取引の安全を害します。
そこで、取消しによる遡及効を制限して取引安全を確保するため、表意者は、錯誤があることを知らず、知らないことに落ち度のない(善意無過失)の錯誤取消し前の第三者に対しては、錯誤取消しを主張(対抗)できないものとされています(民法95条4項)。
前記の事例でも、Cが善意無過失であれば、AはCに対して錯誤取消しを対抗できず、不動産の返還を求めることができません。
錯誤取消し前の第三者の保護要件
前記のとおり、錯誤取消し前の第三者が保護されるためには、「善意無過失」であることが求められます。善意であっても、過失がある場合は、保護されません。
錯誤の場合、表意者は意図的に間違った意思表示をしているわけではありません。真実に反する外観を作出したことについての責任(帰責性)は大きくありません。
そのため、第三者側の保護要件を厳格なものとする(善意だけでなく無過失も必要とすら)ことによって、表意者保護と取引安全確保のバランスを図っているのです。
錯誤取消し後の第三者
錯誤取消し後の第三者とは、例えば、Aが所有する不動産をBに売却したものの、AがAB間の売買契約を錯誤取消しした後に、BがCに不動産を転売したようなケースです。
錯誤取消し後の第三者との関係
民法95条4項の第三者は、錯誤取消し前の第三者を指していると考えられます。そのため、錯誤取消し後の第三者は、民法95条4項の保護を受けません。
ただし、錯誤取消しをすると意思表示により移転していた権利が、表意者に復帰します。この権利の復帰と相手方から第三者への権利移転の関係は、二重譲渡に類似する関係です。
そこで、表意者と錯誤取消し後の第三者は対抗関係となり、先に対抗要件を備えた方が権利を主張(対抗)できると考えられています。
上記の事例で言えば、AとCは対抗関係となり、先に不動産の登記を備えた方が所有権を主張できることになります。
錯誤取消し後の第三者の保護要件
前記のとおり、表意者と錯誤取消し後の第三者は、対抗問題として優劣が決められます。
そのため、錯誤取消し後の第三者が保護されるか否かは、表意者よりも先に対抗要件を備えるか否かによります。善意・悪意(背信的悪意を除く)は問題となりません。
錯誤による意思表示の追認
表意者は、錯誤による意思表示を取り消すことができるだけでなく、追認することも可能です。追認とは、取消しができる意思表示を有効なものとして確定させることを意味します。
追認の効果
民法 第122条
- 取り消すことができる行為は、第120条に規定する者が追認したときは、以後、取り消すことができない。
引用元:e-Gov法令検索
表意者(またはその代理人もしくは承継人)が錯誤による意思表示を追認した場合、その意思表示は有効なものとして確定します。
そのため、いったん追認した後は、取消しはできなくなります(民法122条)。
追認の要件
民法 第124条
- 第1項 取り消すことができる行為の追認は、取消しの原因となっていた状況が消滅し、かつ、取消権を有することを知った後にしなければ、その効力を生じない。
引用元:e-Gov法令検索
錯誤による意思表示を追認するには、以下の要件が必要です(民法124条1項)。
- 錯誤に気づいた後にすること
追認できるのは、表意者が錯誤を認識していることが必要です。 - 表意者が取消権を有することを知っていること
表意者が、意思表示を取り消せることを知りながら追認したものでなければいけません。取消しできることを知らずに追認したとしても、追認の効果は発生しません。 - 表意者が意思表示の相手方に対して追認の意思表示をすること(民法123条)
追認をするには、表意者または代理人もしくは承継人が、意思表示の相手方に対して追認の意思表示をする必要があります。
法律上当然に追認とみなされる場合(法定追認)
民法 第125条
- 追認をすることができる時以後に、取り消すことができる行為について次に掲げる事実があったときは、追認をしたものとみなす。ただし、異議をとどめたときは、この限りでない。
- 第1号 全部又は一部の履行
- 第2号 履行の請求
- 第3号 更改
- 第4号 担保の供与
- 第5号 取り消すことができる行為によって取得した権利の全部又は一部の譲渡
- 第6号 強制執行
引用元:e-Gov法令検索
前記の要件を充たす場合だけでなく、表意者が以下の行為をした場合は、自動的に追認したものとして扱われます(法定追認。民法125条柱書本文)。
ただし、表意者が異議をとどめた場合(追認するわけではないと明らかにしていた場合)は、法定追認の効果は生じません(民法125条ただし書)。
追認の方法・手続
錯誤による意思表示を追認する場合も、表意者が、取り消そうとしている意思表示の相手方に対して「意思表示を追認する」旨の意思表示をする必要があります(民法123条)。
特別な手続をする必要はなく、意思表示の相手方に追認の意思表示が到達すれば、追認の効果が発生します(民法97条1項)。
実務では、追認の意思表示が確実に届いたことを証拠として残しておくため、配達証明を付けた内容証明郵便で、追認する旨の意思表示を記載した書面(通知書)を郵送するのが、一般的です。
追認できる期間
追認できる期間は、特に決まっていません。
取消権が時効消滅すると、それ以降取り消せなくなるので、追認したのと同じ状況になります。そのため、あえて追認権の期間を決める必要がないのです。
錯誤と心裡留保・虚偽表示・詐欺・強迫との違い
内心の意思を欠く意思表示のことを意思表示の欠缺といい、内心の意思の形成過程に問題があることを意思表示の瑕疵ということがあります(厳密に区別しない考え方もあります。)。
この分類に従えば、表示行為の錯誤は意思表示の欠缺、動機の錯誤は意思表示の瑕疵と捉えることができるでしょう。
民法では、錯誤のほか、意思表示に欠缺・瑕疵がある場合として、「心裡留保」「虚偽表示」「詐欺」「強迫」を規定しています。
錯誤と心裡留保
心裡留保とは、意思表示をした本人(表意者)が、真意ではないことを知りながら意思表示をすることです(民法93条1項本文)。要するに、表意者が嘘の意思表示をすることが心裡留保です。
相手方が善意無過失である場合、心裡留保による意思表示は完全に有効です。錯誤と違って、取り消すこともできません。
ただし、相手方が表意者の真意でない意思表示であることを知っていた(悪意)か、知らないことに過失がある場合は「無効」となります(民法93条1項ただし書)。錯誤のような「取消し」ではなく、当然に無効になります。
なお、相手方が悪意または有過失であるため心裡留保による意思表示が無効となる場合でも、「善意」の第三者には無効を対抗できません(民法93条2項)。
第三者の保護要件が善意のみで足りる点も、第三者の保護要件として善意無過失が要求される錯誤取消しとの違いがあります。
錯誤と虚偽表示の違い
虚偽表示とは、相手方と通じて虚偽の意思表示をすることです。この虚偽表示は「無効」です(民法94条1項)。取消しができる錯誤とは違います。
ただし、虚偽表示の無効は、「善意」の第三者に対抗できません(民法94条2項)。第三者の保護要件が善意のみで足りる点も、善意無過失が要求される錯誤取消しとの違いです。
錯誤と詐欺の違い
錯誤と同じように、意思表示を取り消せるものとして、「詐欺」があります。詐欺とは、他人を欺罔して錯誤に陥らせて、真意でない意思表示をさせることです(民法96条1項)。
表意者が錯誤に陥っている点では、錯誤と詐欺は同じです。
しかし、錯誤の場合は、他人の行為によって錯誤に陥っているとは限りませんが、詐欺の場合は、他人の行為によって錯誤に陥っている点に違いがあります。
そのため、錯誤の場合は表意者に重過失があると原則として意思表示を取り消せませんが、詐欺の場合は表意者が重過失であっても、意思表示を取り消せます。
なお、錯誤取消しと同様、詐欺取消しも、「善意無過失」の第三者には対抗できません(民法96条3項)。
錯誤と強迫の違い
民法における強迫とは、暴行や害悪の告知などにより相手方を畏怖させて、真意でない意思表示をさせることです。この強迫による意思表示も、錯誤と同様、取り消すことができます(民法96条1項)。
錯誤や詐欺は、表意者が錯誤に陥って誤った意思表示をしてしまうケースですが、強迫の場合は、錯誤に陥っているのではなく、自由意思を抑圧されて誤った意思表示をさせられています。
そのため、表意者を保護する必要性が高いことから、強迫による意思表示の取消しは、錯誤や詐欺と異なり、善意無過失の第三者にも対抗できます。
意思表示の欠缺・瑕疵のまとめ一覧表
意思表示の欠缺・瑕疵をまとめると、以下のようになります。
| 意思表示の欠缺・瑕疵 | 意思表示の効力 | 第三者との関係 |
|---|---|---|
| 心裡留保 | 原則有効 ただし、相手方が悪意または過失があるときは無効 | 「善意」の第三者に無効を対抗できない |
| 虚偽表示 | 無効 | 「善意」の第三者に無効を対抗できない |
| 錯誤 | 取消しができる | 「善意無過失」の第三者に取消しを対抗できない |
| 詐欺 | 取消しができる | 「善意無過失」の第三者に取消しを対抗できない |
| 強迫 | 取消しができる | 第三者が善意無過失であっても取消しを対抗できる |
民法の錯誤と刑法の錯誤
錯誤の用語は、民法だけでなく、刑法においても使われます。
これまで説明してきたように、民法での錯誤は、意思表示を取り消せるか否かに関わる問題です。他方、刑法上の錯誤は、犯罪の成否に関わる問題です。
刑法上の錯誤としては、具体的には、事実の錯誤、法律の錯誤といった問題があります。
- 事実の錯誤
行為者の主観と現実に発生した事実に齟齬があること。事実に錯誤があったとしても、行為者の故意(構成要件的故意)は阻却されない。
例えば、Aを殺すつもりで、間違えてBを殺害してしまったとしても、「人を殺す」認識に齟齬はない以上、犯罪の成立要件である故意は阻却されません。 - 法律の錯誤
事実の認識に誤りはないが、その事実が法的に違法と評価されるか否かの認識に誤りがあること。法律の錯誤があっても、故意(責任故意)は阻却されない。
例えば、実際は通帳の売買は犯罪に該当するのに、罪にならないと勘違いして自分名義の銀行預金通帳を売却した場合、犯罪の成立要件である故意は阻却されません。
この記事は、法トリ(元弁護士)が書いています。
この記事が参考になれば幸いです。
民法と資格試験
民法は、私法の基本法です。我々の生活に最も身近な法律です。
そのため、例えば、司法試験(本試験)、司法試験予備試験、司法書士試験、行政書士試験、宅建試験、マンション管理士試験・・・など、実に多くの資格試験の試験科目になっています。
これら法律系資格の合格を目指すなら、民法を攻略することは必須条件です。
とは言え、民法は範囲も膨大です。メリハリを付けないと、いくら時間があっても合格にはたどり着けません。効率的に試験対策をするには、予備校や通信講座などを利用するのもひとつの方法でしょう。
STUDYing(スタディング)
・司法試験・予備試験も対応
・スマホ・PC・タブレットで学べるオンライン講座
・有料受講者数20万人以上・低価格を実現
参考書籍
本サイトでも民法について解説していますが、より深く知りたい方や資格試験勉強中の方のために、民法の参考書籍を紹介します。
新訂民法総則(民法講義Ⅰ)
著者:我妻榮 出版:岩波書店
民法の神様が書いた古典的名著。古い本なので、実務や受験にすぐ使えるわけではありませんが、民法を勉強するのであれば、いつかは必ず読んでおいた方がよい本です。ちなみに、我妻先生の著書として、入門書である「民法案内1(第二版)」や「ダットサン民法総則・物権法(第4版)」などもありますが、いずれも良著です。
我妻・有泉コンメンタール民法(第8版)
著者:我妻榮ほか 出版:日本評論社
財産法についての逐条解説書。現在も改訂されています。家族法がないのが残念ですが、1冊で財産法全体についてかなりカバーできます。辞書代わりに持っていると便利です。
司法試験・予備試験など資格試験向けの参考書籍としては、以下のものがあります。
民法(全)(第3版補訂版)
著者:潮見佳男 出版:有斐閣
1冊で民法総則から家族法まで収録されています。基本書というより入門書に近いでしょう。民法全体を把握するのにはちょうど良い本です。
民法の基礎1(総則)第5版
著者:佐久間毅 出版:有斐閣
民法総則の基本書。基礎的なところから書かれており、読みやすく情報量も多いので、資格試験の基本書として使うには十分でしょう。
スタートアップ民法・民法総則(伊藤真試験対策講座1)
著者:伊藤塾 出版:弘文堂
いわゆる予備校本。予備校本だけあって、実際の出題傾向に沿って内容が絞られており、分かりやすくまとまっています。民法は範囲が膨大なので、学習のスタートは、予備校本から始めてもよいのではないでしょうか。
関連する資格試験の過去問
錯誤に関しては、資格試験の過去問でも出題されています。
- 宅建試験令和元年問2
論点:詐欺取消し前の第三者・詐欺取消し後の第三者・錯誤取消し - 宅建試験令和2年度(10月)問6
論点:動機の錯誤・錯誤取消しの要件 - 宅建試験令和7年度問3
心裡留保の効力・虚偽表示と第三者・錯誤の効力・詐欺取消し前の第三者


