この記事は、法トリ(元弁護士)が書いています。

賃貸借契約において目的物を借りる側の当事者のことを「賃借人(借主)」といいます。賃借人は、目的物を使用収益する権利を取得する反面、賃料支払義務、善管注意義務、通知義務、用法遵守義務、目的物返還義務など各種の法的義務を負うことになります。
賃借人(ちんしゃくにん)とは
賃貸借契約は,当事者の一方がある物の使用・収益を相手方にさせることを約し,相手方がこれに対してその賃料を支払うことおよび引渡しを受けた物を契約が終了したときに返還することを約することによって効力を生ずる契約です(民法601条)。
この賃貸借契約において,目的物を使用収益させてもらう代わりに賃料を支払う側の当事者のことを「賃借人」といいます。
また,土地の賃借人のことを「借地人」,建物の賃借人のことを「借家人」と呼ぶ場合もあります。
賃借人には,目的物を使用収益させてもらう権利がありますが,その反面,さまざまな法的義務を負うことにもなります。
賃貸借契約における賃借人の基本的義務は賃料(家賃・地代など)を支払う義務と賃貸借終了時に目的物を返還する義務ですが,そのほかにも,目的物の善管注意義務・用法遵守義務などを負うことになります。
- 賃料支払義務(民法601条)
- 善管注意義務(民法400条)
- 用法遵守義務(民法616条、594条1項)
- 通知義務(民法615条)
- 目的物返還義務(民法601条)
- 原状回復義務(民法621条)
- 付属物収去義務(民法622条、599条1項)
賃料支払義務
民法 第601条
- 賃貸借は、当事者の一方がある物の使用及び収益を相手方にさせることを約し、相手方がこれに対してその賃料を支払うこと及び引渡しを受けた物を契約が終了したときに返還することを約することによって、その効力を生ずる。
前記のとおり、賃借人は賃貸人に対して「賃料」を支払う義務があります。
賃料とは、賃借物利用の対価として支払う金銭のことです。建物の賃料は「家賃」、土地の賃料は「地代」などと呼ばれることもあります。
賃料の支払時期・方法
民法 第614条
- 賃料は、動産、建物及び宅地については毎月末に、その他の土地については毎年末に、支払わなければならない。ただし、収穫の季節があるものについては、その季節の後に遅滞なく支払わなければならない。
賃料の支払時期は、民法上、以下のように定められています(民法614条)。
- 動産・建物・宅地:毎月末
- 宅地以外の土地:毎年末
- 収穫の季節のあるもの:収穫の後遅滞なく
上記のとおり、民法では、賃料の支払時期は後払いが原則とされています。もっとも、当事者間の特約で先払い(後払い)とすることも可能です。むしろ,実際の不動産賃貸借では、先払い(後払い)とされている方が一般的でしょう。
また、現金払いなのか振込なのかなど、賃料の支払方法も、当事者間の合意で決めることができます。もっとも、これも賃貸人によって指定されていることが多いでしょう。
賃料の増額
賃料の額は、当事者間で合意すれば変更可能です。とはいえ、賃料の増額は賃借人の負担を重くすることですから、賃借人が応じないことも多いでしょう。賃借人が応じなければ、賃料の増額は成立しません。
ただし、建物の賃貸借においては、当事者間の合意がなくても、以下の場合に賃料増額が認められます(借地借家法32条1項)。
- 以下の事情変更などによって賃料が不相当となった場合
- 土地もしくは建物に対する租税その他の負担の増減
- 土地もしくは建物の価格の上昇もしくは低下その他の経済事情の変動
- 近傍同種の建物の借賃に比較して不相当となったこと
- 一定の期間建物の借賃を増額しない旨の特約がないこと
この場合、賃借人は、増額を正当とする裁判が確定するまでは、相当と考える賃料を支払えば足ります。ただし、増額を正当とする裁判が確定した場合には、不足額に年10パーセントの割合の利息を付けて支払う必要があります(借地借家法32条2項)。
賃料の減額
賃料の減額も、当事者間で合意すれば有効です。もっとも、減額の場合は、賃貸人が応じないために成立しないことが多いでしょう。
ただし、耕作・牧畜を目的とする土地賃借人は、不可抗力によって賃料より少ない収益を得たときは、その収益の額に至るまで、賃料減額を請求することができます(民法609条)。
また、賃借物の一部が滅失その他の事由により使用・収益できなくなった場合、賃借人の責めに帰することができない事由によるものであるときは、賃料は、その使用・収益をできなくなった部分の割合に応じて、減額されます(民法611条1項)。
上記のほか、建物賃貸借の場合は、前記の増額の場合と同様、経済的事情の変動などがあるときは、借地借家法32条1項に基づいて減額請求ができます。
この場合、賃貸人は、減額を正当とする裁判が確定するまでは、相当と考える賃料を請求できます。ただし、減額を正当とする裁判が確定した場合には、超過額に受領時から年10パーセントの割合の利息を付けて支払う必要があります(借地借家法32条2項)。
善管注意義務
民法 第400条
- 債権の目的が特定物の引渡しであるときは、債務者は、その引渡しをするまで、契約その他の債権の発生原因及び取引上の社会通念に照らして定まる善良な管理者の注意をもって、その物を保存しなければならない。
賃借人には、賃借物を使用収益する権利があります。とはいえ,あくまで借りている物ですから,目的物の所有者や賃貸人の権利を侵害するような態様での使用収益が認められないということはいうまでもありません。
そのため,賃借人は,引渡しを受けた賃借物を善良なる管理者としての注意義務(「善管注意義務」といいます。)をもって保管しなければならないものとされています(民法400条)。
善管注意義務は、民法その他の法令において定められている「自己の財産におけると同一の注意をなす義務」や「自己のためにすると同一の注意をなす義務」などよりも重い注意義務であると解されています。
つまり、自分の財産を管理するのよりも注意をして財産を管理・保管しなければならないのが、善管注意義務です。賃借物は、あくまで他人の物であるとして使用収益する必要があるのです。
通知義務
民法 第615条
- 賃借物が修繕を要し、又は賃借物について権利を主張する者があるときは、賃借人は、遅滞なくその旨を賃貸人に通知しなければならない。ただし、賃貸人が既にこれを知っているときは、この限りでない。
賃借人は、以下の事項を遅滞なく賃貸人に通知しなければならない義務があります(民法615条)。
- 賃借物の修繕が必要な場合
- 賃借物について権利を主張する者がいる場合
ただし、上記の事柄を賃貸人がすでに知っている場合には、通知義務は発生しません(民法615条ただし書き)。
用法遵守義務
民法 第616条
- 第594条第1項の規定は、賃貸借について準用する。
民法 第594条
- 第1項 借主は、契約又はその目的物の性質によって定まった用法に従い、その物の使用及び収益をしなければならない。
前記のとおり,賃借人といえど,目的物の使用者や賃貸人の権利を侵害するような態様での使用収益は許されません。
そのため,賃借人は,賃貸借契約や目的物の性質に応じた使用方法で目的物を使用収益しなければならない義務を負います。これを用法遵守義務といいます(民法616条、594条1項)。
不動産賃貸借の場には,性質的にいえば,土地や建物は使用方法がかなり広汎です。そのため,使用方法を制限するため,通常は,契約において使用方法を定めておくのが一般的でしょう。
例えば,建物賃貸借において,ペット禁止やピアノ禁止などの定めをしているというような場合です。これらが定められている場合には、賃借人はその定めに従って使用収益しなければならない義務を負うことになります。
目的物返還義務
賃貸借契約が終了した場合,賃借人は,その目的物を原状回復して賃貸人に返還する義務を負います。これを目的物返還義務といいます(民法601条)。
この目的物を返還する場合、ただ賃借物を返還すればよいだけではありません、賃借人は、返還に当たって、原状回復をし(民法621条)、付属物を収去しなけばらない義務を負います(民法622条、599条1項)。
なお、敷金を差し入れていた場合、敷金返還請求権と不動産の明渡しは同時履行の関係にたたないと解されています。したがって、まず原状回復・付属物収去をして目的物を返還してから敷金の返還を請求するのが原則です(最一小判昭和49年9月2日)。
原状回復義務
民法 第621条
- 賃借人は、賃借物を受け取った後にこれに生じた損傷(通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年変化を除く。以下この条において同じ。)がある場合において、賃貸借が終了したときは、その損傷を原状に復する義務を負う。ただし、その損傷が賃借人の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。
前記のとおり、賃借人は、賃借物を「原状回復」して賃貸人に返還しなければなりません(民法621条)。
原状回復とは、賃借物を受け取った後に生じた損傷を賃貸借契約成立時の状態に戻すことです。
民法改正によって、原状回復義務が明文化され、通常の使用収益によって生じた賃借物の損耗(通常損耗)および賃借物の経年変化による損傷については、原状回復すべき損傷から除かれることが規定されました。
ただし、何が通常損耗であり、何が経年変化であるかは、それぞれの事案によって具体的な判断が必要となります。
この判断には、国土交通省の原状回復にかかるガイドライン(原状回復ガイドライン)が参考になります。このガイドラインは、国交省が定めた建物賃貸借における原状回復についてのガイドラインです。
この原状回復ガイドラインでは、建物賃貸借における原状回復とは「賃借人の居住、使用により発生した建物価値の減少のうち、賃借人の故意・過失、善管注意義務違反、その他通常の使用を超えるような使用による損耗・毀損(以下「損耗等」という。)を復旧すること」と定義されています。
なお,原状回復はあくまで賃貸人のためになされるものですから,当事者間の合意で原状回復が不要と定められていれば,原状回復をせずに返還すれば足りることになります。
付属物の収去義務
民法 第622条
- 第597条第1項、第599条第1項及び第2項並びに第六百条の規定は、賃貸借について準用する。
民法 第599条
- 第1項 借主は、借用物を受け取った後にこれに附属させた物がある場合において、使用貸借が終了したときは、その附属させた物を収去する義務を負う。ただし、借用物から分離することができない物又は分離するのに過分の費用を要する物については、この限りでない。
前記のとおり、賃借人は、賃借物を返還するに当たって、賃借物に付属させた物を収去する義務を負います(民法622条、599条1項本文)。
付属物としては、例えば、賃貸借契約後に賃借建物に備え付けたクーラーなどの空調設備やカーテンなどです。
ただし、賃借物から分離できない物や分離するのに過分の費用を要する物については、収去義務を負いません(民法622条、599条1項ただし書き)。
なお、原状回復はあくまで賃貸人のためになされるものですから、当事者間の合意で付属物収去が不要と定められていれば、付属物収去をせずに返還すれば足りることになります。
その他の特約に基づく義務
前記までの義務は,賃貸借契約における基本的な賃借人の義務ですが,当事者間で別途特約を定めていた場合には,その特約に従った義務を負うことになります。
例えば,当事者間の契約で,敷金を支払うことや更新料を支払うことを取り決めていた場合には,賃借人は,契約に従って,敷金や更新料を支払う義務を負うことになります。
賃借人が義務に違反した場合の責任
前記の賃料支払義務、善管注意義務、用法遵守義務などを賃貸人が怠った場合、賃貸人は、債務不履行責任(損害賠償責任)を負担することになり、賃貸人は、以下の措置をとることができます。
この記事は、法トリ(元弁護士)が書いています。
この記事が参考になれば幸いです。
民法と資格試験
民法は、私法の基本法です。我々の生活に最も身近な法律です。
そのため、例えば、司法試験(本試験)、司法試験予備試験、司法書士試験、行政書士試験、宅建試験、マンション管理士試験・・・など、実に多くの資格試験の試験科目になっています。
これら法律系資格の合格を目指すなら、民法を攻略することは必須条件です。
とは言え、民法は範囲も膨大です。メリハリを付けないと、いくら時間があっても合格にはたどり着けません。効率的に試験対策をするには、予備校や通信講座などを利用するのもひとつの方法でしょう。
STUDYing(スタディング)
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参考書籍
本サイトでも民法について解説していますが、より深く知りたい方や資格試験勉強中の方のために、民法の参考書籍を紹介します。
新訂債権各論中巻一(民法講義Ⅴ2)
著者:我妻榮 出版:岩波書店
民法の神様が書いた古典的名著。古い本なので、実務や受験にすぐ使えるわけではありませんが、民法を勉強するのであれば、いつかは必ず読んでおいた方がよい本です。ちなみに、我妻先生の著書として、入門書である「民法案内11(契約各論上)」や「ダットサン民法2 債権法(第4版)」などもありますが、いずれも良著です。
我妻・有泉コンメンタール民法(第8版)
著書:我妻榮ほか 出版:日本評論社
財産法についての逐条解説書。現在も改訂されています。家族法がないのが残念ですが、1冊で財産法全体についてかなりカバーできます。辞書代わりに持っていると便利です。
契約法(新版)
著者:中田裕康 出版:有斐閣
契約法の概説書です。債権法の改正にも対応しています。説明は分かりやすく、情報量も十分ですので、基本書として使えます。
司法試験・予備試験など資格試験向けの参考書籍としては、以下のものがあります。
民法(全)(第3版補訂版)
著者:潮見佳男 出版:有斐閣
1冊で民法総則から家族法まで収録されています。基本書というより入門書に近いでしょう。民法全体を把握するのにはちょうど良い本です。
基本講義 債権各論Ⅰ(契約法・事務管理・不当利得)第4版補訂版
著者:潮見佳男ほか 出版:新世社
債権各論全般に関する概説書。どちらかと言えば初学者向けなので、読みやすい。情報量が多いわけではないので、他でカバーする必要はあるかもしれません。
債権各論(第4版)伊藤真試験対策講座4
著者:伊藤塾 出版:弘文堂
いわゆる予備校本。予備校本だけあって、実際の出題傾向に沿って内容が絞られており、分かりやすくまとまっています。民法は範囲が膨大なので、学習のスタートは、予備校本から始めてもよいのではないでしょうか。


