この記事は、法トリ(元弁護士)が書いています。

賃貸借契約を解除するには,信頼関係破壊の理論によって,「信頼関係の破壊(背信行為)と認めるに足りない特段の事情」が必要です。
信頼関係破壊の理論(背信行為論)とは
賃貸借契約が解除されれば,賃貸借契約はそれ以降無かったことになります。賃貸借契約は終了するのです。
賃貸人と賃借人との間の合意によって解除(解約)することは自由です。
しかし,賃貸人が,賃借人の約定違反、債務不履行、賃借物件の無断転貸・無断賃借権譲渡などを理由として賃貸借契約を解除することは,簡単ではありません。
賃貸借契約のような当事者間の信頼関係を基礎とする継続的契約においては,信頼関係破壊の法理(背信行為論)が適用されるからです。
信頼関係破壊の法理(背信行為論)とは,当事者間の信頼関係を基礎とする継続的契約については,単に法律で定められている要件を満たしただけは解除はできず,当事者間の信頼関係を破壊したといえるほどの契約違反がなければ解除ができないという法理論です。
最高裁判所の判例でも信頼関係破壊の理論は採用されています。判例によると、「信頼関係の破壊(背信行為)と認めるに足りない特段の事情」がある場合には,賃貸借契約を解除ができないとされています。
解除の制限と拡大
前記のとおり、信頼関係破壊の理論(法理)は、主として、解除を制限する方向で働く法理論です。
もっとも、継続的契約は高度の信頼関係に基づいていると考えるのであれば、信頼関係が破壊されていない場合には解除が制限されると考えるだけでなく、信頼関係が著しく破壊されている場合にはもはや契約を維持する必要がないので、解除を積極的に認めるべきと考えることもできます。
そのため、信頼関係破壊の法理は、解除を制限する方向だけではなく、解除を拡大する方向に働くこともあります。
具体的には、信頼関係の破壊が著しい場合には、法律や契約の約定で定める解除事由がないときでも、信義則上の付随義務違反に基づく解除が認められることがあります。
また、債務不履行または約定解除において事前の催告を要する場合でも、信頼関係の破壊が著しい場合には、催告なしで解除することを認めることもあります。
したがって、信頼関係破壊の法理については、具体的なケースにおいて、解除を制限する方向性での適用なのか、解除を拡大する方向性での適用なのかを考えることも必要となってきます。
信頼関係破壊の理論(法理)が適用される解除の種類
賃貸借契約を解除できる場合として、当事者間の合意に基づく合意解除、当事者間で定めた約定に基づく約定解除、法律の規定に基づく法定解除があります。
このうち合意解除については、信頼関係破壊の法理の適用はありません。当事者間で解除に合意している以上、その合意自体も信頼関係に基づいているといえるからです。
他方、約定解除や法定解除の場合には、信頼関係破壊の理論の適用があります。
ただし、法定解除の場合には、債務不履行による解除と無断賃借権譲渡・無断転貸による解除の場合には適用があるものの、減収(民法610条)や使用収益できなくなったこと(民法611条2項)による賃借人の解除などの場合には、信頼関係破壊の理論の適用はありません。
使用収益できなくなった場合や減収が引き続いた場合にまで賃貸借契約を存続しなければならないとすると、かえって当事者、特に賃借人に損失を及ぼすことになるからです。
信頼関係破壊の判断基準
信頼関係破壊の理論(法理)には、具体的な明文の規定がありません。信義則(民法1条2項)が根拠とされています。
明文の規定がないため、明確な判断基準が設けられているわけではありません。
判例においても、一般的・普遍的な基準が示されていないため、それぞれの事案において、個別具体的に「信頼関係の破壊(背信行為)と認めるに足りない特段の事情」があるか否かを判断していくほかありません。
人的信頼関係の考慮の必要性
「信頼関係の破壊(背信行為)と認めるに足りない特段の事情」があるかどうかを判断する際にまず問題となるのは、人的信頼の侵害があるかどうかを判断すべきか,それとも,人的信頼の侵害は考慮せずに賃貸人の経済的な利益の侵害があるかどうかだけ判断すべきかという点です。
たしかに,人的信頼の侵害の有無を考慮すると,主観的な要素が入り込んでしまうという懸念はあります。
しかし,「信頼関係」破壊の理論というくらいですから,その信頼関係の中に人的な要素がまったく含まれないと考えるのは難しいでしょう。
そのため,信頼関係が破壊されているかどうかの判断には,義理人情のようなものは排除されるとしても,やはり一定の人的信頼関係が侵害されたかどうかという要素も考慮しなければならないでしょう。
つまり,人的信頼関係も含めて,賃借人が賃貸借契約の継続を期待できないような行為をしたのかどうかを,具体的な事情に応じて総合的に判断する必要があるということです。
信頼関係破壊の判断要素
前記のとおり,信頼関係が破壊されているかどうかは,人的信頼関係も含めて各種の具体的な事情を総合的に考慮して判断するほかありません。
例えば,以下のような要素を考慮する必要があるでしょう。
- 賃借物の種類や内容:借地か借家か等
- 賃借物の使用目的:居住用か事業用か等
- 賃貸人・賃借人・転借人など利害関係人の人間関係:家族か他人(第三者)か等
- 賃借物の利用状況:現状のままか変更されたか等
- 賃貸人の被る不利益の有無・程度
- 賃貸借解除の原因や解除に至った経緯
もちろん,考慮すべき事情はこれだけに限られるわけではありません。個別の事情によっては,さらに考慮しなければならない事情もあるでしょう。
また,解除原因が,無断転貸・無断譲渡なのか,家賃等賃料の不払いなのか,用法遵守義務違反なのか,などによっても,考慮すべき要素は変わってきます。
以下、ケースごとに検討します。
無断賃借権譲渡・無断転貸による解除のケース
賃借人が、賃貸人の承諾なく、第三者に賃借権を譲渡または転貸した場合、賃貸人は賃貸借契約を解除できます(民法612条2項)。この無断賃借権譲渡や無断転貸による解除にも、信頼関係破壊の理論の適用があります。
もっとも、無断賃借権譲渡や無断転貸は、賃貸人とは信頼関係の構築されていない第三者に賃借物を使用収益させる行為ですから、そもそも信頼関係の破壊につながる行為です。
そのため、信頼関係破壊の理論が適用されるとしても、契約の解除は比較的認められやすい傾向があります。
信頼関係破壊がないとして解除が制限されるかどうかは、さまざまな事情が考慮されますが、特に、賃借権譲渡や転貸をしても賃貸借の外形に変更がないことや変更があっても容易に元に戻せることなどが重視されています。
信頼関係破壊の理論のリーディングケース
信頼関係破壊の理論のリーディングケースと言われるのが、最二小判昭和28年9月25日です。
賃貸人の承諾を得ずに賃借人が賃借土地の一部を無断賃貸借譲渡または無断転貸(どちらかははっきりしていません)した事例で、賃貸人による解除を認めませんでした。
この判例では、後の判例にも引用されることになる「賃貸人に対する背信的行為と認めるに足らない特段の事情」という規範が用いられています。
原判決の確定したところによれば、被上告人B1はかつて本件宅地上に建坪47坪5合と24坪との2棟の倉庫を建設所有し、前者を被上告人B2の父DにおいてB1から賃借していたところ、昭和20年6月20日戦災に因り右2棟の建物が焼失したので、同21年10月上旬DはB1に対し罹災都市借地借家臨時処理法3条の規定に基き右47坪5合の建物敷地の借地権譲渡の申出を為し、B1の承諾を得てその借地権を取得した、そこでDはB1の同一借地上である限り右坪数の範囲内においては以前賃借していた倉庫の敷地以外の場所に建物を建設しても差支ないものと信じ、その敷地に隣接する本件係争地上に建物を建築することとし、B1も亦同様な見解のもとに右建築を容認したというのである。
元来民法612条は、賃貸借が当事者の個人的信頼を基礎とする継続的法律関係であることにかんがみ、賃借人は賃貸人の承諾がなければ第三者に賃借権を譲渡し又は転貸することを得ないものとすると同時に、賃借人がもし賃貸人の承諾なくして第三者をして賃借物の使用収益を為さしめたときは、賃貸借関係を継続するに堪えない背信的所為があつたものとして、賃貸人において一方的に賃貸借関係を終止せしめ得ることを規定したものと解すべきである。したがつて、賃借人が賃貸人の承諾なく第三者をして賃借物の使用収益を為さしめた場合においても、賃借人の当該行為が賃貸人に対する背信的行為と認めるに足らない特段の事情がある場合においては、同条の解除権は発生しないものと解するを相当とする。
然らば、本件において、被上告人B1がDに係争土地の使用を許した事情が前記原判示の通りである以上、B1の右行為を以て賃貸借関係を継続するに堪えない著しい背信的行為となすに足らないことはもちろんであるから、上告人の同条に基く解除は無効というの外はなく、これと同趣旨に出でた原判決は相当であつて、所論は理由がない。
引用元:裁判所サイト
建物の無断転貸による解除が無効とされたケース
賃貸人の承諾を得ずに賃借人が建物の一部を共同経営者に転貸した事例で、最二小判昭和36年4月28日は、以下のとおり判示して、賃貸人による解除を認めませんでした。
原審の認定した一切の事実関係(殊に、本件賃貸借成立の経緯、本件家屋の所有権は上告人にあるが、その建築費用、増改築費用、修繕費等の大部分は被上告人B1が負担していること、上告人は多額の権利金を徴していること、被上告人B1が共同経営契約に基き被上告人B2に使用させている部分は、階下の極く一小部分であり、ここに据え付けられた廻転式「まんじゅう」製造機械は移動式のもので家屋の構造には殆ど影響なく、右機械の取除きも容易であること、被上告人B2は本件家屋に居住するものではないこと、本件家屋の階下は元来店舗用であり、右転貸に際しても格別改造等を行なつていないこと等)を綜合すれば、被上告人B1が家屋賃貸人たる上告人の承諾を得ないで被上告人B2をして本件家屋の階下の一部を使用させたことをもつて、原審が家屋賃貸人に対する背信的行為と認めるに足らない特段の事情があるものと解し、上告人のした本件賃貸借契約の解除を無効と判断したのは正当である。
引用元:裁判所サイト
この判例では、以下の事実が「賃貸人に対する背信的行為と認めるに足らない特段の事情」の判断の要素として挙げられています。
- 賃貸借契約成立の経緯
- 建築費用・増改築費用・修繕費などの大部分を賃借人が負担していたこと
- 賃貸人が多額の権利金を賃借人から受け取っていたこと
- 転借人に使用させている部分がごく一部分にすぎないこと
- 転借人が備え付けた期間は家屋構造に影響を与えず、取り除きが容易であること
- 賃借物が本来店舗用であり、転貸に際して格別改造などをしていないこと
この他、建物賃借権の無断譲渡による解除を認めなかった判例として、最一小判昭和30年9月22日などもあります。
土地の無断賃借権譲渡による解除が無効とされたケース
宅地を賃借していた夫が、賃貸人の承諾を得ずに、離婚に際して同居していた妻に賃借権を譲渡した事例で、最一小判昭和44年4月24日は、以下のとおり判示して、賃貸人による契約の解除を認めませんでした。
被上告人両名は夫婦(昭和27年10月13日婚姻届出)として本件土地上の本件家屋に居住し生活を共にして居たものであり、上告人は昭和29年9月1日被上告人B1との間に本件土地賃貸借契約を締結するに際し被上告人両名の右同居生活の事実並びに本件家屋の登記簿上の所有名義は被上告人B1であるが真の所有者は被上告人B2であることを知つていたものであり(昭和30年8月17日被上告人B2へ本件家屋の所有権移転登記がなされた)、その後被上告人両名の夫婦関係の破綻、離婚(昭和36年2月10日協議離婚届出)に伴つて、同居していた被上告人B1から被上告人B2へ昭和37年2月頃に本件土地賃借権が譲渡されたが、被上告人B1が昭和37年2月頃他へ転出したほか本件土地の使用状況の外形には何ら変るところがないというのであるし、その他原判決確定の諸事情を考えれば、右賃借権の譲渡は、賃貸人に対する背信行為と認めるに足りない特段の事情がある場合にあたり、上告人は、被上告人B1に対し民法612条2項によつて本件賃貸借契約を解除することはできず、被上告人B2は、賃貸人たる上告人の承諾がなくても賃借権の譲受けをもつて上告人に対抗できるものと解すべきであるから、これと同旨の原判決の判断は正当として支持することができる。
引用元:裁判所サイト
この判例では、以下の事実が「賃貸人に対する背信行為と認めるに足りない特段の事情」の判断の要素として挙げられています。
- 夫婦が賃借土地上の建物に同居していたこと
- 上記の同居していたことを賃貸人が知っていたこと
- 離婚により夫が転出した以外に賃借土地の使用状況の外形に変わりがないこと
賃料不払い(滞納)による解除のケース
賃貸人または賃借人がそれぞれの負う債務を履行しなかった場合、他方の当事者は、債務不履行に基づいて賃貸借契約を解除できます(民法541条、542条)。
賃料(家賃・地代など)を支払うことは賃借人の義務です(民法601条)。そのため、賃借人が賃料を滞納した場合、賃貸人は債務不履行に基づいて契約を解除できます。
ただし、この賃料滞納の場合にも、信頼関係破壊の理論の適用があります。
本来、1か月でも賃料不払いがあれば債務不履行に基づく解除が可能なはずです。しかし、1か月の滞納だけでは、当事者間の信頼関係を破壊したとは言えないとして、契約解除が認められないケースが多いでしょう。
一般的には、1か月分の滞納では足りず、3か月分以上の滞納がなければ契約解除はできないと言われています。
ただし、これはあくまで一般論です。1か月の滞納でも信頼関係破壊と言える状況があれば契約解除は可能です。逆に、3か月以上の滞納があっても、信頼関係破壊と言えない場合には、解除ができないこともあります。
4か月分の賃料滞納による解除が無効されたケース
4か月分の賃料滞納があった事案で、最三小判昭和39年7月28日は、以下のとおり判示して、賃貸人による契約解除を認めませんでした。
原判決(及びその引用する第一審判決)は、上告人が被上告人B1に対し所論延滞賃料につき昭和34年9月21日付同月22日到達の書面をもって同年1月分から同年8月分まで月額1200円合計9600円を同年9月25日までに支払うべく、もし支払わないときは同日かぎり賃貸借契約を解除する旨の催告ならびに停止条件付契約解除の意思表示をなしたこと、右催告当時同年1月分から同年4月分までの賃料合計4800円はすでに適法に弁済供託がなされており、延滞賃料は同年5月分から同年8月分までのみであったこと、上告人は本訴提起前から賃料月額1500円の請求をなし、また訴訟上も同額の請求をなしていたのに、その後訴訟進行中に突如として月額1200円の割合による前記催告をなし、同被上告人としても少なからず当惑したであろうこと、本件家屋の地代家賃統制令による統制賃料額は月額750円程度であり、従って延滞賃料額は合計3000円程度にすぎなかったこと、同被上告人は昭和16年3月上告人先代から本件家屋賃借以来これに居住しているもので、前記催告に至るまで前記延滞額を除いて賃料延滞の事実がなかったこと、昭和25年の台風で本件家屋が破損した際同被上告人の修繕要求にも拘らず上告人側で修繕をしなかったので昭和29年頃2万9000円を支出して屋根のふきかえをしたが、右修繕費について本訴が提起されるまで償還を求めなかったこと、同被上告人は右修繕費の償還を受けるまでは延滞賃料債務の支払を拒むことができ、従って昭和34年5月分から同年8月分までの延滞賃料を催告期間内に支払わなくても解除の効果は生じないものと考えていたので、催告期間経過後の同年11月9日に右延滞賃料弁済のためとして4800円の供託をしたことを確定したうえ、右催告に不当違法の点があったし、同被上告人が右催告につき延滞賃料の支払もしくは前記修繕費償還請求権をもってする相殺をなす等の措置をとらなかったことは遺憾であるが、右事情のもとでは法律的知識に乏しい同被上告人が右措置に出なかつたことも一応無理からぬところであり、右事実関係に照らせば、同被上告人にはいまだ本件賃貸借の基調である相互の信頼関係を破壊するに至る程度の不誠意があると断定することはできないとして、上告人の本件解除権の行使を信義則に反し許されないと判断しているのであって、右判断は正当として是認するに足りる。
引用元:裁判所サイト
この事案では、以下の事実が信頼関係破壊の判断の要素として挙げられています。
- 賃貸人が月額1500円で賃料を請求する訴訟係属中に月額1200円の催告をしており、催告に違法不当な点があったこと
- 延滞賃料額が3000円程度であったこと
- 賃借人は18年近く延滞をしたことがなかったこと
- 賃借人が賃借物の修繕を賃貸人に要求したものの修繕をしなかったため、賃借人が29000円を支出して修繕したこと
- 賃借人が上記修繕の費用償還請求をしなかったことは、法律的知識に乏しいため一応無理からぬところであること
解除を拡大(無催告解除)した事案
前記のとおり、信頼関係破壊の理論は、解除を制限するだけでなく、解除を拡大する方向で働く場合もあります。
例えば、最一小判昭和42年3月30日は、以下のとおり判示して、本来であれば事前の催告が必要であるはずのところ、著しい信頼関係の破壊があったとして、無催告解除を認めました。
長期にわたる賃料の不払はそれ自体賃貸借契約の継続を困難ならしめる背信行為にあたるとし、被上告人が催告をすることなく本件訴状送達をもつてした賃貸借契約解除の意思表示は適法有効であるとした原審の判断は正当としで是認できる。
引用元:裁判所サイト
賃借物の保管義務違反による解除のケース
賃借人は、賃借物を善管注意義務をもって保管し、使用収益しなければならない義務を負っています(民法400条)。この義務に違反した場合、賃貸人は、債務不履行に基づき賃貸借契約を解除できます。
ただし、この善管注意義務違反による解除にも、信頼関係破壊の法理の適用があります。
善管注意義務違反による解除の場合も、信頼関係破壊がないとして解除が制限されるかどうかは、さまざまな事情が考慮されますが、特に、賃借権譲渡や転貸をしても賃貸借の外形に変更がないことや変更があっても容易に元に戻せることなどが重視されています。
例えば、前記の最三小判昭和39年7月28日では、保管義務違反も争われていますが、以下のとおり判示して、賃貸人による契約解除を認めませんでした。
原審は、右被上告人らの本件改造工事について、いずれも簡易粗製の仮設的工作物を各賃借家屋の裏側にそれと接して付置したものに止まり、その機械施設等は容易に撤去移動できるものであって、右施設のために賃借家屋の構造が変更せられたとか右家屋自体の構造に変動を生ずるとかこれに損傷を及ぼす結果を来たさずしては施設の撤去が不可能という種類のものではないこと、及び同被上告人らが賃借以来引き続き右家屋を各居住の用に供していることにはなんらの変化もないことを確定したうえ、右改造工事は賃借家屋の利用の限度をこえないものであり、賃借家屋の保管義務に違反したものというに至らず、賃借人が賃借家屋の使用収益に関連して通常有する家屋周辺の空地を使用しうべき従たる権利を濫用して本件家屋賃貸借の継続を期待し得ないまでに貸主たる上告人との間の信頼関係が破壊されたものともみられないから、上告人の本件契約解除は無効であると判断しているのであって、右判断は首肯でき、その間なんら民法1条2項3項に違反するところはない。
引用元:裁判所サイト
この事案では、以下の事実が信頼関係破壊の判断の要素として挙げられています。
- 賃借人の設置した機械施設などは容易に撤去移動できるものであり、機械施設のために賃借物の構造が変更させられたとか、賃借物の構造に変動を生じるとか、賃借物に損傷を及ぼす結果を生じずに施設撤去が不可能なものではないこと
- 賃借人が賃借物を居住用に使用していることには何らの変化もないこと
用法遵守義務違反による解除のケース
賃借人は、賃借物を契約またはその賃借物の性質によって定まった用法に従って使用及び収益をしなければならない用法遵守義務を負っています(民法616条、594条1項)。
例えば、建物賃貸借であれば、使用目的を居住用に限定する場合やペットの飼育を禁止している場合などです。賃借人が用法遵守義務に違反した場合、賃貸人は債務不履行に基づき賃貸借契約を解除できます。
この用法遵守義務違反による解除にも、信頼関係破壊の理論の適用があります。用法遵守義務違反の場合もさまざまな事情が考慮されますが、契約またはその賃借物の性質によって定まった用法をどの程度逸脱しているのかが、特に重視されます。
しかし、賃貸人は、賃借人が用法に従って使用収益してくれるという信頼関係のもとに賃貸借契約を締結するのが通常ですから、用法遵守義務違反の場合には、信頼関係破壊の法律が適用されるとしても、契約解除は比較的認められやすいでしょう。
解除を拡大(無催告解除)した事案
前記のとおり、信頼関係破壊の理論は、解除を制限するだけでなく、解除を拡大する方向で働く場合もあります。
例えば、最二小判昭和27年4月25日は、以下のとおり判示して、本来であれば事前の催告が必要であるはずのところ、著しい信頼関係の破壊があったとして、無催告解除を認めました。
本件において原判決の確定するところによれば、被上告人は上告人に対し昭和10年9月25日本件家屋を畳建具等造作一式附属のまゝ期間の定めなく賃貸したのであるが、上告人は昭和13年頃出征し、一時帰還したこともあるが終戦後まで不在勝ちでその間本件家屋には上告人の妻及び男子三人が居住していたが、妻は職業を得て他に勤務し昼間は殆んど在宅せず、留守中を男子三人が室内で野球をする等放縦な行動を為すがまゝに放置し、その結果建具類を破壊したり、又これ等妻子は燃料に窮すれば何時しか建具類さえも燃料代りに焼却して顧みず、便所が使用不能となればそのまゝ放置して、裏口マンホールで用便し、近所から非難の声を浴びたり、室内も碌々掃除せず塵芥の推積するにまかせて不潔極りなく、昭和16年秋たまたま上告人が帰還した時なども、上告人宅が不潔の故を以て隣家に一泊を乞うたこともあり、現に被上告人の原審で主張したごとき格子戸、障子、硝子戸、襖等の建具類(第一審判決事実摘示の項参照)は、全部なくなつており、外壁数ヶ所は破損し、水洗便所は使用不能の状態にある。そして、これ等はすべて、上告人の家族等が多年に亘つて、本件家屋を乱暴に使用した結果によるものであるというのである。(上告人主張の不可抗力の抗弁は原審は排斥している、)かつ、被上告人は上告人に対し、昭和22年6月20日、14日の期間を定めて、右破損箇所の修覆を請求したけれども、上告人がこれに応じなかつたことも、また、原判決の確定するところである。
とすれば、如上上告人の所為は、家屋の賃借人としての義務に違反すること甚しく(賃借人は善良な管理者の注意を以て賃借物を保管する義務あること、賃借人は契約の本旨又は目的物の性質に因つて定まつた用方に従つて目的物の使用をしなければならないことは民法の規定するところである)その契約関係の継続を著しく困難ならしめる不信行為であるといわなければならない。従つて、被上告人は、民法541条の催告を須いず直ちに賃貸借を解除する権利を有するものであることは前段説明のとおりであるから、本件解除を是認した原判決は、結局正当である。論旨は、被上告人がした催告期間の当、不当を争うに帰著するものであるからその理由のないことは明らかである。
引用元:裁判所サイト
この事案では、以下の事実が信頼関係破壊の判断の要素として挙げられています。
- 賃借人が子らの放縦な行動を放置したことにより、室内は不潔極まりない状態となり、格子戸、障子、硝子戸、襖等の建具類一切はすべてなくなり、水洗便所は使用不能の状態になったこと
- 賃貸人が14日の期間を定めて破損個所の修復を請求したものの、賃借人が応じなかったこと
この判例のほか、用法遵守義務違反による無催告解除を認めた判例としては、最三小判昭和31年6月26日があります。
約定違反による解除のケース
賃貸借契約は、法定解除だけでなく、当事者間で定めた約定に基づいて解除される場合(約定解除)もあります。ただし、この場合も信頼関係破壊の理論の適用があります。
どのような場合に約定解除が信頼関係破壊の法律によって制限(または拡大)されるのかは、それぞれの特約の内容などによって異なってきます。
増改築禁止の約定違反による解除が無効とされたケース
建物所有を目的とする土地賃貸借において、賃借人が土地上の建物の増改築禁止の約定があったにもかかわらず、建物の増改築をした事案において、最一小判昭和41年4月21日は、以下のとおり判示して、賃貸人による約定違反による解除を認めませんでした。
一般に、建物所有を目的とする土地の賃貸借契約中に、賃借人が賃貸人の承諾をえないで賃借地内の建物を増改築するときは、賃貸人は催告を要しないで、賃貸借契約を解除することができる旨の特約(以下で単に建物増改築禁上の特約という。)があるにかかわらず、賃借人が賃貸人の承諾を得ないで増改築をした場合においても、この増改築が借地人の土地の通常の利用上相当であり、土地賃貸人に著しい影響を及ぼさないため、賃貸人に対する信頼関係を破壊するおそれがあると認めるに足りないときは、賃貸人が前記特約に基づき解除権を行使することは、信義誠実の原則上、許されないものというべきである。
以上の見地に立つて、本件を見るに、原判決の認定するところによれば、第一審原告(脱退)Dは被上告人に対し建物所有の目的のため土地を賃貸し、両者間に建物増改築禁止の特約が存在し、被上告人が該地上に建設所有する本件建物(二階建住宅)は昭和7年の建築にかかり、従来被上告人の家族のみの居住の用に供していたところ、今回被上告人はその一部の根太および二本の柱を取りかえて本件建物の2階部分(6坪)を拡張して総2階造り(14坪)にし、2階居宅をいずれも壁で仕切つた独立室とし、各室ごとに入口および押入を設置し、電気計量器を取り付けたうえ、新たに2階に炊事場、便所を設け、かつ、2階より直接外部への出入口としての階段を附設し、結局2階の居室全部をアパートとして他人に賃貸するように改造したが、住宅用普通建物であることは前後同一であり、建物の同一性をそこなわないというのであつて、右事実は挙示の証拠に照らし、肯認することができる。
そして、右の事実関係のもとでは、借地人たる被上告人のした本件建物の増改築は、その土地の通常の利用上相当というべきであり、いまだもつて賃貸人たる第一審原告(脱退)Dの地位に著しい影響を及ぼさないため、賃貸借契約における信頼関係を破壊するおそれがあると認めるに足りない事由が主張立証されたものというべく、従つて、前記無断増改築禁止の特約違反を理由とする第一審原告(脱退)Dの解除権の行使はその効力がないものというべきである。
しからば、賃貸人たる第一審原告(脱退)Dが前記特約に基づいてした解除権の行使の効果を認めなかった原審の判断は、結局正当というべきであり、諭旨は、ひつきよう失当として排斥を免れない。
引用:裁判所サイト
この判例では、以下の事実が「賃貸借契約における信頼関係を破壊するおそれがあると認めるに足りない事由」の判断の要素として挙げられています。
- 住宅用普通建物であることは、増改築の前後同一であること
- 建物の同一性をそこなうものでないこと
- 評価:土地の通常の利用上相当であり、賃貸人の地位に著しい影響を及ぼさない
解除を拡大(無催告解除)した事案
前記のとおり、信頼関係破壊の理論は、解除を制限するだけでなく、解除を拡大する方向で働く場合もあります。
例えば、最一小判昭和50年2月20日は、以下のとおり判示して、本来であれば事前の催告が必要であるはずのところ、著しい信頼関係の破壊があったとして、無催告解除を認めました。
2 ただ、賃借人の右特約違反が解除理由となるのは、それが賃料債務のような賃借人固有の債務の債務不履行となるからではなく、特約に違反することによつて賃貸借契約の基礎となる賃貸人、賃借人間の信頼関係が破壊されるからであると考えられる。そうすると、賃貸人が右特約違反を理由に賃貸借契約を解除できるのは、貸借人が特約に違反し、そのため、右信頼関係が破壊されるにいたつたときに限ると解すべきであり、その解除にあたつてはすでに信頼関係が破壊されているので、催告を要しないというべきである(当法廷昭和39年(オ)第1450号、同41年4月21日判決・民集20巻4号720頁、同45年(オ)第942号、同47年11月16日判決民集26巻9号1603頁参照)。
3 これを本件についてみるに、前述のとおり、上告人はシヨツピングセンター内で、他の賃借人に迷惑をかける商売方法をとつて他の賃借人と争い、そのため、賃貸人である被上告人が他の賃借人から苦情を言われて困却し、被上告人代表者がそのことにつき上告人に注意しても、上告人はかえつて右代表者に対して、暴言を吐き、あるいは他の者とともに暴行を加える有様であつて、それは、共同店舗賃借人に要請される最少限度のルールや商業道徳を無視するものであり、シヨツピングセンターの正常な運営を阻害し、賃貸人に著しい損害を加えるにいたるものである。したがつて、上告人の右のような行為は単に前記特約に違反するのみではなく、そのため本件賃貸借契約についての被上告人と上告人との間の信頼関係は破壊されるにいたつたといわなければならない。
4 そうすると、上告人の前記のような行為を理由に本件賃貸借契約の無催告解除を認めた原審の認定判断は正当として是認すべきであり、論旨は採用することができない。
引用元:裁判所サイト
この事案では、以下の事実が信頼関係破壊の判断の要素として挙げられています。
- 賃借人は、他の賃借人に迷惑をかける商売方法をとって他の賃借人と争い、そのため、賃貸人が他の賃借人から苦情を言われて困却したこと
- 賃貸人がそのことにつき賃借人に注意しても、上告人は賃貸人に対して暴言を吐き、他の者とともに暴行を加えたこと
この記事は、法トリ(元弁護士)が書いています。
この記事が参考になれば幸いです。
民法と資格試験
民法は、私法の基本法です。我々の生活に最も身近な法律です。
そのため、例えば、司法試験(本試験)、司法試験予備試験、司法書士試験、行政書士試験、宅建試験、マンション管理士試験・・・など、実に多くの資格試験の試験科目になっています。
これら法律系資格の合格を目指すなら、民法を攻略することは必須条件です。
とは言え、民法は範囲も膨大です。メリハリを付けないと、いくら時間があっても合格にはたどり着けません。効率的に試験対策をするには、予備校や通信講座などを利用するのもひとつの方法でしょう。
STUDYing(スタディング)
・司法試験・予備試験も対応
・スマホ・PC・タブレットで学べるオンライン講座
・有料受講者数20万人以上・低価格を実現
参考書籍
本サイトでも民法について解説していますが、より深く知りたい方や資格試験勉強中の方のために、民法の参考書籍を紹介します。
新訂債権各論中巻一(民法講義Ⅴ2)
著者:我妻榮 出版:岩波書店
民法の神様が書いた古典的名著。古い本なので、実務や受験にすぐ使えるわけではありませんが、民法を勉強するのであれば、いつかは必ず読んでおいた方がよい本です。ちなみに、我妻先生の著書として、入門書である「民法案内11(契約各論上)」や「ダットサン民法2 債権法(第4版)」などもありますが、いずれも良著です。
我妻・有泉コンメンタール民法(第8版)
著書:我妻榮ほか 出版:日本評論社
財産法についての逐条解説書。現在も改訂されています。家族法がないのが残念ですが、1冊で財産法全体についてかなりカバーできます。辞書代わりに持っていると便利です。
契約法(新版)
著者:中田裕康 出版:有斐閣
契約法の概説書です。債権法の改正にも対応しています。説明は分かりやすく、情報量も十分ですので、基本書として使えます。
司法試験・予備試験など資格試験向けの参考書籍としては、以下のものがあります。
民法(全)(第3版補訂版)
著者:潮見佳男 出版:有斐閣
1冊で民法総則から家族法まで収録されています。基本書というより入門書に近いでしょう。民法全体を把握するのにはちょうど良い本です。
基本講義 債権各論Ⅰ(契約法・事務管理・不当利得)第4版補訂版
著者:潮見佳男ほか 出版:新世社
債権各論全般に関する概説書。どちらかと言えば初学者向けなので、読みやすい。情報量が多いわけではないので、他でカバーする必要はあるかもしれません。
債権各論(第4版)伊藤真試験対策講座4
著者:伊藤塾 出版:弘文堂
いわゆる予備校本。予備校本だけあって、実際の出題傾向に沿って内容が絞られており、分かりやすくまとまっています。民法は範囲が膨大なので、学習のスタートは、予備校本から始めてもよいのではないでしょうか。


