この記事は、法トリ(元弁護士)が書いています。

相続が開始されると、被相続人が有していた権利義務(相続財産)が相続人に承継されることになります。しかし、被相続人の一身に専属した権利義務は相続財産に含まれず、相続人に承継されません。
| 相続される財産(相続財産) | 相続されない一身専属財権利義務 |
|---|---|
| 現金、預金、不動産、自動車、債権など | 公的年金の受給権、生活保護の受給権など |
| 借金、保証債務(通常の保証人の地位)など | 身元保証人の地位、継続的信用保証契約の保証人の地位、罰金など |
| 賃貸借の借主の地位、売買の買主の地位など | 使用貸借の貸主・借主の地位、公営住宅の利用者の地位など 親権者の地位、配偶者の地位など |
相続人に受け継がれる遺産(相続財産)とは
民法 第896条
- 相続人は、相続開始の時から、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継する。ただし、被相続人の一身に専属したものは、この限りでない。
引用元:e-Gov法令検索
ある人(被相続人)が亡くなると、相続が開始されます(民法882条)。相続が開始されると、被相続人が有していた一切の権利義務が、相続人に包括的に承継されます。
この相続人に受け継がれる「被相続人が有していた一切の権利義務」を相続財産といいます。一般的に遺産と呼ばれます。(民法896条本文)。
この相続財産は「一切の」権利義務であるため、被相続人が有していた資産も負債もすべて相続財産に含まれるのが原則です。
ただし、例外的に、相続財産に含まれない被相続人の権利義務があります。それは「被相続人の一身に専属した権利義務」(以下「被相続人の一身専属権利義務」といいます。)です(民法896条条ただし書き)。
相続財産とならない被相続人の一身専属権利義務とは
前記のとおり、被相続人の一身専属権利義務は、相続財産に含まれないので、相続人に承継されません。被相続人の死亡によって、一身専属権利義務は消滅します。
この被相続人の一身専属権利義務とは、その権利義務の性質上、被相続人のみに帰属すべきものを意味します。
簡単にいえば,被相続人「その人」でなければ成立しないまたは認められるべきではない権利や義務です。
帰属上の一身専属性と行使上の一身専属性
権利義務の一身専属性には、講学上「帰属上の一身専属性」と「行使上の一身専属性」の区分があると解されています。
帰属上の一身専属性とは、ある特定の人だけしか有することができない性質のことです。
行使上の一身専属性とは、誰でも有することが可能であるものの、権利を行使したり義務を履行したりできる人は限定される性質のことです。
相続財産に含まれない被相続人の一身専属権利義務とは、「帰属上の一身専属性」がない権利義務を意味します。
そのため、行使上の一身専属性がない権利義務であっても、相続財産に含まれることになります。
- 帰属上の一身専属性(相続されない)
被相続人「その人」だけに紐付いている権利義務
(例えば、生活保護受給権など) - 行使上の一身専属性(相続される)
被相続人以外の人(相続人)でも行使できる権利義務
(例えば、慰謝料請求権など)
被相続人の一身専属権利義務が相続財産とならない理由
前記のとおり、相続財産に含まれない一身専属権利義務は、帰属上の一身専属性を欠く権利義務です。帰属上の一身専属性を欠く以上、被相続人だけしかその権利義務を有することができません。
また、一身専属権利義務は、被相続人自身や権利義務の相手方も、被相続人一代限りのものと考えているでしょうから、これを相続されないものとしても、相手方に不当な不利益を被らせるおそれはありません。
そのため、被相続人の一身専属権利義務は、相続財産に含まれず、相続人に承継されることがないのです。
被相続人の一身専属権利義務の具体例
被相続人の一身専属権利義務には、民法の条文から一身専属権利義務であることが明らかなものと、条文では明示されていないものの解釈上一身専属権利義務とされているものがあります。
一身専属権利義務は相続の対象にならないため、事前に確認しておきましょう。
民法で規定されている一身専属権利義務の具体例
民法では、例えば、以下のようなものが一身専属権利義務として規定されています。
なお、使用貸借における「貸主」の地位は相続されるので、注意しましょう。
解釈で一身専属権利義務と考えられているものの具体例
明文規定はないものの、法律解釈により、以下のようなものも一身専属権利義務と考えられています。
- 代替性のない債務(有名画家が絵を描く債務など)
- 身元保証人の地位
- 継続的信用保証契約における保証人の地位(最二小判昭和37年11月9日)
- 雇用契約における労働者の地位
- 親権者の地位
- 扶養請求権者の地位
- 生活保護給付の受給権者の地位
- 国民年金や厚生年金などの公的年金の受給権
- 公的資格者である地位(弁護士、税理士など)
- 公営住宅の使用権(最一小判平成2年10月18日)
上記以外の権利や義務であっても、解釈上、被相続人の一身専属権利義務に当たり、相続財産に含まれないと解されているものはあります。
ただし、一身専属権利義務に該当するものであっても、金銭を請求する権利や義務の場合は、すでに裁判や合意によって請求権の内容や金額が確定していれば、単なる金銭債権・金銭債務として相続財産に含まれます。
補則1:保証人の地位と保証債務
上記のとおり、身元保証人の地位や継続的信用保証契約における保証人の地位は、被相続人に一身専属的なものとして、相続されません。そのため、相続開始後に発生した債務について保証人として責任を負うことはありません。
ただし、身元保証人や継続的信用保証の保証人であっても、相続が開始するまでにすでに発生している保証債務の支払義務は相続することになります。
また、一般の保証人や連帯保証人の地位は相続されます。そのため、相続開始の前か後かにかかわらず、相続人が保証債務を負担しなければならなくなります。
保証債務があまりに大きい場合は、相続放棄や限定承認を検討した方がよいでしょう。
補則2:受け取っていない年金の請求権
前記のとおり、公的年金の受給権は、被相続人に一身専属的なものとして相続されません。
ただし、被相続人が亡くなる前にすでに発生していたにもかかわらず、まだ受け取っていなかった未支給の年金は、被相続人と生計を同じくしていた遺族が受け取ることができます(国民年金法19条など)。
この未支給年金は相続財産ではありません。そのため、相続人に受け継がれるものではありませんが、生計を同じくしていた遺族の生活を保障する必要があることから、遺族が受け取れるものとされています。
あくまで「生計を同じくしていた遺族」が受け取れるものなので、(ほとんど被ってはいますが)受け取れるのが相続人とは限りません。
この遺族の未支給年金請求権は、相続財産ではなく、遺族固有の権利です。
未支給年金を受け取れる「遺族」の範囲
具体的には、以下の被相続人と生計を同じくしていた遺族が受け取れます。
- 配偶者
- 子
- 父母
- 孫
- 祖父母
- 兄弟姉妹
- これらの者以外の3親等内の親族
なお、優先順位は上記番号のとおりです。番号の数字の小さい人から順に請求できます。例えば、第1順位は「配偶者」です。
相続財産に含まれるか否かが争われた権利義務
上記のほか、一身専属権利義務として相続財産に含まれないものであるか否かが争われたものとして、以下のケースがあります。
結論としては、これらはいずれも一身専属権利義務ではなく、相続財産に含まれると解されています。
- 占有権(最一小判昭和44年10月30日)
- 悪意の占有者である地位(最二小判昭和37年5月18日)
- 法律行為の取消権
- 契約の解除権
- 被害者が即死した場合の不法行為に基づく損害賠償請求権(大判大正15年2月16日)
- 不法行為に基づく慰謝料請求権(最大判昭和42年11月1日)
- 保証債務(大判昭和9年1月30日)
一身専属権利義務と祭祀財産の違い
被相続人の権利義務でありながら、相続人に承継されないものとして、祭祀財産があります。
祭祀財産とは、系譜・祭具・墳墓の所有権です。例えば、墓地・仏壇・仏具などです。
この祭祀財産は、一身専属権利義務と同様に相続人には受け継がれません。しかし、誰にも受け継がれない一身専属権利義務と異なり、祭祀主宰者には受け継がれます。
祭祀財産は、ただ相続のルートを通らないだけで、別のルートにより承継されるのです。
このように、一身専属権利義務が誰にも承継されないものであるのに対し、祭祀財産は相続はされないものの、祭祀主宰者に承継されるものである点に大きな違いがあります。
- 相続財産
被相続人 → (相続)→ 相続人に承継 - 一身専属権利義務
被相続人 → 消滅(誰にも承継されない) - 祭祀財産
被相続人 → (指定・慣習)→ 祭祀主宰者に承継
一身専属権利義務と生命保険金・死亡退職金の違い
被相続人が生命保険に加入していた場合、被相続人の死亡により生命保険金が発生します。また、被相続人の勤務先から死亡退職金が支給されることもあるでしょう。
これら生命保険金や死亡退職金は、原則として、相続財産には含まれないと解されています。
ただし、相続財産に含まれないと考えられているのは、生命保険金や死亡退職金が一身専属権利義務であると考えられるからではありません。
生命保険金や死亡退職金を受け取る権利は、被相続人の権利ではなく、受取人に固有の権利であると考えられているからです。
そもそも被相続人が有していた権利ではないので、相続財産に含まれないだけなのです。


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この記事が参考になれば幸いです。
民法と資格試験
民法は、私法の基本法です。我々の生活に最も身近な法律です。
そのため、例えば、司法試験(本試験)、司法試験予備試験、司法書士試験、行政書士試験、宅建試験、マンション管理士試験・・・など、実に多くの資格試験の試験科目になっています。
これら法律系資格の合格を目指すなら、民法を攻略することは必須条件です。
とは言え、民法は範囲も膨大です。メリハリを付けないと、いくら時間があっても合格にはたどり着けません。効率的に試験対策をするには、予備校や通信講座などを利用するのもひとつの方法でしょう。
STUDYing(スタディング)
・司法試験・予備試験も対応
・スマホ・PC・タブレットで学べるオンライン講座
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参考書籍
本サイトでも民法について解説していますが、より深く知りたい方や資格試験勉強中の方のために、民法の参考書籍を紹介します。
逐条解説 改正相続法
著者:堂薗幹一郎など 出版:商事法務
民法改正に対応した逐条解説書。相続を扱う実務家向けですが、持っていると何かと便利です。立法担当者や現役裁判官による著書であるため、内容に信頼性があります。
資格試験向けの参考書籍としては、以下のものがあります。
民法(全)(第3版補訂版)
著者:潮見佳男 出版:有斐閣
1冊で民法総則から家族法まで収録されています。基本書というより入門書に近いでしょう。民法全体を把握するのにはちょうど良い本です。
民法VI 親族・相続 (LEGAL QUEST)第8版
著者:前田陽一ほか 出版:有斐閣
家族法全体の概説書。条文・判例から書かれているので、学習の早い段階から利用できます。情報量もあるので、資格試験の基本書として十分でしょう。
親族・相続(伊藤真試験対策講座12)第4版
著者:伊藤真 出版:弘文堂
いわゆる予備校本。予備校本だけあって、実際の出題傾向に沿って内容が絞られており、分かりやすくまとまっています。民法は範囲が膨大なので、学習のスタートは、予備校本から始めてもよいのではないでしょうか。


