遺言で定めることができる事項(遺言事項)には,それを実現するために一定の行為を要するものがあります。遺言の内容を実現するために何らかの行為をしなければならない事項について,その遺言実現行為をすることを「遺言の執行」といいます。
遺言の執行とは?
民法は,被相続人の意思を尊重する趣旨から,遺言(いごん・ゆいごん)という制度を設けています。
遺言を作成しておけば,相続財産の配分について被相続人の意思を反映させることができるほか,一定の身分行為についても,被相続人の意思を反映させることができるようになります。
とはいえ,遺言を作成したとしても,それが実現されなければ,被相続人の意思を尊重することにはならないでしょう。
遺言で定めることができる事項には,それを実現するために何らの行為も要しないものと,それを実現するためには何らかの行為をしなければならないものとがあります。
この遺言を実現するために何らかの行為をしなければならない事項について,その行為をすることを「遺言の執行」といいます。
遺言執行が必要となる場合
例えば,遺言で相続分の指定をした場合,遺言の効力が生ずると同時に,その相続人は指定された相続分を有することになると解されています。遺贈の場合も,遺言の効力が生ずると同時に遺贈も効力を生じます。
Aさんに甲という財産を遺贈するという遺言をしていた場合,遺言が効力を生ずれば,Aさんは甲の所有権を取得することになります。
つまり,これらの場合には,遺言の効力が生ずると同時に遺言の内容が実現されるので,遺言の執行は必要ないということになります。
ところが,この遺贈した財産が不動産である場合には,遺贈の効力発生時に所有権移転の効果は生ずるものの,第三者に対して所有権を主張できるようにするためには,不動産の移転登記を備えていなければなりません。
誰に対してでも,その不動産の所有権を主張できるようにしておくためには,不動産の所有権移転登記をしなければならないということです。
そのため,完全に所有権を受贈者が受け取ったと言い切るためには,不動産移転登記を備えておくという行為をする必要があることになります。
したがって,この場合には,不動産移転登記を備えるという遺言の執行が必要となってくるわけです。
遺言で一定の身分行為を定めた場合も,遺言の執行が必要となることがあります。
例えば,遺言で子を認知した場合(遺言認知),認知の効力は遺言の効力発生時に生じますが,戸籍の届出が必要となりますので,遺言を完全に実現するためには,この戸籍の届出という遺言の執行が必要となります。
また,遺言で推定相続人を廃除した場合(遺言廃除),ただ廃除の遺言をしただけでは廃除の効力は生じません。家庭裁判所の廃除の審判を受けなければなりません。
したがって,この場合には,家庭裁判所に廃除の申立てをして審判をしてもらうという遺言の執行が必要となります。
遺言執行者
民法 第1006条
第1項 遺言者は、遺言で、一人又は数人の遺言執行者を指定し、又はその指定を第三者に委託することができる。
第2項 遺言執行者の指定の委託を受けた者は、遅滞なく、その指定をして、これを相続人に通知しなければならない。
第3項 遺言執行者の指定の委託を受けた者がその委託を辞そうとするときは、遅滞なくその旨を相続人に通知しなければならない。
前記のとおり,遺言を実現するためには,遺言の執行が必要となることがあります。
とはいえ,相続人らが遺言者の意思に沿って遺言の執行をしてくれるのかどうかは,はっきりいってしまうと,遺言作成時には分かりません。もしかすると,遺言を実現してくれない可能性もあります。
そこで,自己の遺言をより確実に実現してもらえるように,遺言者は,遺言で,遺言を執行してくれる人を指定することができます(民法1006条1号)。
この遺言を執行してくれる人のことを「遺言執行者」といいます。
遺言において遺言執行者が指定されている場合,相続が開始すると,その遺言執行者が,遺言の執行を行うことになります。
また,遺言執行者が指定されていない場合や遺言執行者がなくなった場合には,利害関係人の請求により,家庭裁判所が遺言執行者を選任することができます(民法1010条)。
遺言執行者には,遺言を実現するために遺言執行を行う職責があります。そのため,遺言執行者を選任しておけば,遺言の内容が実現される可能性が高まるといえるでしょう。